「兵役に応じない」ことが罪になる国家
「イスラエルはユダヤ教徒の国である」という法律が、先月国会で強硬採択された。採択以前も採択された今も、「宗教の違いで人を差別するな。権利の平等を」と訴えるデモが毎週末、大都市テル・アビブで開かれている。採択後、エルサレムでは3日間にわたり抗議デモ行進が行われた。
一方、旧約聖書の教義を厳格に守るユダヤ教超正統派は、政府から凄まじい弾圧を受けている。元来、超正統派は、(1)ユダヤ教義を学び続ける、(2)兵役を良しとしない、(3)シオニスト国家の存在を認めない方針のため、兵役免除制度がとられていた。
ところが1990年以降、ロシア、欧米、南米から移民したユダヤ人の大半は世俗派だった。一般のイスラエル人はますます世俗派が増え、ネトレイ・カルタなど超正統派の行いや考えを、過激であると受け止め、大変嫌っている。毎週ネトレイ・カルタは、西エルサレムで安息日に営業するレストラン、カフェ、雑貨屋の前で「シャべース、シャベース」(安息日を守れの意味)と大声で抗議しながら、エルサレム中心地を集団で行進する。
彼らに対する警察の暴力は、目を見張るほどのものである。私はこういった状況をほぼ毎週みる。
「超正統派の兵役免除制度は不公平だ」という声が国内で高まり、2014年3月、ついにこの制度は廃止された。それ以来、兵役招集に応じない超正統派の若者が、次々と治安警察に逮捕され、刑務所送りになり、その度に大きなデモが行われる。
徴兵制に反対座り込む若者に糞尿を噴射
8月2日エルサレム市中心地で、路面電車とバスが止まった。ネトレイ・カルタが、徴兵制に反対して道路や線路に座り込むデモを行ったためだ。参加者は5千人。その数日前、イスラエル治安警察が、エルサレム市内の超正統派の町内に侵入し、超正統派の若者が兵役招集に出向かなかった理由で逮捕されたからだ。
市バスも、私が乗っていた路面電車も、道路中央で立ち往生した。警察と軍馬が暴力で彼らを排除する度、バスや路面電車がゆっくりと走りだしたが、通過するとすぐに元の場所に戻って座り込む。これが数時間にわたり繰り返された。私は次の駅で降り、現場に戻った。警察は、スカンクカーで糞尿を噴射。路面はびしゃびしゃになり、どっぽん便所に自分がはまり込んだかと思うほどの悪臭があたり一面に漂った。黒スーツや帽子が糞尿で汚れ、悪臭を放ち、警察に殴られても、軍馬に駆られても、道路に座り続けた。
スカンクカーの隣に留置所送還用バスが止まっていた。中はほぼ満員。逮捕された男性たちは窓から首を出して、道路封鎖を続ける仲間たちに声援を送っていた。翌日のハ・アーレツ新聞によるとこの日に逮捕されたのは46人。
半年前のデモでは、逮捕者20人、けが人数十人に加え、偶然そこを通過したパレスチナ人の女子大生が糞尿スプレーで体ごと吹き飛ばされ、大けがを負っている。
治安警察が超正統派の町内に侵入して若者を逮捕する様子は、その度、これを「非人道的」であると批判するイスラエル人左派団体により、ネットでアップされる。治安警察はパレスチナの村に侵攻するときと似た形で、数百人の警察官や兵士を動員し、住家を包囲し、突撃する。
町内では宗教徒が群れを成し、声を挙げて抗議する。警察は、殴り棒や軍馬で民衆にけがを負わせる。音響玉を投げることもある。抗議で石を投げる子どもがいるが、その子を一緒に逮捕することもある。乱闘の後、力ずくで連行される超正統派の若者の服は破れていたり、靴をはいていなかったりする。
ネトレイ・カルタは、イスラエル建国以前のイギリス委任統治時代の1938年、シオニズムの台頭(イスラエル国家の建設)に反対して、エルサレムで結成された。イスラエル建国の10年前から、シオニズムの台頭は、超正統派を不安にしていたのだ。
結成時の名称は、ヘブラット・ハイム(命の社会)。18世紀頃、旧約聖書を学ぶためにリトアニアから留学したユダヤ人、および19世紀初期にエルサレム旧市街に居住したユダヤ人の子孫である。
現在は、19世紀後半にエルサレム旧市街の外側に作られたメア・シャーリム地区に暮らす。この団体ネトレイ・カルタに属する人数は、イスラエル内でおよそ1万人。米国、英国にも生存する。
彼らのイデオロギーを簡単にまとめる。
ユダヤ教聖典の誓いによりパレスチナ国家の設立を推奨
「シオニズムは、神に対する侮辱である。神の教えにより、ユダヤ人は救世主が復活する日まで自分たちの国を持ってはいけない、とされている。人工的に建国されたイスラエル国はタルムード(ユダヤ教聖典)の教えに反している。
タルムードには、祖国を追われたユダヤ人と神との間に、3つの協定が誓われたことが記されている。
(1)ユダヤ人は聖域に存在する非ユダヤ人に反抗しない。(2)ユダヤ人はイスラエルの土地に一斉に移住しない。(3)その見返りに、異邦人国家はユダヤ人を迫害しない」
「聖域に存在する非ユダヤ人」とは、まさしくパレスチナ人を指す。ならば、イスラエル国家がパレスチナ人に対して行ってきた残虐な行為は、すべてタルムードの誓いに違反していることになる。
よって、ネトレイ・カルタは、兵役義務やパレスチナ人への弾圧に抗議し、パレスチナ国家の設立を推奨している。イスラエル建国記念日や、イ軍がガザを空爆したり、周辺アラブ諸国と戦争する度に、彼らはエルサレム、ロンドン、ブルックリンなどの街角でイスラエル国旗を燃やし、街頭抗議する。
今春ガザで「帰還行進」が開始された日、彼らはガザ境界線へ行って、パレスチナ国旗をかかげ、イスラエル国旗を燃やし、イ軍に抗議した。私が毎週参加する東エルサレムのシェイク・ジャラ地区の街頭デモにも、時々不意に参加する。
2014年夏にイ軍がガザを攻撃していた時期も、2015年に「ナイフのインティファーダ」が勃発した際も、シェイク・ジャラにやってきて、占領・入植反対デモに参加した。写真を撮らせてもらった。
ヘブライ語は通じなかった。彼らの多くはヘブライ語を解さず、イーディッシュ(イスラエル建国以前、主にドイツとその周辺諸国でユダヤ人の共通語として使用された言語)のみを話すからだ。
「ユダヤ教徒の国」イスラエルは、武器を使用して、ユダヤ教超正統派の宗教徒を、テロリスト扱いし、弾圧している。
8月、川崎市でイスラエル政府主催の武器見本市が開かれる。これらの武器は、こうした住民弾圧に使われたものであり、国土保全やセキュリティのためではない。