連載(1) パチンコからカジノ法案に至る官製ギャンブルの正体

警察とカード会社が作った「ギャンブルフィーバー症候群」 元パチンコ店経営 李 達冨

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7月20日、カジノ(IR)法案が成立した。世論調査では賛成は20%強で60%以上が反対。採決前には、国会周辺で大規模な反対デモが繰り広げられた。同法反対の主な理由は、「ギャンブル依存の蔓延」だが、このギャンブル依存を招いたのが、「フィーバー機」だと言われる。パチンコ業界に身を置き、その盛衰を見続けてきた筆者は、「警察・商社の関与こそ、ギャンブル依存を生んだ元凶」と断言する。(編集部)

筆者より:私は1952年に大阪市生野区田島で生まれました。田島の隣接地=猪飼野は朝鮮人が多いことで全国的に知られていますが、田島も朝鮮人が多い地域です。大学卒業後、大学事務職員として勤めるようになりました。その後、岐阜市で20年間、浦安市で5年間、パチンコ店の経営実務に携わりました

 今回の連載では、私が職業的に知ったこと、体験したことに基づいて問題点を指摘し、告発もしていきます。多くの方が意見や質問を編集部に寄せてくれることを願います

 カジノ法案反対の理由としては、「ギャンブル依存症の増加」が最大のようだ。1980年代のレーガン、サッチャーによる保守革命(新自由主義)以降、資本主義は、金融部門を中心に、投機的性格を強め、これをスーザン・ストレンジ女史は「カジノ資本主義」と命名した。

 常設ギャンブル場は、ギャンブル依存症者が多数存在しないと成り立たない。開催期日と開催場所を限った公営ギャンブル(競輪、競馬、競艇)がギャンブル依存症とほぼ無縁なのは、毎日オープンしていないからだ。負けを翌日取り返そうと思ってもできないという仕組みにある。つまり、00年代初めをピークにパチンコからギャンブル依存症者が多く出たのは、パチンコ店が常設の場で全国的に存在したからだ。

 95~97年にかけて、三菱商事を筆頭とする大手商社と警察当局が進めるカードシステム導入の影響で、多くのパチンコ店が経営不振に陥った。カードシステムとは、売り上げの1%が自動的にカード発行会社(大手商社2社)に行くように計画されたものであった。

 しかし「偽造カード」が大量に出回り、業界推計で500~1000億円とも言われる巨額の金がアンダーグラウンド勢力(暴対法でしのぎがむずかしくなった元暴力団員含む)に流入することとなる。警察は、アンダーグラウンド勢力がビジネスチャンスを掴む環境の醸成に手を貸したことになる。カード会社も損失を受けたが、パチンコ店もカードシステムの不人気で廃業が相次いだ。

行政指導の緩和でパチンコ店が暴走

 こうした成り行きに焦った警察は、パチンコ店に対する規制を改める。それまで警察は、パチンコが過度にギャンブル化しないように、遊技組合を通じてさまざまな行政指導を行ってきた。しかし、カードシステム導入以降、その行政指導を実質的になくしていった。具体的には、「10時開店、22時閉店」が「9時開店、23時閉店」になり、月に4回の休業日(岐阜県の場合)が店舗によっては0となったりした。

 またチラシ広告も、新台入れ替えの広告以外でも配布可能となった。おりしも新たに登場したインターネットのメール配信も、「煽り営業」を新たな次元に導く。「交換率」も等価交換が認められるようになり、一般化する。このように、お客の自制と抑制を促すための規制をほとんどなくしていったのである。警察は、カード会社(警察の太陽共済も出資者)存続のために、パチンコ店は暴走してもいいんだというシグナルを発したのである。

 これ以降、実際に「裏もの」を使った暴走営業が始まる。 (次号に続く)

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