撮影仲間ムスタファ・アル・ハルーフ(30歳)が11月16日シャバク(*注)に自宅から連れ去られた。ムスタファはトルコのアナドル通信の専属カメラマン。生後3ヶ月の女児の父である。
同日、午前10時ムスタファが妻・娘と暮らす家前に、黒塗りの大型車(シャバクの車)が2台横付けされた。8人のシャバク員(秘密警察官)がムスタファの自宅に押し寄せた。
シャバク員「名前は?身分証明書を出せ。ズボンと靴を履け。お前は当局から追跡されている」
ムスタファ「なぜ?」
シ「理由は後でわかる」
理由が明かされないまま、アイフォンを没収され、エルサレム中央警察署通称ロシア屋敷の隣にある建物の尋問部屋4号室に入れられた。ここで鉄の足枷をはめられた。
シ「お前は不法滞在者だ。今すぐ国外追放だ」
ム「いや、不法滞在ではない。父がエルサレム出身なので、僕以外の家族の皆がエルサレム住民権(ブルーID)を所持している。僕のID所得に関しては民事裁判中で、内務省から滞在許可がでている。ここに証明書がある。見てくれ。」
彼の父はエルサレム生まれのパレスチナ人。若い時にアルジェリアで職を見つけ、アルジェリアの女性と結婚し、ムスタファが生まれた。ムスタファが13歳になったとき、一家は故郷エルサレムに帰郷し今に至る。ムスタファには3人の弟妹がいる。ムスタファ以外の父母弟妹の家族全員がイスラエル住民権(ブルーの身分証明書)を与えられたが、ムスタファにはヨルダンパスポートがあるのみだ。東エルサレムは67年までヨルダンであった為、東エルサレム在住者の多くがヨルダン市民権を持っている。東エルサレムのパレスチナ人はイスラエルの市民権を与えられていない。ムスタファの父はエルサレム出身であるのだからイスラエル住民権(ブルーID)を与えられて当然なのだが与えられないので、ムスタファは民法裁判に訴えており、処理期間中である。
尋問員は、彼のファイルに目をやった。彼を国外追放することは法的に出来ない。
シ「お前はカメラマンだろ。ハマスのデモを撮ってるだろ。お前はハマスと関係あるだろう。ハマスに協力して、テロを起こそうとしているだろう。一番最近撮ったデモはどこのだ?」
ム「僕はニュース関係の撮影仕事をしているから、いろんなデモに行く。ハマスのも過去あったかもしれないけど覚えてない。僕は新婚ほやほやで、女児が生まれたばかりだ。そんな滅多なことをするわけがない。考えたこともないし、今後も考えない。暴力はきらいだ。一番最近撮ったデモは、10月19日と23日にユダヤ超正統派がやった兵役反対デモだ。何千人もが集合して国道1号線を止めた、あれだ。」
イスラエルではユダヤ教超正統派の多くが兵役拒否している。軍が彼等を強制的に兵役に就かせようと躍起になっているので、これに反対し、“兵役に行って人殺しするくらいなら、刑務所で殺される方がましだ”とプラカードを掲げてデモを各地で起こしている。19日のデモで警察は催涙弾やスカンク車を利用し、120人のユダヤ人を逮捕し、怪我人多数がでた。これに対し一般国民から警察はやりすぎだという声が挙がったにもかかわらず、23日のデモでは同様に催涙弾、スカンクカーを利用し、10名のユダヤ教徒を逮捕した。
ハマス云々に関しては、ハマスがテロ集団であるように日本の一般メディアは伝えているが、そうではない。イスラエルに対し武力行使する一方、公明党のように慈善事業も行っている。イスラエル当局がハマスを目の仇にする理由は、ハマスがイスラエルの存在そのものを否定しているからだ。個人的意見を言えば、ファタハはイスラエル政府の飼い犬に成り下がり、ジャーナリストを拷問したりなど汚いことをしているので、それにカツを入れるハマスはファタハよりまともかもしれない。
シ「その前に撮ったデモは?」
ム「7月のアクサ騒動の時だ。警察が指定したメディア用のお立ち台で各国のメディアと一緒に撮影した」
シ「誰が一緒にいた?」
ム「イスラエル人のメディアがたくさんと、スペインのメディア、フランスのメディア。たくさんいた。連絡先は僕の電話に入ってる。みんなちゃんと政府のプレス・オフィスからプレスカードを受けている人達だ」
