左派・リベラルの自滅、主流エリート層への攻撃
ZNet 11月10日ジャック・ラスマス(『グローバル経済の構造的脆弱性』の著者)
翻訳・脇浜義明
不動産王ドナルド・トランプが次期大統領に決まった。国民所得の97%が - トランプはその一人 -1%の懐に入る時代に、なぜ国民はトランプを選んだのか。彼を選びながら、同時に国民の60〜80%が彼を否定的に評価している。一言で言えば、レーガン政権以来のネオリベ政治の延長にすぎないオバマ政治の8年間にうんざりだと民衆が言ったのだ。トランプがどんな人格かはどうでもよく、主流エリート職業政治家でなければよいのだ。民衆は2大政党のエリートの目玉に「指を突っ込みたかった」のだ。「経済危機で金持ちの友人だけを助け、オレたちを放置した。お前たちも同じ目にあわせてやる!」というのが米国民のメッセージだろう。
政治方程式の変化、世界各地の極右台頭
トランプの選挙手法、破天荒な言動、失言、空威張り、大言壮語、政治的未経験などが、彼がエリート政治家でないというイメージを高めた。テレビ討論で負けたこと、メディア対策がないこと、共和党大会で大しくじりするなど、従来の選挙対策がお粗末だったにもかかわらず彼が勝ったのは、政治方程式が変化しつつあることの現れだろう。昔の言葉で言えば「大衆」が政治の舞台に登場し始めたのだ。
この傾向は英国の国民投票のブレクジット(欧州連合離脱)でも見られた。12月にはイタリアでも、職業政治家エリートが自分の権力を高めるための政治改革を、国民が否決するであろう。来年のドイツ選挙でも、極右「民族戦線」の台頭という形で表現され、メルケルの既成権力が危うくなる気配がある。
2008年にオバマを支え、2012年にオバマに再チャンスを与えた票田が、2012年以降のオバマの失政に幻滅して変化したことが、トランプの勝因の一つだ。白人の非大卒労働者階級、特にペンシルバニア州からウィスコンシン州にかけての五大湖工業地帯の労働者が、民主党から離れてトランプ支援に回った 。
70年代の経済危機のとき、民主党から見放されて、80年代の選挙でレーガン支持に回ったのと、同じことが起きた。だからクリントンは、ペンシルバニア州、ウィスコンシン州、オハイオ州、アイオワ州、ミシガン州で敗れたのだ。
番狂わせのもうひとつはラティーノの票。2012年で44%差でオバマ票が多かったのが、今回クリントンへの投票差は36%。トランプのヒスパニック侮辱よりも、オバマ政権が実行しているヒスパニック国外追放政策の方がラティーノにとって深刻だったことがうかがわれる。
また、女性票がクリントンへ行くと期待されたが、45歳以上の白人女性はクリントンに投票しなかった。34歳以下の「新世紀世代」は、民主党のサンダース候補へのひどい扱いや、学生ローン、不安定雇用、低賃金に対してオバマ民主党政権が手を打たず、むしろ1%の味方をしたことで、クリントンから離れた。要するに、白人低学歴層は民主党を見限り、それ以外の白人は投票に行かなかった。
民主党、クリントンの自滅
かつて、曲がりなりにも労働者を代表していた民主党は労働者を捨て、自由貿易、ネオリベ政策、年金・ヘルスケア事業の民営化へ向かった。ビル・クリントンが始めた政策はブッシュのもとで範囲を広げ、オバマによって促進された。民主党政権はブッシュの企業・富裕層減税と金融自由化を拡大、自らの票田を労働者から郊外の高学歴層へと乗り換えた。
トランプの勝因は、民主党政権が2007〜09年の経済危機時に民衆を救わず、銀行だけを救済したことへの反発から生まれた。トランプがクリントンに勝ったというより、クリントンが民主党の失政を改革するのでなく、単に継続する姿勢を示したので、彼女が自滅したということだろう。昨日までクリントン勝利を確実だと言っていた学識者・評論家たちは、この選挙は「持たざる者」の反撃だと言っている。それ自体は間違っていないだろう。
持たざる者が得たものは将来への不安感
米企業利益は2009年以降2倍以上に増え、平均株価は3倍増。金融取引収入は公的に明らかにされないが、記録的であることは間違いない。その利益は株式債権所有者上位5%、とりわけ1%に配分される。そのうえオバマ民主党政権は、ブッシュ政権以上に企業や富裕層減税を行った。米中央銀行の量的緩和やゼロ金利政策も事実上無償で企業や投資家に資金をやっているようなものだ。
