マックス・ブルーメンタール&ベン・ノートン 「オルタ―ネット」4月5日
翻訳:脇浜義明
シリア政権交代という長年の米外交戦略を、公式に放棄したはずのトランプ政権は、反シリア反乱軍の拠点イドリブ県への化学兵器攻撃があった後、対シリア政策を変えるシグナルを送り始めた。「化学兵器攻撃」と称される事件は4月4日に起き、民間人数十人が死亡した。ただし、詳しい内容はわかっておらず「正式で信頼すべき確認はまだできていない」と、国連特使スタファン・デ・ミストゥラが記者会見で発表。「我々にも証拠がない」と、EUの外務・安全保障政策上級代表フェデリカ・モゲリーニも表明した。
化学兵器攻撃が起きたのは、ちょうどジュネーブでシリア和平会議が進行中で、シリア現地では、西側諸国の援助で優勢に内乱を進めてきた反乱軍が窮地に立ち(訳注:ロシアのアサド政権支援もあって)、シリア軍が優勢に立っているときであった。そんなときに化学兵器攻撃をやれば、シリアを直接攻撃せよという二大政党共同の圧力がトランプ政権にかかり、アサド政権の政治的・軍事的優位が脅かされることになる。
一方、昨年末に東アレッポの拠点を奪われ、負け戦が続いているアルカイダ系反乱軍にとっては、西側の介入だけが希望である。そういう情勢で、シリア政府は政権打倒の声を再発させるような化学兵器攻撃を命じるだろうか?(訳注:反乱軍セクトが倉庫にサリンを貯蔵しているという情報もあり、調査が必要であるが、西側はすぐにアサド政府の犯行と断定。フセインの「大量破壊兵器」と同じである。西側は、西側が財源を提供する反乱軍側の「シリア人権監視団」(SOHR)やプートワ・ニュース・エージェンシーなど反乱側が情報源。いずれにせよ、かりにアサドが化学兵器を使ったとしても、米国にシリア攻撃の権利が発生するわけではない。)
戦争準備
独自調査による証拠もないのに、ニッキー・ヘイター米国連大使は、アサド政権による攻撃だと決めつけ、「米国は行動せざるを得ない」と国連で演説。レックス・ティラーソン国務長官は、ロシアに対し、「アサドとの連携を考え直すべきだ」と警告した(その後米国は、59発のトマホーク巡航ミサイルでシリアのシャイラト空軍基地を攻撃。ISISもシリア政府攻撃を開始し、反乱軍のサラフィー派ジハード民兵団アハラール・アル・シャーム、サウジアラビア、イスラエルは大喜びした)。
米メディアは、戦争を煽った。ニューヨーク・タイムズのコラムニストでイラク戦争の応援団長であったトーマス・フリードマンは、シリアを分割し、必要とあれば米軍が領土を一部占領したらよいと提案した。CNNでは、アーワ・デイモン記者が米国の意気地なさを嘆き、せめてダマスカスを爆撃すればシリアの傷を和らげることになるだろう、と言った。しかし、メディアが触れない重大な問題がある。「米が直接介入すれば誰を益することになるか?」という問題だ。
イドリブ県は、シリア・アルカイダであるアル・ヌスラ戦線の支配地である。支配形態はタリバン政権的で、宗教的・民族的マイノリティを民族浄化、音楽など歌舞を禁止、不倫が発覚すると女性の方を公開処刑、など恐怖の神政政治を行っている。米国にシリアの政権交代を実行せよと要求してきた研究者でも、イドリブ県を「アル・ヌスラの拠点」と言っている。
イドリブ県のタリバン化
オクラホマ大学中東研究センターの所長でシリア研究者であるジョシュア・ランディスは、2016年1月号の『フォーリン・アフェアーズ』で、イドリブ県に関する調査報告を書いている。
