【2018新年メッセージ】相撲報道に明け暮れるメディアの堕落 人民新聞負けずに頑張ろう!

福島の女たちも3月にデモ

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原発いらない福島の女たち 黒田 節子

 まず、編集長さんの逮捕に、全国の皆さんと共に抗議の声を上げたいと思います。人民新聞という一見こわもての新聞名ですが、内容は原発からパレスチナ、介護問題、若者層の新しい動きなど、特定党派系の機関紙とはまったく違って柔軟かつ充実しているよなァと思っています。まつだたえこさんの漫画も、なんだかおかしくて毎回楽しみ。負けずに頑張ろう!

 さて、あれから間もなく7年目。フクシマはこれからむしろ厳しくなっていくのではないかと思っています。溶け落ちたままの核燃料、タンクが足りず海へ流される汚染水。不足する被ばく労働者。明らかに増えている健康被害。強いられる帰還、住宅補償の打ち切り、焼却炉問題、もの言えなくさせる見えない力、人々の分断・・・。お先真っ暗とは、このようなこと以外にあるでしょうか。

 「忖度」という言葉が流行った一年でした。原発いらない!はそれなりに市民権を得たかもしれないが、ここフクシマではそれだけではまったく足りないのです。脱被ばくの主張、「もう被ばくさせないで!」「避難させて!」この声をもっとあげなくてはいけません。しかし、避難をキチッという人たちは県内では限られているという実態があります。それは、情報不足というより、周囲との軋轢を避けたいという忖度心が働くからでしょうね。無理もない。足元で突然起きてしまった大惨事でした。圧倒的な国の安全安心キャンペーンの中で、避難をいうのはとても困難になっているのです。

 こうした中で、マスコミの犯罪性は許しがたいものがあります。相撲協会の暴力沙汰を執念深く密着取材して、なんで森友・加計の大疑獄事件を追及しないのでしょうか。国や行政を監視する本来の役割を放棄しているマスコミは、フクシマからいえば子どもたちの命の問題を無視し続けているのです。少数ながら志のあるジャーナリストもいます。彼らとも一緒に道を開いていきましょう。

 最後に、最近出会った一文を紹介します。

 『・・・現実に背は向けない。その姿勢に冷たさも感傷もない。だからこそ、「希望」を語らない「屈することなき絶望」に、信頼がもたらす安堵と慰めを覚えたのだ。そして、いくらひるむことがあっても、実際起きていることに目を向けよう、と決意のようなものを感じるようにもなった。この地球を不動産屋にまんまと譲り渡してはならない。どんなささやかなことしかできなくても。生涯、効果が見えないことであっても。』(ノーマ・フィールド/《バージャーの「屈することなき絶望」を読む》より)

「第7回3・11原発いらない地球(命)の集い」&デモ行進を、例年のように福島市市民会館で昼から開催します。全国からのご参加を!

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