シ「フェイスブックを見せてみろ」
ム「フェイスブックはもうやってない。つまらないことで、疑われたり服役させられたりするのは御免だからね。」
尋問員は見当はずれの相手を捕まえてきてしまった、と気付いたようだ。ところが、そこで後に引くことが出来ないちっぽけなプライドが、彼等にはある。
尋問員はムスタファが過去使用していたフェイスブックを開けて、長々と眺めた。投稿は2015年で切れていた。過去、イスラエルの地図にパレスチナの旗を描いたイラストのポスターを道で見つけて撮り、フェイスブックで投稿したものが問題視され、尋問を受けたことがある。そのポスターは何百名もが写真に撮ってフェイスブックに投稿したものだった。当時の尋問でムスタファは「問題なし」と解決されている。尋問員は、彼を捕まえてきた理由がないので、それをまた覆そうとした。
「これだ。2015年の投稿だ。指紋とるぞ。お前を留置する」
ムスタファは両手の指紋を取られ、手錠をはめられて留置所に入れられた。足枷もつけられたまま。盗人や麻薬売買などの犯罪者用雑魚部屋で1晩を明かした。食事は与えられなかった。
一夜明けて、裁判が始まった。ムスタファの弁護士はイスラエルの人権弁護士として名の知れたレア・ツェメルだ。レアの姿を見ると、シャバク員は顔色を変え、レアが裁判室に入るのを最初、拒否した。
シ「あなたは彼の弁護士ではないはずだ」
レア「いいえ、私が彼の顧問弁護士よ。そこをどいて私を中に入れなさい。」
レアの断固とした態度にシャバク員は負けた。
レア「ムスタファを拘留している理由を挙げてください。ファイルを見せて」
ファイルは薄く、中には何もなかった。裁判官も、ファイルを見て呆気にとられ、怒った。
裁判官「あなたたち、理由もなく、人を逮捕して拘留してるの?なぜ、きちんと調査してから行動しないの?彼を釈放しなさい」
即時釈放、と判決がでた。シャバクはそれでも諦めず、ムスタファに「3日後午前10時に再度尋問に来ること。来なければ1万シェーケル(約33万円)の罰金」という書類にサインさせ、釈放した。3日後10時きっかりにムスタファは出頭し、彼に何の罪もないことが明らかになり、尋問は終了した。
以上は当局が都合の悪い場面を撮影し海外の大手メディアで公開する報道関係者が恨めしくて弾圧しようとしたが失敗した例である。
イスラエルは民主主義国家でありながら、独裁主義がその中心でうごめいている。
同じようなことが日本でも最近起こった。こちらはもっとえげつない。
11月21日午前7時、兵庫県警が人民新聞の編集長を詐欺容疑で逮捕し、大阪府茨木市にある当編集事務所に捜査に立ち入り全てのパソコンを没収したのだ。警察の発表によると「2012年、イスラエルの刑務所で拷問を受け身障者になった岡本公三氏が、友人親戚から寄付金を受け取れるように自分名義で銀行口座を開き、レバノン在住の岡本氏が現地のATMで引き出しできるようにしたらしい」ことが詐欺行為とされている。ところが(1)キャッシュカードを名義人以外の人間が、双方の了解があって使用することは違法でない。(2)人民新聞紙面にて過去、身障者になった岡本公三氏に対するカンパ呼びかけ文を掲載したが、これも法律違反ではない。
人民新聞の編集長が行った一連の行動は、自力で生活できなくなった者に対する人情、人助けをする気持ちだと私は受け取っている。それを新聞社と関連づけ、編集長を逮捕し、編集事務所を荒らし、パソコンなどの仕事道具を没収した警察の行為は、共謀罪の悪用であるとしか思えない。人民の番犬であるはずの警察が法律を悪用し、人民の立場に立って物を考え、書き、出版する会社に嫌がらせをするとは理不尽である。
編集長逮捕および物品没収に関して、編集員や元編集員が抗議行動している。こんな世の中だからこそ、友情、連帯心、人としての良心を大切に生きていきたい。編集長は無実だ。
注:シャバク=ヘブライ語の”シェルート・ハ・ビタホン・ハ・クラリ”の頭文字をとったもの。シン・ベット とも呼ばれる。抄訳すると”姿の見えない監視官”または”イスラエル国内秘密警察”となる。