敵の敵は味方とは限らない
編集部 脇浜 義明
敵の敵が味方という論理は、反トランプ現象にはあてはまらない。もちろん、トランプの大統領就任に合わせてストライキを決行した派遣清掃作業員の組合などは味方だが、メディアとか評論家とか知識人など主流派のトランプ悪魔化に対しては、その裏の動機を見抜く批判的な目でいどむべきだ。
メディアやネットを見ていると、米国民(および日本人)の多くは、トランプが諸悪の発信源で、彼がいなければ米国と世界は平等で民主主義的で平和の社会だという神話に乗せられているように思える。オバマやヒラリーの美化さえ見られる。トランプを邪悪、独裁、人種差別、女性差別、同性愛差別、障がい者差別、イスラムフォビアで、好戦的で金持ち中心主義と非難するのはよいが、そこに落とし穴が設けられていて、トランプのいない米国政治はそういう悪がない立派な社会だという虚像が用意されているのだ。
実際には、トランプ政治はオバマやクリントン政治、いやそれ以前の米政権の継続にすぎない。いや、それが行き詰まった断末魔の叫びにすぎない、と言ってよいだろう。トランプが入国禁止にした7カ国は、すべてオバマ政権が虐待してきた国である。メキシコ国境に壁を作るとか、最近トランプ政府が全国的に移民社会を襲って600人を逮捕したことで大騒ぎが起きているが、オバマ政権が強制追放した移民の数は数十万人になることは忘れられている。TPP拒否で保護主義回帰だと批判されているが、これは多国間自由貿易協定GATTが米国に不利だとして、それを潰し、日本やドイツなどを対象にプラザ合意やルーブル合意などの米国企業に有利な二国間協定を押し付けたレーガンの二番煎じにすぎない。労働者、消費者、環境がその代償を支払うことになるのは同じである。
個人より構造を
トランプの金持ち優遇は彼の新発明ではなく、1%と99%の継続である。トランプの7カ国入国禁止令に反対する大衆デモにグーグル社のCEOが参加したことが評判になっているが、シリコンバレーは高度学歴移民で成り立っているから、資本家の内部紛争にすぎない。トランプはイスラエルの不法入植住宅建設計画に抗議するパレスチナ自治政府に、もしイスラエルを国際司法裁判所に告訴したら援助金を打ち切ると脅迫しているが、同じようにグーグルはイスラエルのパレスチナのユダヤ化に協力、グーグル地図で地名をアラビア語呼称からヘブライ語呼称に変えている。トランプと同じ仲間なのだ。
トランプのもとでは差別と右傾化が促進されるのは確実だが、彼がそれを作り出したのではなく、資本主義体制が必要としている差別や右傾化を彼が促進しているのだ。我々としては、個人ではなく構造をみるべきである。差別に関しては、「政治的正義」を気取るリベラル主流派が「オトイレ」と呼んできたものをトランプは「大小便排泄所」と呼び変えただけの差にすぎない。中身は同じなのだ。
だから、米国の政界、経済界、メディア界、知的ディスコース界での対立は単なるエリート対エリートの内紛で、そんなものに惑わせられないようにしよう。それより、前述した清掃労働者の抗議スト、ノースダコタ・パイプライン工事阻止のスタンディング・ロック・スー族を中心とする全米先住民の環境と生活保護の闘い、トランプに招かれて会食に参加した大労組幹部に対する現場組合員の闘い、草の根の「アンティファ」(反ファシズム運動)など、トランプ出現とともに生じた民衆の闘いに注目しよう。それこそが、本当の反トランプ運動であり、主流派のペテンを乗り越え。社会変革の基礎となる闘いだ。