篠山市 玉山 ともよ
原発30キロ圏外初めての事前配布
高浜原発から約50㎞離れたところに位置する兵庫県篠山市は、2016年3月、原発事故が起こった際に放出される放射性物質の中で特に甲状腺がんの原因となる放射性ヨウ素による被曝を軽減する安定ヨウ素剤の事前配布を、市の独自予算で行った。
現在、国の方針では原発から30㎞圏内(UPZ)で安定ヨウ素剤の備蓄を、5㎞圏内(PAZ)で事前配布を、国から都道府県への交付金で整備している。篠山市は当然その圏外にあって、備蓄も事前配布も国の基準からすると必要ないという中において、市民主体の同市の原子力災害対策検討委員会からの提言に基づき、地方自治の観点から事前の対策を行っている。
放射性物質の飛来は、福島第一原発事故を例にとるまでもなく、非常に広範囲に拡散、汚染し、県境などで留まることは決してない。50㎞離れた福島県飯舘村が全村避難であったことから、本来5㎞や30㎞で区切ること自体が無意味であるにもかかわらず、政府の原子力災害対策指針が策定されて以来、その対策は非常に限定的に行われている。
よって篠山市では、事故が起こっても基本的に屋内退避で十分で、安定ヨウ素剤の備蓄も事前配布も必要ない地域として、広域連携により若狭町からの避難を受け入れるということが決められている。しかし、事故が起これば約2時間で神戸まで放射性プルームが飛来することが予測されている中で、しかも熊本地震からの教訓をみれば屋内退避をすること自体が生命に危険が及ぶ危険極まりない行動であるかもしれないことが明らかになった後で、それでも何も対策を取ろうとしないこと自体が、本来はおかしい。にもかかわらず、日本中で30㎞圏外で安定ヨウ素剤の事前配布まで行ったところは、篠山市をおいて他にはない。
私は篠山市で同委員会が発足以来、市民委員として活動している。そもそも、なぜこの委員会が設置されたのかと言えば、隣の京都府が若狭湾沿岸の原発銀座からの放射性物質拡散シミュレーションを2012年3月に行い、篠山市でも高い確率でプルームが飛来するであろうということが予測されたからである。
その後、兵庫県でも2013年と14年の4月にシミュレーションを行い、2013年の結果では、篠山市は高浜原発から県下で最悪の167mSv/週という甲状腺等価線量(甲状腺の被曝線量・1歳児)が予測された。2014年では、前年度は県下で4地点のみのシミュレーションであったものを兵庫県は全域に拡げ、篠山市で100・1mSv、県下41市町中31市町がIAEA国際原子力機関が定めた安定ヨウ素剤の服用基準50mSvを大きく上回ることとなった。
篠山市ではこの結果をもとに、「対策が必要である」と判断し、2015年2月に備蓄し、2016年3月に第1回目の事前配布説明会を、そして2016年11月から12月に第2回目の事前配布を開始した。
兵庫県はその後2016年8月に、現在の原発の新規制基準に基づいて地域防災計画の原子力編を修正したのみならず、自らが行った2回のシミュレーション結果までホームページから削除してしまった。まるで新規制基準により原発が安全になったことが立証されたかのごとく、現在の状況を、「シミュレーション結果が必ずしも反映されていない」という理由で削除した。県民へのお知らせも記者発表も何もなしにである。
でたらめな原発再稼働に怒りを
そのため、篠山市ではヨウ素剤の事前配布の根拠が失われてしまった格好に見えるが、そもそも兵庫県は第1回目のシミュレーション結果を発表した後、国へ関西広域連合を通じて原発から約50㎞以遠に位置するPPAと呼ばれる地域に対しての対策を求めておきながら、県としては何らの対策も措置も取らずに放置し、新規制基準施行後には、シミュレーション結果の方が間違っていたとして、恥ずかしげもなく発表を取り下げ、地域防災計画を何ら対策を取る必要がないという前提のもとに修正をした。
兵庫県下で最も被曝の危険性があると一度は発表された篠山市からすれば、それならばいい加減なシミュレーション結果で翻弄するのはやめてほしいということになる。しかし実際は2回も行い、充分に国際基準を上回る甲状腺投下線量が予測されたのにもかかわらず、兵庫県の方がその科学的根拠を捻じ曲げ、国の新規制基準に迎合してしまった結果、何もしなくても良いということになっているのである。
しかも篠山市としては、兵庫県の予算でヨウ素剤の購入を行ったのではなく、市の予算で購入したのであるから、兵庫県からそれで文句を言われる筋合いはないはずだが、篠山市が現在編集中の原子力ハンドブックを作成しようとすると、シミュレーション結果は日付入りでその当時に発表されたものであったとしても、そこへ載せることは許可しない、と言ってきた。当初は、県から市への詳細なデータは提供しないが、ホームページ上からPDFをダウンロードする分については構わないと言っていたものが、ホームページからも削除し、その上、市の制作物にまで検閲をかけようとすることは、兵庫県民として県の姑息な態度が非常に恥ずかしい。
高浜原発が今度再稼働されるにあたり、新規制基準にもとづいて本当に安全になったのかどうかについては、非常に疑わしい。なぜなら、いくら安全対策を行ったところで、一旦事故になれば放射性プルームを閉じ込めておくことはできないからだ。
仮にリスクは減ったかもしれないが、原発が存続する限り決してゼロとはならないことに対して、最大限の対策を取ろうとすること、安定ヨウ素剤の事前配布を行うことが合理的であることは、論をまたない。たとえ備蓄していても、被曝覚悟でヨウ素剤を備蓄場所まで取りに行き、またそのことで避難が遅れるようなことがあれば、本末転倒も甚だしいからだ。兵庫県や関西電力は、いざ事故が起こればヨウ素剤の備蓄分を速やかに県内の隅々にまで配れるかのような絵空事を描いているが、現実味のない妄想にもとづいた原子力安全対策ほど空虚なものはない。
このような実情の中で再稼働が先行し、その後の人参として電力料金値下げがぶら下げられているのであれば、大いに馬鹿にされているとして市民はもっと怒らねばならない。
関西広域連合ならびに兵庫県は、自らの無策、愚策を反省して、ぜひ篠山市を見習っていただきたい。