米国の文化人類学者、社会学者で、先住民文化保存運動に従事 マイケル・F・ブラウン
翻訳・脇浜義明
先週ボブ・ディランがノーベル文学賞受賞者に選ばれたことで、世間が騒いでいる。彼の音楽的天分を賞賛する評論家さえも、文学賞を音楽家にまで拡大するのは行き過ぎではないかと論じている。あまり論議されないのは、彼の音楽が反戦運動や公民権運動のとき人々を勇気づけたこと。
しかし、このアーティストに関して、好ましくなく、あまり知られていないことがある。彼がイスラエル、極右のユダヤ教のラビかつ、「アラブ人をガス室で殺せ」と主張したメイル・カハネとカハネが創設したユダヤ防衛同盟を支持している。
1983年、ニューヨーク・タイムズの音楽評論家スティーヴン・ホールデンは、ディランが同年リリースした『インフィデル』を、「最近時代精神と交戦する力を失くしたように見える伝説ロックスターの、かなり問題が多い芸術的半復活」と評した。ホールデンは、「足を踏み鳴らし絶叫する大げさなトーンのアルバムには、非常に政治的なソング、公然とイスラエルを擁護する『ネイバーフッド・ブリー』(近所の暴れ者)と、米国労働運動を告発するゴスペル・ブルースの『ユニオン・サンダウン』(落日の米国)(訳注:組合の賃上げのため物価が高くなり、輸入品が米国を侵略していることを嘆く歌)が含まれている」と書いた。「歌詞を見ると、1つか2つ当たればよいと思って拳を振り回している怒った狂人を思わせる」と、ホールデンは付言した。
「ネイバーフッド・ブリー」はイスラエルを絶え間ないアラブの暴力の罪のない被害者というイスラエルの説話をオウムのように繰り返す歌詞で、数万人の民間人を殺したイスラエルのレバノン侵攻の1年後に出た。
そう、近所の暴れ者と言われるけど、彼はたった一人だ。
敵たちは、彼が自分たちの土地に乗り込んできたというけれど、
数は100万対1で敵の方が多い。
彼には逃げる場所も行動する場所もない。
彼は近所の暴れ者。
レバノン侵攻は破滅的戦争で、イスラエル国内にも反対する声が多く、米国の泥沼ベトナム戦争に喩えられた。
しかし、ディランは、イスラエルの支援でキリスト教徒民兵がサブラ・シャティーラのパレスチナ人難民キャンプで大虐殺事件を起こして世界の非難を浴びた後も、イスラエルの容疑を晴らすような歌を歌い続けた。現在ではこの歌詞は、ネタニヤフやリーベルマンやナフタリ・ベネットなどの指導者が唱える人種差別民族主義の序曲のように見える。
歌を深く検討すると、ディランは米国政府の莫大なイスラエル支援金、とりわけ彼の『インフィデル』アルバムリリース前にカーター大統領が行った軍事援助を知らないようである。その援助は現在も続き、オバマ政権の軍事援助は380億ドルという記録的数字に達した。
それでもディランは歌う:
彼には語るべき味方がいない
得たものにはちゃんと金を支払わらなければならない
慈悲でもらっているのではない
時代遅れの武器を買い、しかもただでよいとは言ってもらえない
反戦運動からの撤退とユダヤ防衛同盟への接近
ディランが米国で支持していた平等権は、イスラエルとその近国に関する彼の考えの中にはない。かつて彼が行った体制権力への挑戦は、彼の歪んだ現実感覚のために、イスラエル軍国主義の是認に変形してしまった。その歪んだ現実感覚は、おそらく、メイル・カハネから学んだものであろう。
彼とカハネやユダヤ防衛同盟との関係は完全に明らかになっていないが、ジャーナリストのアンソニー・スカデュトが1971年にニューヨーク・タイムズに書いたものによると、「ディランがイスラエルとユダヤ教に興味を抱くようになったことから、1年以上も前に、偶然カハネとユダヤ防衛同盟と関係するようになった」。 彼はユダヤ防衛同盟の集会に何回か参加、かなりの寄付をした。「ディランが戦闘的右翼ユダヤ人組織に熱心に関わったために、ラジカル運動の仲間が怒った」とスカデュトは書いている。スカデュトの記事が出たのは、イスラエルの西岸地区、ガザ回廊、ゴラン高原、シナイ半島占領が開始されて4年後であった。「ユダヤ人若者も含めて多くのラジカル活動家にとって、イスラエルはファシスト米国政府が支援するファシスト国家群の一つで、ディランが熱心にイスラエルを支持し、ユダヤ防衛同盟と関連しているのは、彼がかつて非難していた政治的右翼へ身売りしたことを表すものである」と説明している。
45年間の歳月の間にディランが反戦運動から離脱、さらにレバノン侵攻後にもイスラエルを支持していることを考えると、BDS(イスラエル・ボイコット、脱投資、制裁)運動のイスラエル公演をやめてほしいという要請を彼が断ったのは、驚くことではない。パレスチナ難民の帰還権、占領終結、平等な権利などBDSが掲げている要求は、「ネイバーフッド・ブリー」の作詞者の心には響かなかった。
ディランとイギリスのロックバンド「ピンク・フロイド」のロジャー・ウォーターズは、今月カリフォルニアで開催されたデザート・トリップ音楽祭で演奏した。皮肉にも、BDS運動や黒人のブラック・ライヴズ・マター運動支持、トランプ大統領候補批判、子どもが「デリバ・エル・ムロ」(壁を崩せ)のTシャツを着用することを支持し自らもそれを着るなど政治的に適切なのは、ロジャー・ウォーターズの方である。数万人の聴衆を前にして、パレスチナに正義を求める学生会に連帯の挨拶を送ったのは、ウォーターズであった。
ウォーターズもディランも今や70代。前者はこの50年間で現代の緊急課題である自由と平等への闘いにコミットする意志を発展させ、後者は生き生きした政治活動から退いた。しかし、後者が文学賞を受賞するのである。