企業は2兆ドルもの社債を発行、それを産業投資に使って雇用創出するのでなく、貯めこんだり、不動産投機などへ回す。犠牲になるのは高い住宅を買わされる人々だ。
一方、「持たざる者」が得たものは賃金停滞、不安定雇用、将来への不安感だけである。とりわけ「新世紀世代」の若者の雇用状況や先の見通しは真っ暗である。高齢者にとっても年金機構が崩れ、医療費高などで、日々の生活が不安定となっている。ローンが払えず、住宅が差し押さえられ、ホームレスになるが、債権者側・銀行は公的資金で救われる。
ハイテク企業は、海外の子会社に資産を置いたタックスヘイブンによる税金逃れをするばかりでなく、多数の外国人専門職や技術者をH1-Bビザ(専門職ビザ)やL-1ビザ(管理職や企業駐在員用ビザ)で受け入れ、米国人労働者の雇用を奪っている。
製薬会社は、寡占状態を利用して薬価値上げを行い、処方薬を買えない人を死亡させている。学生ローンから派生する利子は1兆ドルだ。国外追放されたラティーノの数は過去最大で、多くが家庭崩壊している。警察による黒人への暴力がエスカレートし、それが人種対立をよりエスカレートさせている。無規制な天然オイル・ガス掘削によって水や大気が汚染され、先住民・地域住民の生活を破壊している。オバマは「患者保護並びに医療負担適正化法」(オバマ・ケア)を成立させたものの、それは無保険者5千万人の内15%に適用されているだけで、適用範囲に制限がある。年間1兆ドルの予算だが、これは低所得者を口実に保険会社に金が渡るだけで、事実上保険会社への補助金となっている。トランプがやらなくても、やがて廃止されるであろう。
何よりもオバマの自由貿易が米国労働者から雇用を奪う。NAFTAやCAFTAがもたらした悪い結果が無視され、TPPとTTIPの実現に懸命である。ヒラリーはTPP反対を口にしたが、労働者は誰も信用していなかった。外交政策では米国は永遠の戦争国で、北アフリカや中東の混乱ではヒラリーは破壊の扇動者である。ウクライナのクーデターの背後にヒラリーの影が見え隠れした。外国への軍隊派遣にうんざりしている米国民がヒラリーに投票するはずがなかった。
トランプは何も具体的変革を提案しなくてもよかった。何かが変わるというムードを匂わせるだけで、国民がクリントンを否定してくれる。だからトランプが勝ったのだ。
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予測されるトランプ勝利の影響を思いつくまま列挙する。
○トランプ勝利は金融危機を招くと吹聴されたが、反対に株価上昇をもたらした。企業や投資家世界がトランプが減税すると期待したからだ。
○レイム・ダックのオバマがTTP成立を置土産にし、トランプ新大統領が知らん顔をするかもしれない。
○最高裁がますます保守化するだろう。トランプが、かつてレーガンが任命した保守派のアントニン・スカリアを判事に任命しそうだからだ。
○草の根レベルの人種差別が勢いを増すだろう。警察の暴力もより激しくなり、移民やマイノリティ対警察の対立が激化するだろう。
○オバマ・ケアの消滅。
○ドッド・フランクの金融改革法は、今でも弱体だが、完全に消えるであろう。投機活動が活発化、金融不安定が常態化、消費者保護は完全に姿を消す。
○環境政策が逆行。米国環境保護庁は骨抜きになる。パリ協定も解体するだろう。
○ラテン・アメリカからの移民を制限する厳しい移民法が成立するだろう。しかし、H1-BビザやL-1ビザによる労働者移民は続くだろう。
○NATO政策に変化が起き、ヨーロッパはロシア制裁外交を考えなおすだろう。イランとの協定に「新しい展開」が見られるかもしれない。シリアに関して米国とロシアが再検討するだろう。アジアにおける米国の影響力が低下するので、フィリピンなどの国は中国との連携を考え始めるだろう。
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…以上は選挙中のトランプの発言に基づいた仮定である。実際にそうなるかどうかは分からない。オバマに対して行ったように、米国の主流(官僚、政治・経済界エリート、メディア界エリート)がトランプをあやつり人形にするかもしれない。私はその可能性が大だと思う。米国の実権を握っているのは彼らだからだ。米国民は政治エリートや議会政治を代表する党や職業政治家に反乱を起こしたが、反乱は政治体制の枠内ではなく、それを超える形で行わなければならないことに、気づくであろう。