―反乱軍が持続可能で魅力的な生活を住民に提供する能力がないことは、イドリブ県を見るだけで十分だ。学校は人種によって分離差別、女性はベールを強制され、ビン・ラディンのポスターがいたるところに貼られている。政府の役場は破壊され、新しい効率的な役場は形成されていない。100所帯以上のキリスト教徒が逃げ、ドルーズ教徒はイスラムへの改宗を強要され、彼らの礼拝所が爆破された。反乱軍は、アサド政権の空爆で統治が困難になり、急進化せざるを得ないのだと弁解するが、そういう弁解自体が彼らの統治の残忍さを説明している。
タカ派の論客も同様に観ている。西側諸国の出資で設立されたシリア政権交代シンクタンク=タハリール研究所のナンシー・オカイル事務局長は、今日のシリアは「(アルカイダ)過激思想にとって最新で重要な避難所になってしまっている」と認めた。
反シリア反乱の武装支援を主張する先鋭であるチャールズ・リスターですら「アルカイダが自分たちの地域で活動するのを望まない人の数が増加しているのは事実だ」と語っている。後に彼は「アルカイダ思想がシリアで成功したのは、中東地域の各所で成功したからだ」と言った。地域住民は、シリア政府に抵抗するだけでなく、アルカイダ過激派にも抵抗していることに、気づいたのである。イドリブ県で反乱軍の統治下にある住民が、「ここは地獄だ。こんなイスラム主義者の下で、こんな抑圧の下で暮らしたくない」と言っていることを、リスターは認めた。
2016年、アムネスティ・インターナショナルは、即時処刑、拷問、拉致、宗派間攻撃など、反乱軍民兵が行った「重大な国際人権法違反」を列挙した報告書を発表した。
敬愛される残忍な聖職者
2015年、アル・ヌスラとその同盟軍アハラール・アル・シャームがイドリブのアブ・アル=ズフール空港を確保したとき、迷彩軍服を着た1人の聖職者が現れ、捕虜となった政府軍兵士たちの前に立ち、お前たちは政府側で闘ったから「タフリール」(破門)だと宣言、彼らの集団処刑を祝福した。この聖職者は、サウジアラビア出身の狂信者アブダラー・ムハイシーニ(33歳)だ。彼は今や、シリア北部で暴れているイスラム武装諸グループで神格化され、「シリア反乱軍占拠地域で最敬愛されている聖職者」と言われている。
ムハイシーニは2014年、最も強力な反乱軍に身を置き、全反乱軍をジャイシュ・アル=ファタハ(征服する軍)と呼ぶ連合軍にまとめ上げようとした。湾岸諸国とのコネを活用して、「あなたのお金で聖戦を」という資金作り活動で500万ドルを集めた。彼は、聖戦士呼びかけネットワークも立ち上げている。アトメ難民キャンプで子どもを兵隊に募集するありさまや、3万人の戦争難民を集めた要塞で志願者に銃を渡して戦場へ送り出す様子のビデオが流されている。
トランプのサウジ・コネクション
トランプ政権の外交政策の重要な特徴は、サウド家による超保守的・神政政治王国サウジへの友好姿勢である。サウジのムハンマド・ビン・サルマーン王子は、ホワイトハウスでムスリム入国禁止令の作者であるバノンと親密な会談の後、トランプを「閣下」と呼び、「ムスリム世界の味方をしてくれる親の友人」ともてはやし、ムスリムがトランプに抱くマイナス・イメージに反対した。トランプ外交政策の中核には、根強いイラン敵視がある。イランはサウジの宿敵であり、シリア政府はそのイランの盟友である。
イエメンでは、米国・サウジによる攻撃のために国が崩壊、その荒廃の中でアルカイダ系イスラム過激派グループが育っている。一方で米国はISISを空爆しながら、その空爆でイスラム過激派を生産するという矛盾に、気づかないのだ。
シリア反乱軍にとって米国の直接介入は最後の希望であるが、アルカイダ系イスラム過激派にとっても強壮剤になる。もともと後者が中東で勢力を得たのは米国の中東軍事介入の結果であることを、忘れてはならない。