会話だけであなたも逮捕?
弁護士 永嶋 靖久
監視社会の進行盗聴法と司法取引
大改悪された盗聴法(5月)では、これまでの薬物・銃器・組織的殺人・集団密航の4種類に加え、新たに爆取・放火・殺人・傷害・詐欺・窃盗・逮捕監禁・誘拐・児童ポルノの9種類が、盗聴対象となった。
役割分担して行動している(=組織的に行動している)、と疑われる状況が盗聴の条件とされるが、窃盗・詐欺の年間認知件数が80万件、検挙人数は20数万人である。役割分担した行動の疑いという要件があるとはいえ、とてつもない数が合法的に盗聴可能になる。
「ある高校生グループが継続的に万引きをしているようだとなれば、家の電話が盗聴可能となるし、『エル・おおさか』の利用者が詐欺罪で逮捕された(8月)ことを考えると、エル・おおさかを利用する人は、常に盗聴の危険性があることになる」と永嶋弁護士は指摘する。
この結果、「犯罪者のみならず、ジャーナリスト、報道関係者、学者、研究者、NPO法人関係者、市民団体運動家、労働組合関係者、そして、一般市民も盗聴される危険に常にさらされる」と、小田中聡樹氏(東北大学名誉教授、刑事訴訟法)は危惧している。
さらに、従来の盗聴は、NTTなど通信事業者の施設で事業者による立ち会いの下でしか認められていなかったが、今後は「合理化・効率化」のスローガンの下、盗聴対象者の通信を通信事業者から捜査機関(警察)に丸ごと送信し、捜査機関で盗聴する方法が可能になった。このように「合法的な盗聴が拡大し容易になれば、それ以上に違法な盗聴が増えていくだろう」と永嶋弁護士は指摘する。
今までは例外的にしか認められなかった電話、FAXやメール、SNS、会話の「盗聴・監視」が広く行われることになるだろう。わたしたちの日常生活は、常に監視の危険性をともなうことになる。
「盗聴の拡大と共謀罪がセットになれば、誰に対しても犯罪がでっち上げられる」と永嶋弁護士は指摘する。これまで見てきたように、犯罪の既遂・未遂を問わず、犯罪実行に向けた合意が存在すれば共謀罪が成立するため、共謀だけで逮捕・起訴が可能となる。盗聴の拡大は、共謀罪による立件の可能性を飛躍的に高めることになり、一気に警察国家化が進むのである。
「司法取引」と共謀罪
さらに「司法取引」と共謀罪の関連も見ておくべきだ。法案には自首を促す規定があり、それが密告の奨励につながりかねないといわれている。けれども、自首を待つだけですむのだろうか。
米国では、共謀罪に加担した者に対し、犯罪の程度に見合った刑事罰を科すのではなく、意図的に、不均衡に高い刑事罰を科すことにより、他の共謀者に関する情報を捜査当局に密告することを促す機能があるといわれている。
つまり、比較的軽い罪責の共謀者に対し、共謀罪を媒介とした実体犯罪の罪責によって不均衡に加重した刑事罰を示した上で、捜査当局に情報を提供することを条件とする減刑を提案し、司法取引に応じるインセンティブを引き出す、というものだ。
共謀罪は、司法取引の「種」として積極活用される可能性がある、と荒井喜美弁護士は語っている。
「刑事司法改革と共謀罪が施行されれば、普通の市民が突然、事件に巻き込まれ、他人を売らないと自分が助からないような事態に引っ張り込まれる」(立命館大・渕野貴生教授)。
恐怖と不安を扇動
共謀罪は社会をどう変えるか?については、永嶋弁護士の指摘が重要だ。
2013年2月、安倍首相は、施政方針演説において「世界一安心な国、世界一安全な国、日本を創りあげます」と演説。12月に犯罪対策閣僚会議は、「世界一安全な日本創造戦略」を決定した。同戦略の目標は、2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会までに「犯罪をさらに減少させ、国民の治安に対する信頼感を醸成し、『世界一安全な国、日本』を実現すること」だという。
しかし、「実際の犯罪は減少している」と永嶋弁護士は指摘する。刑法犯の認知件数は、1996年以降毎年戦後最多を記録したが、2003年に減少以後、13年連続で減少し、2015年は戦後最少となった。殺人事件(未遂も含む)は、70年代まで年間2000件超だったのが、2015年には、933件だった。犯罪の減少傾向は、日・英・米・独・仏に共通する傾向だ(永嶋弁護士)。
「安全」を言いつのる安倍政権が強調するのは、「不安感」である。立法自体をもって「市民の不安感」に応えることを目的とするのが「象徴的立法」だが、安全のための重罰化・犯罪化・監視を言いつのれば言いつのるほど、現実に根拠をもたない不安感は増し、際限のない重罰化・犯罪化・監視が進行していく。
安倍政権は、社会統合のあり方を変えようとしているようだ。実際の犯罪動向と関わりなく刑罰権の肥大化、恐怖と不安の扇動、監視を進行させ、社会統合は「恐怖と不安の扇動、監視の強化」に依拠するものになりつつあるようだ。
人間関係を危険視相互監視の社会へ
「市民の不安と恐怖」を口実に進む「安全保障」のシステムは、まずテロリストとその周辺の者を法の埒外に追いやる。ただし、市民の不安と恐怖に逆らってテロリストを擁護したり、テロリストの監視や排除、重罰化・犯罪化に反対し、「対テロ戦争」に反対する者は、テロリストか、そうでないとしてもテロリストと変わりないとされる。
フランスでは、シャルリエブド事件の後、「テロリストがかわいそう」といって黙祷に参加しなかった8才の子ども、がテロ擁護罪で逮捕された。日本でも、与党有力政治家が秘密保護法反対運動を指して「テロと変わるところがない」と公言した。
自分の近くに反テロに反対するような人間を見つけたら、率先して通報しないと、自分も危ない。当初、市民的自由が奪われるのは、「テロリストとその周辺の者」だけのはずだった。しかし、今やテロリストと見なされないためには、相互に監視し排除し合うシステムに積極的に参加して、際限なく自分の自由を差し出し続けなければならなくなるのである。
共謀罪は社会をどう変えるか? 永嶋弁護士は以下のように指摘する。
―思想の処罰が、処罰の前倒しの究極だ。治安維持法は、国体の変革と私有財産の否認の思想を処罰する法律だった。では、共謀罪はどのような思想を処罰するのか? それは、思想ですらない。処罰されるのは「危険な相談」だ。相談が危険なのだ。
戦争に向かう社会に投げ入れられた共謀罪は、人々の政治的自由や団結を抑圧することによってではなく、人と人との関係そのものに働きかけることで、社会のあり方を変え、社会をさらに大きく戦争へと進めてしまうかもしれない。これが杞憂と言えるだろうか?―
共謀罪は、過去3回法案が国会に提出され、いずれも廃案になっている。しかし、強行採決に慣れっこになった与党の姿を見る時、共謀罪成立は現実味を帯びる。まずは、法案提出を許さない世論の喚起こそが重要だ。