【時評短評 私の直言】7人見せしめ処刑

森達也監督ドキュメント「オウム真理教」から見える オウム圧殺体制の帰結 シネマブロス代表 宗形 修一

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 映画監督・森達也は、2本の「オウム真理教」に関わるドキュメンタリー映画を作っている。「A」(1998年)と「A2」(2001年)の2本である。被写体はオウム真理教広報副部長の荒木浩で、タイトルAは荒木(Araki)のA、オウム(Aum)のAに由来する。

 「A」は地下鉄サリン事件以降、オウム真理教に対する社会の態度をオウム内部から映し出す。オウム信者の修行や生活の様子、荒木にマイクやカメラを向ける報道関係者、またオウム信者を強引に逮捕する、公安警察による逮捕シーンでは、自分から転んで信者を逮捕する「転び公妨」が初めて映像に記録された。

 「A2」は荒木他、上祐史浩、広末晃敏、村岡達子、河野義之らが登場する。「アレフ」となった信者たちの地域住民との対立や融和、信者から語られる団体規制法の引き金となった暴行監禁容疑事件の顛末、右翼デモの思惑とマスコミ報道のズレが描かれる。

 森監督はこの映画の制作過程で次々とテレビ局・制作会社から契約を打ち切られる。森は常に社会の片隅に追いやられている、少数派に視点を据えて映画を作ってきた。障がい者のプロレスとか放送禁止の歌とかの作品が彼の手で作られている。しかし、「オウム」に関しては、日本社会はアンタッチャブルなものにし、関わるものはもちろん、「オウムに人権なし」の状況を生んだ。

実質的裁判を受けられなかった麻原

 森は朝日新聞(7月7日)で「地下鉄サリン事件が起きた1995年、当時大量のオウム特番が放映されましたが、描き方は2種類だけでした。『凶暴凶悪な集団』か『麻原に洗脳された集団』です。『やつらを早く死刑に』という世間の空気を感じていました。恐怖に突き動かされた社会現象だったと思います」。また「オウム事件で、多くの人々は『普通でまじめに見える人々がなぜ巨大な犯罪をしたのか』という問いを突き付けられ、困惑していたのだと思います。だからこそ、オウムを『凶暴』『洗脳組織』と理解することで、本来の問いに向き合うことを回避していたのではないでしょうか」と語っている。

 麻原(松本智津夫)の娘・麗華は「創」(7月号)で「オウム裁判では事件の動機すら明らかにされず、真相もいまだ闇の中です。その大きな理由の一つに、オウム真理教の創始者であり、事件の首謀者とも言われた、わたしの父『麻原彰晃』が、実質的に裁判をうけられなかったということがあげられます」と、麻原が41歳で様子がおかしくなり、おむつをつけて法廷に連れてこられていたことを報告している。

 森監督は日本社会の「オウム圧殺体制」が社会に何を生むのかを捉えようとしたのだろうが、日本社会はただ「死刑」の合唱に包まれて、森が聞いた40歳くらいの重度障がい者施設で勤務した信者が「生活の支援はできても、魂の支援ができず悩んでいた」と語ったことも、すべて流されてしまった。

 そして、最後に「僕が見た麻原は廃人でした。事件を起こした理由を聞けずに終わったことが、残念でなりません。加害者に発言させることは事件を歴史の教訓にするために必要だったからです」と語っている。 私たちは、もう一度この考えたくもない「オウム事件」に真剣に立ち向かわねばならないと思う。

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