ICRPモデルで福島事故による子どもの甲状腺がん発生数を予測する 4年間で約100~400人、現在までの175人は十分範囲内
市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺 悦司
福島原発事故の健康被害を全否定する政府
安倍政権は、2014年12月22日、環境省専門家会議の「福島原発事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する中間取りまとめ」を決定し、公式に福島原発事故による健康被害は一切ないと宣言した。これを受けて、福島県の県民健康調査検討委員会は、事故から5年以上たっても増え続け、チェルノブイリ事故でも被曝との関連が国際的に認められている子どもの甲状腺がんについてさえ、「総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくいと判断する」(2016年3月30日「県民健康調査における中間取りまとめ」)として、事故との関連を否定している。
いちじるしく過小評価された政府推計でも、福島原発事故では、セシウム137ベースで広島原爆の168発分、ヨウ素131ベースでチェルノブイリの約一割という大量の放射能が放出されたことが認められている。
だが、政府の見解は、これだけ超巨大な放射能によってさえ、健康被害は「まったく生じない」「ゼロ」というものだ。「検出できない」「立証されていない」から「あるとは言えない」などと不可知論的に言いかえても、本質は同じである。もしも、3メガトン相当の原爆の「死の灰」が何の健康影響ももたらさないとするなら、そもそも放射線防護や被曝の科学などは根本から成り立たなくなってしまう。
ICRPモデルでは福島事故の健康被害はゼロではない
このような見解は、政府が放射線被曝に関する政策の基礎としている国際放射線防護委員会(ICRP)勧告に違反する。ICRP勧告は、放射線被曝に対するリスクモデルを掲げており、それに基づけば被曝の健康影響は決してゼロとはならない(表1)。
ここでは、福島における子どもの甲状腺がんについて、ICRPリスクモデルを使った発症予測を試みよう。それによって、子どもの甲状腺がん発生が「放射線の影響」以外であることを調査委員会が科学的に立証できない限り、放射線の影響であることは当然の前提であり、必然的に放射線の影響と「考えるべき」ことを示すことにしよう。
検討に入る前に、以下を指摘しておこう。ICRPは、その本質において、核利用の推進を目的とし、科学的外観を取り繕って人々に放射線被曝の受忍を強要する、国際原子力マフィアの主要機関の一つである。したがって、当然ICRPのリスクモデルには、量的・質的に、巨大な過小評価がある。だが、ここで重要なことは、そのようなICRPの被曝リスクモデルに基づいたとしても、政府の言う健康被害ゼロ論は決して正当化されないという点である。
ICRPモデルによる福島の子どもの甲状腺がん過剰発症予測
以下のデータはすでに与えられており、過剰発症数は容易に計算することができる。
A・原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)2013年報告は、福島住民の甲状腺吸収線量の推計を掲載している(表2)。最大で83mSv、かなりの被曝量である。
B・子どもの放射性感受性は、平均値より高い。米国科学アカデミー電離放射線の生物学的影響に関する委員会BEIRⅦ報告書にある甲状腺がんについての年齢別リスクモデルから計算できる係数3・16倍(0~18歳)により、これを補正する。
C・ICRP2007年勧告および同1990年勧告の甲状腺がん過剰発症リスクを採る(集団線量1万人・Svあたりそれぞれ33人と120人)。生涯期間(子どもは70年)の数字である。
D・福島県の甲状腺検査を受けた子ども約30万人(事故時0~18歳)の避難・非避難の内訳は、県民調査委員会の数字を採る(表3)。ここでは、煩雑さを避けるため、人口も多少モデル化して、避難者4万2000人、非避難者25万8000人と仮定する。
E・ICRPのリスクモデルには、量的に大きな過小評価があるが、補正する方法もある。ICRPに批判的なヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)は、チェルノブイリ事故後のベラルーシにおける子どもの甲状腺がんの実際の発生数とICRPのリスクモデルに基づく予測値との比(41・3)を引用している(表4)。この場合のベースがICRP2007であると仮定し、A~Dで得られる数値を大雑把に40倍することによって、過小評価を補正する。
A~Dからは、子どもの甲状腺がんの過剰発症数は、生涯期間について46~641人(中央値344人)と予測される。死亡数も、ゼロではなく3~43人(中央値23人)である。
これらは、低線量域での線量・線量率係数DDREF=2によって人為的に半分にされた数字であり、実際には2倍にしなければならないが、ここではそのまま使う。つまり、それでも、福島での現在までの約5年間の現実の発生数175人(うち良性が1人)は、一部自然発生(4人程度)と全員調査による増分(「スクリーニング効果」、最大でも12人程度)を含むにしても、全くICRPの予測範囲に含まれるのである。
ICRPの過小評価を補正すると
上記EによってICRP2007の数字の過小評価を補正すると、過剰発症数は1840~7040人(中央値4440人)となる。
さらに、この過剰発症が生涯期間70年間に平均して生じると仮定し、米国疾病管理センター(CDC)による子どもの甲状腺がんの最小潜伏期間1年間をとり、今までの(5年間ではなく)4年間の予測値を試算すると、105~402人(中央値254人)となる。福島での今までの発生数175人は、完全にこの予測の範囲内に含まれる。実際には子どもの場合、発症・進行は早いので、今後発生ペースが加速することが予想される。現在、政府・行政当局は調査自体の縮小・廃止に動いているが、その基礎にはこのような客観的状況がある。
一例の甲状腺がん発症の背後には1000例の甲状腺疾患がある
ICRP的過小評価の質的な面については、チェルノブイリでの健康被害を総括したヤブロコフ氏の指摘、「甲状腺がんの症例が1例あれば、他の種類の甲状腺疾患が約1000例存在する」を想起するべきである(『チェルノブイリ被害の全貌』81ページ)。175人は「大した数字ではない」と思われるかもしれない。だがそれは、現在の福島で17万5000人の子どもや若者が、甲状腺のいろいろの病変や機能障害やアレルギー、それによるホルモン異常や身体的・精神的成長の障害に苦しんでいる可能性があるということなのだ。