またもやトランプの「爆弾発言」(どうやら米国政府は二重構造を使っているようだ。トランプが「爆弾発言」し、それに対する反応を見計らって共和党主流部が正式政策を出すという構造)。エルサレムをイスラエルの首都として認め、米大使館を首都へ移転するというもの。
これは、すでに1995年に法律として可決された政策(米国は国連や中東カルテットと歩調を合わせて、二国解決案を目指す和平プロセスを支持する立場だが、それを自ら法律的に否定し、さらに、占領地の併合を意味するエルサレム首都化は国際法違反でもある)だが、歴代大統領がずっと実施延期に署名してきた。
トランプも今年6月に「首都移転」声明を出したが、やはり現地の激しい抵抗や国際社会の批判の前に、やはり実施延期に署名した。しかしトランプの支持基盤である親イスラエル保守派やキリスト教原理主義福音派がこれに反発。次期大統領選を考えてか、トランプは再び移転声明を出した。予測不能な大統領のこと、また実施延期に署名するかもしれない。いずれにせよ大使館移転には数年の準備が必要で、その間にまた変化があるかもしれない。
問題は、トランプ声明でなく、具体的な既成事実だ。トランプ声明に対し、トルコやイスラム協力機構やEUなどが一斉に非難の声明を発表。トルコなどは「レッドライン」を超えるな、と警告している。主流メディアも声高に報道した。日本のメディアも、相撲部屋の珍事と同じくらいのスペースで報道、関係知識人の談話を掲載した。
しかし、それらの「トランプ非難」のどれ一つとして、米国のカネと武器の支援で現在進行中のパレスチナ人民族浄化や、エルサレムで進められる「ユダヤ化」には触れない。ここには、象徴を非難して、事実を黙認するという二重基準が働いている。
エルサレムが西エルサレム(ユダヤ人地区)と東エルサレム(アラブ人地区)と分類されていたのは、ご存じだろう。西エルサレムは完全に民族浄化されて、ユダヤ化された。東エルサレムは、1948年の「ナクバ」(破局)の仕上げといわれる1967年戦争で、西岸地区とガザ地区と並んでイスラエル占領地となった。
国連は占領地併合や占領地への入植を「国際法違反」として、東エルサレムを併合してエルサレム全体を首都とするイスラエルの主張を「無効」と見做している。
しかし、東エルサレム(および西岸地区)での民族浄化は、毎日のように続いている。入植地建設、家屋破棄、耕作地破壊、行政拘留や不当逮捕、殺害、地名のアラビア語をヘブライ語に変える、等々。たとえば9月5日、東エルサレムのシェイフ・ジャーラー地区をイスラエル警察が襲撃、シュマースネー一家など住民を追い出した。ユダヤ人入植者用体育館を建築するためだった。追い出された家族は、毎日かつての家の前へ出かけて座り込み、抵抗を続けた。こんな現実がいっぱいあるのだ。これを取り上げないで、トランプ声明に大騒ぎするだけでは、現実は変えられないだろう。
もちろん今回の声明に対する抗議は、エルサレム周辺、ベツレヘム、ラマッラー、トゥルカレム、カルキリヤなど、非暴力デモの形で起きているが、たとえば12月7日のデモでは、イスラエルが暴力的に弾圧、120人が負傷した。6月の声明の時の抗議活動は、数万人の人々が通りでお祈りをするという圧巻的な光景が見られた。そうした非暴力抗議に対してもイスラエルは5人を殺害、1500人を負傷させた。
トランプ声明は事実上「二国間解決」を崩壊させた
トランプ声明が怖いのは、それが狂信的ユダヤ教徒、とりわけ「神殿運動派」を刺激することだ。そもそもユダヤ教は偶像崇拝を禁じていて、「神殿はむしろユダヤ教の退廃を意味する」と見做すユダヤ教徒が多い。
「神殿運動派」は、かつて2度にわたって破壊されたソロモン神殿(紀元前10世紀)、ヘロデ神殿(紀元前6世紀)をユダヤ王国繁栄の象徴とし、再び神殿を建設しようとする運動である。神殿破壊後、ローマによってユダヤ人がパレスチナから追放された後、千数百年かけてようやくエルサレムへ戻ってきたのだから、再建のために神殿の跡地に建っている岩のドームやアル・アクサ・モスクが邪魔だから破壊しよう、というのである。
そもそも、「ヨーロッパ・ユダヤ人がローマ軍に追い出されたユダヤ族の子孫だ」という主張は怪しい。むしろローマ軍から追放された人々よりも、そのままパレスチナに残り、キリスト教に改宗、後にイスラム教に改宗し、混血を重ねてアラブ人となった人々の方が多いのではないか、というのが妥当な歴史解釈だと思われる。
いずれにせよ、多くの民族や人種や部族がパレスチナにいたので、ユダヤ人だけの故郷ではないのは、明らかである。しかし、これを認めると、イスラエル建国の神話が崩れてしまう。イスラエルは、戦前の日本が日本書紀の「八紘一宇」という神話に立脚したように、単なる文学作品でしかない聖書物語の神話に立脚した国なのだから。
困るのは、米国依存で国家作りを目論んできたパレスチナ自治政府であろう。たぶん米国のカネで黙らされ、何か方便を考えるであろう。
いずれにせよ、自治政府や国連やアラブ連盟が主張してきた「2国解決案」は、事実上崩壊した、と見るのが妥当であろう。トランプ発言は、その象徴と捉えることができる。権力機構としてのパレスチナ国家作りでなく、もっと普遍的で人類解放的な運動への転換が必要であろう。その萌芽は、パレスチナ民衆の抵抗、それを支援する一部のユダヤ人左翼の中に、見ることができる。
(編集部・脇浜)