ダニー・ネフセタイ著『国のために死ぬのはすばらしい?』を読む
国際サーカス村協会 西田敬一
昨年暮、東中野にあるポレポレ座でタイトルの本の出版記念講演会が催された。著者のダニー・ネフセタイさんはイスラエルのユダヤ人で、来日してすでに40年近くたつ。埼玉県秩父で、木工アクセサリーを作る奥さんと一緒に木工房ノガリ家を営んでいる家具作家だ。
「国のために死ぬのはすばらしい」(本のタイトルはこの文章に疑問符をつけたもの)というのは、彼の母国イスラエルの国是のようなもので、「テルハイの日」という小学校行事の日の1週間前から、この文字が書かれた、黒板ほどの大きさの横断幕が掲げられるという。
イスラエルは徴兵制があるので、ダニーさんは高卒で空軍に入隊。戦闘機のパイロットを志願するが、ある試験を突破できずにパイロットにはなれず特殊レーダー部隊に。そして3年間の兵役を終える。当時をふりかえり、自分がパイロットになっていたら、たとえば「イスラエルを守るためにはパレスチナ人の子どもが犠牲になるのも仕方ないと説明する人間になっただろう」と語る。
退役後、多くのイスラエルの若者が行うように海外旅行へ。そして日本へ来る。一旦、東南アジアを旅して、2度目の日本で現在の奥さんである吉川かおるさんと出会い、結婚へ。吉川さんは大学で中世のユダヤ人の歴史を学んでいたというから、この出会いは運命的なものだったのかもしれない。
この本の中で、ダニーさんは、「2008 年末のガザ攻撃で、イスラエル軍が大量のパレスチナ人を殺害した時に、私の中で何かが変わった」と述べている。それは、「この攻撃に対するイスラエル人の反応であり、軍隊、ダニーさんと周りにいた人たちの変化-武力に走るのは良くない、戦争ではなく外交に頼るべきだ、といっていた人たちまでこのガザ攻撃を肯定していた」という事実を知ったからである。
この時、ダニーさんは戦争、軍事力で物事を解決(相手を叩きのめす)というイスラエル国のあり方を受け入れられなくなったようだ。本には書かれていないので推測でしかないが、この事実に加えて、彼の妻である吉川さん、3人の子どもたちや他の人々との日常のコミュニケーションを通した日本での生活もまた、彼の気持ちの変化になんらかの影響を与えてきたと思う。確かに、人の考えは何かで劇的に変化することもあるが、日常のさまざまな体験、会話などから少しずつ変わり、ある時に今までの考えとは違う立場でものを考えるようになる人も、すくなからずいるのではないか。
そして、さまざまな講演、イベント、デモに参加することで、それだけではなく「『日々の活動』を心がけること、イベントに参加した次の日に、家族、職場の人、学校の友だちへ伝える、日々の会話にも政治や社会のことを取り入れることが重要だと考えるようになった」と彼は語る。そして平和、反戦、イスラエルなどについての講演を行う一方、2007年6月には「原発とめよう秩父人の会」を立ち上げ、仲間たちと秩父市内のオーガニックのパン屋「ラパンノワール くろうさぎ」で月1回の定例会を始め、原発で働いていた人たちやさまざまな分野の専門家による講演会や、秩父郡皆野町で反戦・反原発のスタンディング、さらには秩父をはじめさまざまなところで放射能の測定を行い測定値マップをつくるなどの活動を行い、ぼくらにもできるところから社会的な活動へ1歩踏みだそうと語る。
そして、日本政府が原発再稼働を進め沖縄で米軍基地を拡充し、海外で武力行使できる自衛隊を派遣するなど、急速にイスラエル化していることに、彼は強い危機感を抱いている。イスラエル化とは端的にいえば物事の解決を軍隊・武力に頼ることだが、今の日本政府はまさしく力に頼る方向へ急速に傾いていないだろうか。人々が、日本は国際社会の中で力を持った国としての地位を確保すべきだと考え、その地位を守るのは武力だと思い始めた時、この国は破局に向かってなだれ落ちて行くのではないか。彼の危惧は私たちの危惧に他ならない。