世界で最も誤解されている国
毎日新聞元テヘラン特派員 鵜塚 健
2月17日、喫茶どるめん(兵庫県尼崎市)で、毎日新聞元イラン特派員・鵜塚健さんの報告会が開かれた。鵜塚さんは、3年半の滞在のなかで「イランは、世界で最も誤解されている国だと思うようになった」という。「イラン」と聞くと核開発・反米国家・宗教国家というマイナスイメージが浮かぶ。しかし実際は、高い経済水準のみならず、社会的平等・女性の社会進出も高い水準にあるという。親日感情も強いので、「欧米とは違う基準で中東政策を展開できるはずだ」と語った。(文責・編集部)
高い文化・経済・教育水準
2009~13年に、イラン・テヘランに特派員として3年半滞在しました。イランというと、核開発疑惑・ミサイル発射、または髭もじゃの宗教指導者が反米演説をしている映像が映されることが多く、暗いネガティブイメージが先行しています。
しかし、3年半の滞在をとおして優れた面もたくさん知り、世界で最も誤解されている国だと思うようになりました。イランは、文化水準・経済水準・教育水準すべてがとても高く、治安も抜群に安定しています。
イランは、イスラム教シーア派の国です。イスラム圏では9割がスンニ派なので、イランは少数派ですが、シーア派盟主として大きな存在感があります。また、石油・天然ガスに恵まれ屈指の資源国で、OPECの中でも大きな発言力を有しています。
同国は、国際情勢の鍵を握る重要な国ともなっています。特に内戦状態にあるシリア情勢に最も影響力のある国と言っても過言ではありません。昨年12月にロシアとトルコが停戦協定を結び、安定化に向け動き始めましたが、お膳立てをしたのはイランといえます。イランとシリアのアサド政権は、歴史的に深い信頼関係で結ばれているからです。
また、米国でトランプ政権が発足し、イラン敵視を強めていますが、中東情勢はイラン─米国関係いかんで、大きな枠組が決まります。2015年にイランと欧州など6カ国で核開発合意が成立しましたが、これは、米国=オバマ大統領、イラン=ロウハニ大統領という穏健な指導者のもとで成立し、中東安定化の期待が高まりました。しかし現在は、親イスラエル姿勢を強めるトランプ政権のもとで、中東全体の不安定化が懸念されます。
イランは、人口8000万人の大国です。民族的にはペルシャ人が多数派で、他にもトルコ人やクルド人もいる多民族国家です。しかし、少数派に対するひどい抑圧はみられず逆に、国会では、少数派民族に優先的に議員枠を確保しています。
ゾロアスター教徒やユダヤ教徒は、人口としては極めて少数派ですが、それぞれ1議席を確保しており、少数派への一定の配慮を行っています。イスラエル国の存在自体を認めていませんが、国内のユダヤ人に対しての抑圧はありません。
イランについての5つの疑問
こうした概略をふまえたうえで、イランについての5つの疑問に答えていきたいと思います。
第1は反米国家か?です。イランは、イラン革命(1980年)以後、米国と鋭く対立しており、欧米文化に対して厳しい規制があります。欧米の音楽・映画などは全て禁止です。
しかし、これには裏があります。庶民や若者は、ハリウッド映画が大好きなのです。アラブ首長国連邦・ドバイなどの周辺国から海賊版DVDが入るルートがあり、米国でロードショーした数日後にはテヘランの道端で売られています。日本よりも早く民衆はハリウッド映画を観ています。
マクドナルドやKFCも出店が禁止されているのですが、真似た「マシュドナルド」や偽「KFC」が営業しています。
第2に、非民主国家か?です。欧米的基準からすると民主化は進んでいないとも言えますが、中東という枠内で見ると、かなり民主化されている国と言えます。4年ごとに大統領選挙が行われますが、3選禁止で、米国と同じです。大統領は、ラフサンジャニ氏(保守穏健派)、ハタミ氏(改革派)、アフマディネジャド氏(保守強硬派)、現ロウハニ氏(穏健派)と変遷しており、政治的選択肢は、一定程度保障されています。議会に占める女性議員の割合は日本とほぼ同程度ですが、政権中枢で活躍する女性政治家は多い印象です。
第3の疑問は、宗教支配の国か?です。イランは、シーア派盟主国ですが、ゾロアスター教やユダヤ教などさまざまな宗派の信徒もおり、少数派への配慮もしています。
第4は、人権問題です。特に女性に対する抑圧の有無が議論されます。その象徴がヘジャブ(スカーフ)の着用です。欧米メディアはこれを強調し、「女性への人権抑圧」と報道しますが、違った面もあります。イスラム諸国でも考え方や対応はさまざまですが、一番厳しいのがサウジアラビアで、全身を覆う黒いヘジャブが一般的です。次に厳しいのがイランでしょう。女性のスカーフ着用は原則で、外国人観光客にも課せられています。ただテヘランなどの都市部では、お洒落な髪の毛を出してスカーフもカラフルなものにして「一応被ってますよ」という体裁を整えておればいい、という雰囲気もあります。
イスラム革命以後イランは、女性の教育に力を入れてきました。国立大学の入学者に占める男女の比率は、ほぼ半々です。修士・博士課程でも同様です。女性の社会参加を積極的に推進しており、副大統領11人のうち3人が女性です。イラン映画はとても水準が高いのですが、女性映画監督もいますし、自動車レーサーも生まれました。
特筆すべきは、世界最大規模の難民受け入れ国だという点です。イランには、アフガン難民を中心に100万人が避難生活をしており、待遇も優れています。テント生活者はほとんどおらず、多くの難民が政府から一定の資金と住居を提供され、仕事をしながら暮らしています。教育も保障され、大学まではほとんど無料です。イランで高等教育を受け、帰国して政府中枢で活躍する難民もいます。
最後の疑問は、「イランは発展途上国なのか?」です。イランは石油・天然ガスなどの天然資源が豊かですが、イスラム革命以後、資源に頼ることなく自国産業を育成してきました。自動車も家電も製造しています。こうした産業政策と欧米資本の流入が少ないために、地方もバザールを中心にした豊かさを保っています。
イスラムの基本理念は、「弱い人を守る=被抑圧者の救済」です。そのために政府は、教育・医療・福祉に人材と予算を投入しています。セーフティネットが整備されており、分厚い中間層が形成されて、路上生活者のような極度の貧困状態の人はほとんどいません。
一方日本は、男女雇用機会均等法もあり、表面的には男女平等が謳われています。しかし、これだけ長時間労働が放置されているため、家事も子育てもできません。その点、世界はのんびりしていて、あまり仕事に重点を置かず、家庭生活を大事にしています。産休・育休の制度も整っており、男性も早めに家に帰って家事を担います。
イランは、親日感情がとても強い国です。米国に原爆を落とされながら復興し、めざましい経済発展を遂げた国として、高く評価されています。日本はこうした利点を生かし、欧米とは違う基準で中東と付き合うべきだと思っています。