進む労働法改悪 富裕層優遇 フランス・マクロン政権1年 暴走する新自由主義

政党主導から貧困地域の反差別運動へ拡大する抗議 須納瀬 淳(パリ第八大学博士課程在学)

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 マクロンが新大統領に選出された際、筆者は本紙において、彼の政治は「ヨーロッパ」を笠に着ながら少数エリートにのみ与する市場原理主義のネオリベラリズム政策を押し進めるだろうと書いた(1620号参照)。残念ながらそれは杞憂とはならず、むしろ競争原理にもとづき、一部の特権階級だけを優遇する傾向は、よりはっきりと現れてきている。就任後1年を経た今、どうなったのか、簡単にお伝えしたい。

特権階級の優遇と強権的政治

 早々に行われた労働法改変と緊急事態体制の恒常化に加え、

(1)フランス国鉄(SNCF)の改革(公共企業から株式会社への変更)、

(2)富裕税(130万ユーロ超の個人資産に課される税)の削除、

(3)CSG(社会保証に充てられる源泉徴収の税)の増税(年金受給者の所得低下を招く)、

(4)「避難―移住」に関する新法の採択(書類申請までに許される期間削減により、難民申請をより困難にさせる)、

(5)大学入学に関する新法ОRE(大学側による学生選抜システムの導入、それまでは国際バカロレアの試験を通過すればどの大学でも志願できた)、

(6)民間企業の「商業の秘密」を保護する法案の採択(「秘密」の定義が曖昧なためいかなる情報もこれに該当する可能性がある)、

(7)ノートルダム・デ・ランド(空港建設が反対運動により中止)における住民の弾圧など、目立つものだけでもこれだけある。 しかも、これらが当事者たちとの十分な協議も経ず強権的に、早急に行われているのである。

 

何千もの難民をパリの外へ投げ捨て

 象徴的なことに、実業家たちが好んで読むアメリカの雑誌「Forbes」に対してマクロンが4月に応えたインタビューが、多くのメディアの話題となった。
 そこでは、自身の大手事業銀行での経験が、企業家たちの心持ちを理解するのに役立つと述べたのちに、「Exit Tax」と呼ばれる富裕層への課税の削除を宣言する。

 これはサルコジ政権下の2011年に導入された制度で、企業がより税負担の軽い国(例えばベルギーなど)へ拠点を移し、フランスの税収が流出するのを防ぐことを目的としたものだ。
 「人々は自由に、彼らの望むところに投資できるのです」と、マクロンは悪びれずに語る。

 資本を持った投資家たちには、国境を越えて自由に行き来することが許されるのだ。
 他方には、常に動くことを強いられながら、自らの意志では全く動くことのできない人々がいる。パリ北東部で既に3000を越すと言われる難民たちのキャンプにはいまだ解決策は見つからず、パリ市に投げ出すような形で、国家はその責任を取ろうとしていない。

 5月6日と7日には、サン・マルタン運河とサン・ドニ運河で2人の難民の若者が溺死した。1人はアフガニスタン、もう1人はソマリアから来たと見られている。
 大統領の方はといえば、5月27日、パリ18区でバルコニーから転落しかけた赤ん坊を救った、滞在許可書を持たないマリ人の若者をエリゼ宮に招待し、彼がフランスに帰化できるように、すぐ取りはからった。 まるで栄誉あるものだけがこの国にいる資格があるとでも言うかのように…。

拡大する民衆運動労組・学生・難民が連携

マクロンに対抗「民衆の波」デモ

 もちろん民衆の側も黙っているわけではない。国鉄では4月から2カ月にも及ぶストライキ(ただし5日間のうち48時間をストするというもの)が継続中であり、パリをはじめ、フランス各地の大学で長期に及び、学生たちによる大学の全面封鎖の動きも広がった(現在は全大学の封鎖が解除された)。公務員たちによる大規模なデモも起こっている。

 その中では、学生たちの運動に労働組合の人々が応援に来たり、あるいは大学の中で学生たちが難民の避難所を作ったり、といったこともあった。こうした社会的枠を越えた交わりは、それぞれが抱える問題を共有し、このフランス社会全体の問題として捉え直す契機となるだけでなく、抗議をより力強いものにするという意味でも非常に重要である。

 このようにさまざまな運動体を、マクロンに対抗するという目的のもと一つにまとめあげようとする動きが、「フランス・アンスミーズ=屈服しないフランス(FI)」から始められている。既に5月5日にはFIの議員フランソワ・リュファンと哲学者フレデリック・ロルドンの掛け声のもとに、組合や市民団体を含めた統一デモをパリで成功させた。

 そしてつい先日、26日にも「民衆の波」と題されたデモが行われ、全国での参加者はCGT(労働総同盟)によると25万人に上った。パリでは東駅からバスティーユ広場まで行われ、およそ80の左派の運動体によって組織された行進の参加者は、内務省によると2万1000人、CGTが8万人と報告している。プラカードには、「マクロン、共和国の侮蔑者」「第6共和制へ」「選別への否」「マクロン、フランスは売り物ではない」などの文字が見られた。

 

政党は後に下がり市民がデモ先頭に

 前日までは、FI党首ジャン=リュック・メランションとCGT総書記フィリップ・マルティネスとの間でのデモの主導権争いばかりが報じられていたが、ふたを開けてみれば、その日のデモは5日のもの以上に「ごたまぜ」状態だった。いたるところにFIのロゴが姿を見せ政党色が濃厚だった前回よりも、今回は市民団体をデモの先頭に立たせ、政党は後景へと退いていた。

 とくに印象的なのは、デモ隊の先頭が、アダマ・トラオレの遺族を支援するグループに譲られたことだ。2016年7月、憲兵によりパリ北部郊外で逮捕、後に殺害された彼の名は、そのまま警察暴力を象徴するものとしてしばしば引き合いに出されるが、こうした「カルチエ・ポピュレール(下町)」あるいは貧困地域の反差別運動が、政党が主導するメインストリームと言っていいような社会運動に加わるのを目にするのは珍しい。その点だけでも、このデモは画期的な出来事だった。

 ウェブニュースサイト「メディアパルト」によると、彼らが「民衆の波」に招かれたのはデモ開始からわずか48時間前と言われている。あまりに早急だが、現在行われている法の改変によって真っ先に被害を被るのが自分たちであると知ったうえでの判断だ。

 マクロン政権の改革が日常生活の全方位に及ぶだけに、対抗する運動もまた包括的なものとなるべきであるし、そうならざるをえない。必然的な結果だとしても、互いの壁を越えるためには大変な努力を必要とする。参加者の勇気ある判断に敬意を表したい。

 

 

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