遙矢当
「どうせまた下がるんでしょう? 何もできないから、何も言わない」─こんな声を聞くと、来年の春に予定されている介護報酬の改定が近づいてきた実感が出てくる。これが、私が聞かされる多くの介護現場で関わる人たちの声だ。
この諦めムードで投げやりな返事をもらうのは、厚労省の現在の動向から見れば、残念ながらある程度予想がつく。介護保険の報酬は、ここまで介護保険制度の創設以来常に下がり続けている。介護報酬が下がって困るのは、介護現場の最前線に立つ介護士や看護師だ。抵抗に二の足を踏み躊躇ってしまう彼らの努力は、常に報われない。今回の介護報酬の改定でも、また辛く苦しい思いを繰り返してしまいそうだ。
誰だって、どこの業界にいようとも、働く立場、当事者として日々の給料が下がるのはとても辛い。働く本人は、給料が下がることで、自己否定された感覚を覚える。
では、改めて読者諸兄にも問いたい。3年ごとに行われてきた介護保険、介護報酬の改定で、介護業界と携わる人々は、常に減らされ続ける介護報酬に対し、何ができたのだろうか?と。
今回(2018年)の改定では、「介護職にも自分たちの生活がある」として、介護関係者団体が「介護の現場を守るための署名」という活動を始めている。とはいうものの、皮肉な話だが、逆に介護業界が介護報酬の削減に対し一枚岩ではない実態が露呈したのだ。
介護業界が自身の言葉を持たず、強く抵抗しないことが、介護報酬削減を許す原因になっている、と私は思っている。
誰のための介護か 報われるべきは誰か
介護業界は、なぜ介護報酬を下げてはいけないのか。震災復興、オリンピック、北朝鮮問題、森友加計問題、保育所やいじめをはじめとする子どもの問題、女性の地位向上など さまざまな政治的課題があるなかで、介護の危機的状況と問題の本質をアピールすべきなのだ。
介護現場は誰のために介護をしているのか、介護をすることによって報われるのは誰か、今こそ真摯かつ本気で考えなければならない。
聞けば12団体が共同して署名活動をしているという。日本介護福祉士会、日本看護協会、認知症の人と家族の会などが名前を連ね、業界の総意のように見える。
しかし、介護業界を少しでも知る人が見るなら、疑問を持つ。この署名活動に参加しない業界関係者も多いからだ。事情が分からない人が見れば、介護業界や介護関係者の意見がバラバラで、介護業界の当事者も結局は介護報酬が下がることを容認しているのでは?と勘繰らせてしまう。
例えば、「日本在宅介護協会」や介護甲子園なるセンセーショナルなイベントを開催する「日本介護協会」のような大規模民間介護事業者団体は、こうした署名活動にまず参加しない。これらの団体は、むしろ介護報酬を下げんとする与党(自民党/公明党)の選挙で出身者を候補として出そうとする立場だからだ。彼らの思惑の中には、高齢者の存在はない。
今の介護業界には、介護報酬が下がることを歓迎するかのような、「裏切り」ともいえる態度を取る業界団体があるのだ。介護に関わる人々を目を凝らして見ると、「政(選挙とその見返り)」「産(介護事業者)」「官(行政)」「学(介護系の学校)」の緩やかな横の連帯が見えてくる。それは、無責任な介護報酬が予め下がることを容認する連帯と言っていい。
それは、自分たちだけのために介護をし続ける、勝手で醜い「裏切り者」の姿だ。
後編では、誰がこの不本意なこの国の介護の状況を好んでいるのか。そして、醜い姿を晒す「裏切り者」なのか。その正体をご紹介したい。
▼「介護の現場を守るための署名」について(全国老人保健施設協会HP)