翻訳・脇浜 義明
パリ協定は自己満足的粉飾にすぎないが、それでも地球破局を避ける第一歩にはなるだろう。大幅な後退よりは小さな前進の方がよい。トランプは大幅な後退を選択した。彼のパリ協定脱退は彼の無知や科学音痴や現実無視姿勢に帰するべきではない。背後にエネルギー産業の地球温暖化否定という運動があるのだ。
2015年にストックホルム・レジリエンス・センターが維持可能開発のために設定した「プラネタリー・バウンダリー」(地球にとって安全域ほど度を示す限界値)のいくつかがすでに越えられていると警告したことなんか、そっちのけである。また、「すでにCO2が大気中に充満、将来海面上昇が6mになるおそれがある」と警告した研究が2015年に二つ出たこと、さらに大洋がもはや緩衝装置として働かないため、海水中に蓄積された熱が永久保存されず、大気中に再放出され、温暖化を促進することなども、もう忘れ去られている。
根強い温暖化否定論
しかし、温暖化懸念の世論の高まりのために、エクソン・モービルやロイヤル・ダッチ・シェルですらトランプのパリ協定離脱を批判した。パリ協定に参加していないのは3カ国だけで、米国がその一つ。エクソンはパリ協定支持を表明、「協定の規制条件下でも十分に競争できる」と豪語。この変身を怪しむ声がないわけではない。温暖化に関するネット情報プロジェクト「デ・スモッグ」によれば、1997~2015年まで「エクソンは地球温暖化否定キャンペーンに3300万ドルを使った。煙草会社の広告やロビー活動を上回る巧妙な活動であった」という。
『インサイド・クライメット・ニュース』によれば、エクソンは1980年台初めに地球温暖化の科学的根拠を認めたにもかかわらず、その後数十年間それを無視してきた。
このような温暖化否定論はまだ幅を利かせている。保守系リベタリアン・シンクタンクのハートランド研究所はその先鋒で、米のパリ協定脱退に関して「メルケルやEU居残り組は不快だろうが(それ自体が米の勝利)、わが国は偽科学とグローバリズムに大打撃を与えた」と書いた。ハートランド研究所はエクソンから多額の献金を受けており、元々タバコ会社のプロパガンダ機関で、受動喫煙の健康被害を否定していた。NERコンサルティングは「オバマ政権のパリ協定参加を継続すれば米経済は数十年間でほぼ3兆ドル損することになる」というトランプ声明を作成した。NERコンサルティングは顧客企業に経済分析を販売する「専門家会社」で、公的規制が雇用減少や成長鈍化を招くとか、環境保護庁の二酸化炭素汚染基準には科学的根拠がないなどの報告書を出した。すべてエネルギー産業のロビー活動の資料として出したもの。
カナダのアルバート州のオイルサンドで大儲けしているコングロマリット「コーク兄弟」も、地球温暖化否定キャンペーンに多額の寄付をしている。コーク兄弟が所有している200万エーカーが開発されれば、さらに190億メートルトンの汚染物質が大気中に放出される。アルバート州のオイルサンドは北極圏近くにあり、それでなくても北極圏は地球温暖化の影響を大きく受けている。20世紀初頭と比べ気温は3・5℃上昇、海面温度も1982~2010年間の平均温度より5℃高くなっている。まだまだ温度が上昇する気配である。米海洋大気庁の2016年報告では、北極圏温暖化のため永久凍土が溶解、含有されている炭素とメタンガスなど温室効果ガスが大量に空気中に放出されつつある。北部の凍土には1兆3300億~1兆5800億トンの有機炭素がある。これは大気中炭素の2倍の量。ツンドラのエコシステムが過去数十年間炭素を吸収していたが、今やツンドラから炭素が大気中に排出されている。反対側の南極圏でも1950年代と比べて3℃の気温上昇、今世紀末までさらに5℃上昇すると予測されている。
パリ協定に強制力は無い
このまま温室効果ガスが増え続けるとどうなるでろうか? おそらく4億年来の未曾有の地球温暖となるであろう。科学的研究によれば、利用可能な化石燃料をすべて燃やしたとすれば、23世紀中葉の大気中二酸化炭素濃度は約2000ppmとなる2億年前以来最大の濃度である。2億年前は太陽が今より弱かったから、大気温度は23世紀に人類が経験することになるよりも低かったであろう。かりに地球上の氷が全部溶けたりすれば、海面上昇は60m以上になるだろう。
パリ協定で気温上昇を1・5℃以内に抑えることで同意されたが、実際にはその2倍近くまで認めるという内容である。しかもそれを懲罰を伴う義務規定化するのでなく、すべて各国の自発性に委ねられた。それそれの国が「早急に温室効果ガス放出の最高量に達し」「それ以降からそれを削減していく措置を取る」という、他人任せのやり方である。
パリ協定の目標値は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2014年に出した報告書に基づいている。
IPCCは今後数年間温室効果ガス排出量は450ppm以上に増加するが、2100年には450ppmに減少、地球温暖化上昇を2℃に抑えるためには450ppmを越えてはならないとしている。しかし、IPCCの計算は、炭素回収・隔離技術などまだ実現していない技術革新に依存して推算したものである。
「成長か死滅か」を迫られる資本主義の法則
米国が廃棄した目標は、2005年水準を基準にしてそれより26~28%分温室効果ガス削減を2025年までにたち成するというものであった。日本は26%、EUは40%を2030年までに削減、中国は具体的削減数字をあげなかったが、2030年までに最大排出に達し、それ以上を越えないと約束した。
資本主義で資本主義は解決できない
これらの目標の前提になっているのは、地球温暖化抑制の経済的コストは、21世紀中せいぜい年間0・1%程度で、取るに足らない成長へのブレーキだと、甘い仮設に基づいている。統計数字にちょっとした変化が認められる程度で、世界経済の構造を根本的変革する必要なんかない。我々は永遠に成長を続け得るという前提である。
しかし、地球の資源は無尽蔵ではない。化石燃料から再生可能なエネルギーへの転換が行われたとしても、そういう「グリーン資本主義」が資本主義の内在的問題を解決すると見るのは非現実的である。消費は減らさないだろうし、生産を私的利潤でなく社会的必要に応じて調整もしない。
「成長か死滅か」が資本主義の法則で、グリーン資本主義もその法則から逃れられない。フレッド・マグドフとジョン・ベラミー・フォスターのグリーン資本主義批判から引用すると、例え環境配慮と再生可能エネルギーを使って生産活動を行っても、解決にはならない。
なぜなら、資本主義である以上絶えず幾何学数的に拡大しなければならず、そのため天然資源の過剰利用、それがもたらす科学物資的汚染、ヘドロの蓄積、ゴミの山、その他有毒物質の拡大から逃れることができないからだ。「グリーン」のいくつかの「改善」が環境悪化のペースをほんの少し緩和することはあるだろうが、「グリーン」の過剰な使用、その規模が産み出すマイナス面がそのプラス面を凌駕する。
要するに、ただで食べれるランチはないのだ。それに「グリーン」はあくまで部分的で、労働者は家族を養うためにオイルサンドや石炭でどろどろになって働くしかない現実から労働者を解放するものではない。