【実録】公安警察取り調べ(7)

身をもって知った人質司法の現実  編集部 山田洋一

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12月11日(逮捕から20日)、検察は、起訴を通告してきた。生田警察署は、年末年始の警備体制に入るためか、多くの被収容者が拘置所へ移動し、留置所は閑散としている。私の取調べも10日で終了。調書は、1通も作らせなかったので、まぁ「引き分け」と言えるだろう。以降、拘置所へ移送されるまでは、読書と運動と気功の平穏な日々となった。 

  22日11時半、お決まりの手錠・腰縄をされて送迎バスで拘置所に到着したが、「取り調べ」もどきの「受付」の件は、報告しなければならないだろう。

 受付職員による氏名・年齢の確認に加えて、家族関係まで質問してきたので、おかしいなと思ったのだが、「日本赤軍のメンバーか?」との質問には、声を荒げての抗議となった。担当刑事ですら差し控えていた質問だ。形式的な入所受付と思っていたら、取り調べを仕掛けてきたのである。私の警戒心を高めたという意義はあったものの、油断も隙もないとは、法務省・拘置所のことだ。

 全裸での身体検査を終えて、入所手続きが終了。その場で昼食となったが、留置所の食事に慣らされていた私は、久しぶりにまっとうな食事に出会って些か興奮気味でこんな記録を日記に残している―「栄養バランス・味・量ともに申し分なし」と。

 216番との呼称を与えられて独房に案内されると、そこには小さな机があり、毛布3枚・分厚い布団に加えて、畳も本物のい草で作られている。監視窓も留置所に比べると小さく、持ち物検査も週2回程度。洗濯も1日3点までなら被収容者が毎日やってくれる。こうした拘置所の処遇に比べると、留置所の処遇はケタオチと言って差し支えない。

 本来被疑者は、72時間以上警察署で勾留されてはならない。拘置所での拘束が定められているにもかかわらず、警察の取り調べの必要性が優先され、留置所で拘束され続ける現実は、「人質司法」として批判の的となっている。

時計がないという「不安」の根源は?

 ただし、拘置所に時計がないことだけは、未だに理由がわからない。被収容者は、朝7時の起床に始まり、運動・食事・点呼など厳格な時間管理の下におかれる。時計があればある程度自分で行動管理ができるので、看守にとっても管理上好都合なはずだ。「なぜ時計がないのか?」何度も聞いたが、「決まりだから」以上の回答を得ることはできなかった。

 「時計がない生活」を想像できるだろうか? 時間的位置がわからないという不安は、私の想像を超えるものだった。人類50万年の歴史において「時計に縛られる生活」など、せいぜい数百年に過ぎない。にもかかわらず、資本主義とともに生活に浸透してきた「時計」は、目に見えない鉄鎖となって我々を縛っている。M・エンデは、「モモ」でその真実を表現したが、拘置所での時計のない生活は、私がいかに深く時計に縛られているかを思い知らせてくれた。  

(つづく)

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