トランプ就任とウィメンズマーチ
モンタナ州立大学教員 山口 智美
1月20日、ドナルド・トランプが米大統領に就任した。就任以降、イスラム教系7カ国からの難民や移民の入国禁止をはじめとした問題ある大統領令を連発。さらにはスキャンダルが発覚し、早くも政権幹部が辞任するなど、混乱を招いている。
私が住むモンタナ州は、大統領選でトランプが勝った保守的な州だ。だが、そんなモンタナ州でも、全米の動きと連携しながら、反トランプのさまざまな動きが起きている。選挙後のモンタナでの運動の様子を伝える。(筆者)
11月8日の米大統領選挙後間もなく、大統領就任式翌日の1月21日に、ワシントンで大規模な女性たちの行進、ウィメンズマーチを行うという計画が、フェイスブック上で公開された。このマーチに連帯して、全米、および世界の各都市で「シスター・マーチ」を開催する計画も広がり、モンタナ州では州都ヘレナで開催されることになった。州全体の人口が100万人程度と少ないために、各都市で小規模のマーチを行うよりも、一箇所に集結したら人数も多くなり、影響力が大きく、メディアも報道するかもしれないからだった。
ウィメンズマーチは、全米の参加者が主催者発表で500万人、少なく見積もっても300万人以上と、過去最大の抗議行動となった。
マーチ当日のヘレナは綺麗に晴れたが、氷点下5℃の寒さで、積雪も残っており、前日からボランティアがデモコースの除雪をするなどしていたという。5千人ほどの参加が見込まれていたが、倍の1万人が集まり、モンタナ州でも史上最大の抗議行動だったと言われている。
州議会議事堂の周りを歩き、議事堂前の広場で集会が行われた。集まったあらゆる年代の人たちが掲げるプラカードには、多種多様な主張が書かれていた。女性のみならず、移民やムスリム、先住民、LGBT、障がい者、貧困に苦しむ人たちや、性暴力のサバイバーなど、さまざまなマイノリティの人権の重要性を訴えていた。さらに「性と生殖の権利(リプロダクティブ・ライツ)は私たちのもの」「皆に健康保険を!」「パイプラインはいらない」「ブラック・ライヴズ・マター(黒人の命は重要)」などのメッセージからレインボーフラッグまで、さまざまな課題が同時に取り上げられるマルチイシューの行動であり、社会においてさまざまな差別が多層的に交錯しているとする「インターセクショナリティ」の考え方が前面に打ち出されていた。白人も移民やムスリム、黒人や先住民らの人権を訴え、そして男性も女性の権利を叫ぶカードを掲げていた。
州議会議事堂前での集会は、その場所はネイティブアメリカンの土地だったという歴史を尊ぶメッセージから始まった。そして、プランドペアレントフッドや、性暴力、LGBTなどの運動関係者、人種差別やヘイトに対抗する運動をしている人たち、ネイティブアメリカンの運動家などが登場。本会場のワシントンなど大都市と違い、セレブは誰もいない集会。だが、白人が9割で保守的なモンタナという土地柄にもかかわらず、インターセクショナリティが意識的に打ち出されていた。
インターセクショナリティは、ウィメンズマーチや、その後のアメリカにおけるフェミニズム運動の方向性を象徴する言葉となった。
「ムスリム排除」大統領令の波紋と抗議
1月27日、トランプ大統領がイスラム教系7カ国からの移民や難民の入国を禁止する大統領令を発令した。直後から空港などでの入国審査は大混乱し、該当7カ国出身者は、ビザや永住権を持っていても入国を拒否されるケースが報告された。各地の国際空港では、その日から大規模な抗議行動が行われた。
モンタナ州の各地でも抗議行動が行われる中で、私が住むボーズマン市では、2月2日に約300人の市民が、大統領令に関して共和党選出のデインズ上院議員の事務所前で抗議行動を行うなどの抗議行動が行われてきた。
さらに、私の勤務校のモンタナ州立大学では、この大統領令に関し、大学にとって移民や外国人は重要だという趣旨の声明を1月30日付で学長が発表。さらに、2月1日には、教員評議会が大統領令は民主主義や学問の自由の根本に反するものと明確に反対し、教員として大統領令の影響を受けている人たちとの連帯を表明する声明を発表した。声明に関して、トランプ支持の教員もいる中で評議員が代表して声明を出すべきなのか、多様な意見が教員間にもあると断り書きをつけるべきでは、などの意見もでた。だが、どのようなメッセージを社会に向けて発信し、特に大統領令の影響を受けている人たちに何を伝えるべきなのかという議論をへて、全会一致で反対を強く打ち出す声明になった。
政権の人事と性差別・人種差別への抗議
トランプ大統領から司法長官に指名されたジェフ・セッションズ上院議員は、かつて「KKKに寛容だ」と発言するなど、さまざまな人種差別的言動で知られる人物である。レーガン大統領が1986年にセッションズを連邦裁判所判事に指名したが、人種差別が問題視され上院が承認を拒否した過去もあり、指名について批判が高まっていた。
2月7日、上院でセッションズ議員の司法長官承認に関する公聴会が開かれた。そこでエリザベス・ウォーレン上院議員(民主党)が、社会運動家の故コレッタ・スコット・キングによる、1986年にセッションズの連邦裁判事承認の拒否を求めた書簡を読み上げ始めた。すると、共和党議員らはウォーレン議員を審議から排除。女性を沈黙させる典型的な性差別だとして、批判が噴出した。
この公聴会で司会をつとめたのが、モンタナ州選出のスティーブ・デインズ上院議員(共和党)。デインズ議員がウォーレン議員に「座りなさい」と命じ、排除に加担したことが問題視され、モンタナの選挙民たちがデインズ議員への抗議活動に立ち上がった。市民はデインズ議員に選挙民の意見を伝える場であるタウンホール集会の開催を要求し続け、さらに2月10日には、ボーズマン空港に降り立つデインズ議員を「歓迎」しようと約30人の市民が空港にかけつけ、抗議を行った。その後も、デインズ議員への抗議は続いている。
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本稿ではモンタナ州での状況を中心に紹介したが、大統領選挙後のアメリカでは、性や人種、宗教、国籍などに基づく差別が公然と大統領や政権中枢の政治家らによって行われ、制度化されていくという現状である。これに対抗する中で、市民運動がマルチイシューを掲げ、インターセクショナルな運動を作り出そうという動きが顕著となっている。女性たちが多くの動きのリーダーシップとっていることも、特筆すべきだろう。
3月8日の国際女性デーには、ウィメンズマーチの主催者らが全米でのゼネストを呼びかけている。今後の運動の展開をより注目したい。