ガレス・ポーター(独立系調査ジャーナリスト、歴史研究者)翻訳・脇浜 義明
訳者附言
この翻訳をしているときに、朝鮮が日本の北海道越えのミサイルを発射した。日韓併合の「記念日」に当たる日のミサイル発射なので、日本への威嚇であることは明らか。朝鮮への先制攻撃できる米軍基地は韓国、日本、グアムにあるのだじゃら当然の反応。とりわけ日本に対しては「歴史の反省」を迫るものと解釈すべき。ただ、安倍首相を逆に喜ばすだけ。ミサイルが人口密集地の平壌付近から発射されたことも示唆的。米の先制攻撃を意識したものだろう。なお翻訳文ではティラーソン等の「朝鮮の政権交代が目標ではない」という姿勢を紹介したが、他方でマイク・ボンベオCIA長官のように「金正恩の首をはねる」ことを公然と主張している要人もいることを附言する。
発射実験は米朝関係の安定化のため
この数カ月間、トランプ政権と朝鮮の金正恩は、今にも開戦に踏み切るような脅し合いをしてきたが、つぶさに点検すると、両者が朝鮮半島の安定に向かって新しい枠組みを交渉するきっかけを探っていることが見えてくる。トランプ政権は対朝鮮軍事オプションができないことを認識しているようだし、金正恩のミサイル発射実験は米国への威嚇であると同時に、それを通じて米朝関係のこれ以上のエスカレート回避と状況安定化を希望している意思を表示しているように思える。
最近の危機は、米国が朝鮮の核兵器と長距離ミサイル開発計画を許さないと表明し、第二次朝鮮戦争も辞さないぞという軍事オプションをちらつかせたことで、急上昇した。米国の軍事オプションちらつかせは、トランプ政権以前からあった。2006〜13年、朝鮮の一連の核実験があった後、2015年、米軍と韓国軍は新戦争計画OPLAN5015を採用した。これは、朝鮮の核兵器やミサイル基地と指令施設を局部攻撃して破壊し、同時に特殊部隊が最高指導者の「首切り作戦」を遂行する計画である。
このような作戦は、朝鮮の核弾頭搭載ミサイルが発射されるという正確な情報入手を前提にした「先制攻撃」である。しかし、ほとんどの米の軍事計画者が知っているように、米国は朝鮮の核兵器やミサイルがどこに隠されているかを知らないので、先制攻撃しても全部のミサイルは破壊できない。
当然、朝鮮の報復攻撃で、ソウルに向けられた8千の重砲が火を吐くであろう。ソウルには、25万人の米人を含む1千万人の人々が住んでいる。釜山国立大学の米国人政治学者ロバート・E・ケリーは、OPLAN5015が発覚したとき、「安全保障の視点から見れば、狂気の沙汰だ」と言った。
トランプ政権は、OPLAN5015を朝鮮への圧力として熱心に利用してきた。今年4月、諜報関係の高官が、「朝鮮が核爆弾実験をするという情報があれば、米は先制攻撃する用意がある」と、NBC記者に語った。これは、朝鮮に対する心理作戦だと考えてよいだろう。米が、武力行使で指導者の首をはねるぞと金正恩に思わせようとしたのだ。
韓国政府は米の開戦に合意しない
しかし、米は韓国の同意がなければ朝鮮攻撃をできない。韓国政府は、核実験を理由に朝鮮と戦争する気はない。それに、2017年の選挙で、「韓国は米国にノーと言える国家になろう」と主張する文在寅が大統領になった。
毎年3月に行われる米韓軍事演習「キー・リゾルヴ」と「ファウル・イーグル」、8月に行われる「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」の基調になっているのは、OPLAN5015である。戦争威嚇のため、3月の演習は極めて挑発的な性格だった。特に朝鮮が神経を尖らせたのは、長距離爆撃機の演習参加であった。
朝鮮半島安定化へ向けた合意のため米国は大国姿勢を捨てよ
この演習後トランプ政権はいっそう威嚇を強め、B1爆撃機を定期的にグアムから韓国へ飛行させ、「米国の決意」を誇示した。朝鮮はこれに反応、6月22日、グアム米軍基地を射程内に入れる大型ムスダン中距離弾道ミサイル2発を発射。さらに、7月3日、朝鮮は大陸間弾道ミサイルの実験を行った。
西側メディアが米本土に届くかもしれないと大騒ぎしたミサイルである。しかし、専門家の分析では、米本土に届くことはないという。それでも、トランプの威嚇には屈しないぞという政治的シグナルにはなった。
8月9日、トランプは、「朝鮮が米国に威嚇を続けるなら、世界が見たこともないような炎と怒りに直面することになるだろう」と言って、緊張をエスカレートさせた。米本土に届くミサイル開発を止めるための、必死の威嚇である。その2時間後に、金正恩はグアム周辺向けミサイル発射実験計画を発表した。それをマティス国防長官とティラーソン国務長官が「グアムへミサイルを撃ち込む」と誤って解釈して、大騒動になった。
朝鮮の政権転覆を明確に否定
金発言は「グアム攻撃」ではなく、「グアム島付近の海域へのムスダン飛行実験」だった。B1米爆撃機がグアムから朝鮮付近へ飛行している力の誇示へのお返しだった。
緊張が極度に達した後、両者は少しトーンダウンした。金正恩は「米国の様子を見る」と言い、米政府も強硬姿勢に効果がないことを認識した様子を見せ始めた。軍事行動を排除しなかった米軍トップも、半歩後退した。
マティス国務長官とティラーソン国務長官は、「朝鮮政権の転覆を目的としているのでなく、朝鮮半島の非核化を目指して、平和的な圧力をかけているだけだ」と言い始めた。朝鮮の政権転覆を明確に否定したことは、大変化である。この変化は具体的行動にも表れ、ウルチ・フリーダム・ガーディアン合同演習では、いわゆる「戦略兵器」を演習で使わなかった。
原子力空母、潜水艦、核爆弾搭載可能な長距離爆撃機を合同演習に参加させない、と米軍筋が発表した。マティスやティラーソン発言と抱き合わせて見ると、米が朝鮮との軍事的緊張を避け、ひょっとしたら交渉への道が開くのではないかという観測も生まれている。
金正恩が送ったシグナルと、トランプ政権が力の誇示による威嚇が逆効果だと気づいたことが、こういう事態の展開を生んだといっていいだろう。ひょっとするとクリントン時代の1994年米朝枠組みを生んだ外交路線へ戻るかもしれない。しかし、すでに朝鮮が核爆弾やミサイルを発展させた現在、以前のような合意が成立するのは困難だろう。
しかし、何らかの朝鮮半島安定化へ向けての合意は不可能ではない。米国が他国の利益や権利を軽視するお定まりの大国姿勢を捨てれば、可能である。