小林麻央さんの死と放射能汚染

自主避難した麻央さんをバッシングしたマスコミ、原発推進派たちは、今こそ恥を知るべきだ

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市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺 悦史

 フリーアナウンサーで、歌舞伎役者・市川海老蔵さんの妻である小林麻央さんが乳がんのため34歳の若さで亡くなりました。この悲劇は、がんと原発事故による東京圏の放射能汚染との関連を考えてみるようにすべての人々に改めて迫っていると感じます。

問題は3つあります。

(1)家族性がん遺伝子変異と 放射線感受性

 麻央さんの母親も乳がんの既往歴があり、がんは「家族性」のものではないかと疑われています。麻央さんは、ブログでBRCA1とBRCA2の遺伝子変異について検査したところ「陰性」だったとして、遺伝性のがんであることを否定しています。
 ですが、この2つの遺伝子変異は、家族性乳がんの40%程度であり、ほかに、CHEK2、TP53、PTEN、ATM、STK11など数多くの遺伝子変異もありえます。また、残りの50%ほどの家族性遺伝子変異は、まだ十分解明されていません。
 つまり、麻央さんが遺伝的に乳がんになりやすい遺伝子変異を持っていた可能性は、2つの遺伝子の陰性によっては否定できないわけです。いま重要なことは、これら家族性乳がんの変異遺伝子のほとんどが、損傷したDNAを修復する機能に関連しているがん抑制遺伝子である点です。
 つまり麻央さんは、生まれつき、遺伝子損傷に対する生体の遺伝子修復機能が弱く、したがって、「放射線感受性が高かった」「放射線影響によるがん易罹患性であった」可能性があることを示しています。
 放射線被曝一般は、過剰ながん発症とがん死を引き起こすリスクを持っており、ICRPはそれを認めて、リスク係数を定めています。乳がんは、発がんの放射線関連性では、皮膚がん、肺がんに次いで高いレベルです。最近の研究では、20~39歳では、乳がんが、肺がん、直腸がんを抜いて放射線の最大のリスクとなっています。われわれは、ICRPを批判的に検討してきたECRRにしたがって、これらが、およそ40分の1の過小評価であると考えています。家族性の遺伝的がん要因を持っている人々は、それよりも高いリスク要因をもっているわけです。
 つまり、たとえ低線量でも放射線被曝をした場合に、他の人々よりも、影響を受けやすい、がんになりやすい体質を持っているかもしれないのです。その変異を持っている人にとっては、マンモグラフィーやCTでさえも危険と考えられているほどです。
 最近のがん生物学の発展のもう一つの重要な成果は、がんは「遺伝子(ゲノム・エピゲノム)変異の蓄積」によって生じる、ということです。キーワードは「蓄積」です。放射能による汚染が高ければ、それによる遺伝子変異の「蓄積」の速度もまた急速になるし、がんの進行と悪性化の速度も速くなる、という一般的結論が出てきます。

(2)高感受性の人々の避難・移住の権利

 福島原発事故直後に、海老蔵さんと麻央さんは、福岡に避難しました。マスコミや右翼がこの避難をバッシングしたことは、記憶に新しいところです。いまや、マスコミは、この事実さえも、隠そうとしているようです。
 『女性セブン』には、「放射能が心配で逃げて何が悪いんだよ。妊婦なんだから、避難させるのは当たり前じゃないか」という海老蔵さんの切実な発言が引用されていますが、まったくそのとおりです。
 もしも、マスコミと推進派による無責任なバッシングがなかったら、もしも、ご夫妻が東京都内で住み続ける選択ではなく、放射線レベルの低い(=遺伝子変異が体内に蓄積するテンポの低い)環境で、彼女が静かに生活することができていれば、病気が発症しなかったか、病気の経過が変わった可能性はあったと考えられます。
 海老蔵さんと麻央さんをバッシングしたマスコミ、右翼論客、原発推進派、福島事故の健康被害ゼロ論の主唱者たちは、今こそ恥を知るべきです。
 遺伝子的に放射線高感受性の人は、ICRP・放医研によっても人口の1%、ECRRによれば人口の6%(つまり16人に1人)にも上るとされています。さらに、遺伝子変異がなくても、受精した胎芽や胎児、乳幼児や子ども、若い女性などは、家族性がん遺伝子の変異を持つ人々と同様、高い放射性感受性を持っています。
 いまマスコミは、かつてのバッシングなど忘れて、麻央さんの追悼番組や特集を組み、いわば「偽りの涙」を流しているかのようです。
 家族性の遺伝子変異を持つ可能性のある人々こそ、放射線高感受性であり、がんやいろいろな病気への易罹患性であるリスクがあり、汚染の高い地域から、真っ先に避難しなければならなかったし、今でもそうなのです。
 その権利を認め、社会的・経済的に保障するのは当然のことです。

(3)がん進行の「想定外のスピード」と放射線被曝との関連

 麻央さんの症例から放射線影響を証明することは不可能です。しかし、彼女のがんの進行が、「想定外のスピード」(産経新聞)というように極めて速かったことは、福島の子どもの甲状腺がんの進行速度を連想させます。
 福島の子どもの甲状腺がんの場合、1年前の検診では、「異常なし」だったのに、1年後にはリンパ節転移した甲状腺がんが見つかった人たちが多くいるという現実との共通性を感じます。
 若年層の家族性がんは一般的に進行速度が速いという点に加えて、内部被曝によるがんの発症には極めて急速に進行するという、特殊な機序があると考えるべきでしょう。
 これらから、麻央さんの悲劇が教えるものは、家族性の放射線高感受性および放射線誘発がんの特殊性という、日本政府もICRPも無視しているこの問題の深刻性です。
 小林麻央さんは、放射線影響のがんの犠牲者であった可能性の高い事例の一つとして、一時ではなく永遠に、記憶され追悼されることになると確信します。
 それこそがわれわれとして小林麻央さんを追悼する最もふさわしい道だと。

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