市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺 悦司
今回は、支配層側の専門家たちの多くが無視して認めようとしない放射線被害のより広く深刻な側面について考えてみたい。それは、私の属する研究会がテーマとしている内部被曝の危険性である。図(1)のように、外部被曝は体外にある放射線源からの照射であるが、内部被曝は身体の内部に侵入した放射性物質からの照射である。
高レベルの危険ある内部被曝
チェルノブイリでは、住民の被曝量の算定の中に「内部被曝」の部分が4割含まれている。これは、内部被曝部分を無視している日本政府よりは大きな前進であるが、実際には内部被曝の危険性の過小評価である。内部被曝には、外部被曝に還元することのできない深刻な危険性があるからだ。
内部被曝は、主として、事故によって放出された放射性微粒子を吸入したり、放射性物質を含む食品・飲料を摂取したりして、体内に侵入した放射性物質によって起こる。図(2)に見るように、内部被曝の大きな特徴は、細胞の近傍から放射線が照射される点である。したがって、内部被曝では放射線量自体はごく微量であっても近傍の組織にとっては極めて高い線量となる。
とくに、図(2)のように放射性物質が原子レベルではなく微粒子形態を取っている場合、集中的な被曝となる。微粒子がナノ(ミリの100万分の1)サイズの場合、呼吸器からも消化器からも皮膚からも体内に侵入し、しかも一度入ると、ほとんど排出されない。
放射能の直接的作用と間接的作用
放射線被曝のもう一つ重要な特徴は、放射線には「直接的作用」と、「間接的作用」があることである。つまり、放射線の作用は、照射によって直接に、遺伝子のDNAが切断されたり、エネルギー代謝を司るミトコンドリアが傷つけられたり、細胞膜やいろいろな細胞組織が損傷・破壊される、等々にはとどまらない。
放射線はまた、不安定で酸化力の極めて強い酸素(活性酸素)や、対となる電子を失った原子や分子(フリーラジカル)を体内で生み出す。放射線は、この活性酸素種によってもまた、DNA・ミトコンドリア・細胞膜やいろいろな細胞組織を「間接的」に傷つけるのである。この効果は、圧倒的に内部被曝に関連する(図(3))。
発見者の名を取って「ペトカウ効果」と呼ばれているこの放射線の間接的作用は、直接的作用と比べて損傷力が3倍、あるいは4倍も強力であると考えられている。
活性酸素種と酸化ストレス
活性酸素種が健康に悪影響を及ぼすことについては、すでに1960年代から知られている。当初、活性酸素種は一方的に「悪玉」で、分解する酵素や抗酸化物は「善玉」であると考えられてきた。だが最近の研究では、活性酸素種の複雑な生体機能が明らかになりつつある。
ここでは、京都府立医大の前学長、吉川敏一氏が監修した『酸化ストレスの医学第2版』(診断と治療社・2014年)を参照しよう。
生体は、活性酸素種を自ら作り出して、免疫機構の一部として異物を分解し、細菌などを殺すために利用している。他方では、活性酸素種によって生じる酸化ストレスは、体内の各種の分解酵素や食物の抗酸化作用などによって打ち消している。つまり、体内では、酸化ストレスとそれに対抗する抗酸化作用とは、微妙なバランス状態にあるのである。
病気の9割と関連
有害化学薬品、金属、喫煙、大気汚染、太陽光線、ショック、血行不良などは、体内の酸化ストレスと抗酸化作用とのバランスを覆し、酸化ストレスの側に傾ける。これに放射線が加わる。
放射線、とくに体内から発する放射線は、たとえ微量であっても、常に活性酸素種を生成して強い酸化ストレスとなり、酸化・抗酸化バランスを崩してしまう。医学研究によれば、活性酸素種が関与する病気は、極めて広範囲かつ多種多様であり、病気のおよそ9割が関連する、とさえいわれる。
つまり、(1)活性酸素種はほとんどあらゆる病気や健康障害を促すこと、(2)放射線は活性酸素種を生み出すこと、が証明されている。両者を結びつけて考えなければならない。
心臓疾患の例
一つ例を挙げよう。この間、福島原発事故後、放射能汚染の高い地域で、心臓疾患による死者が増加している事実が指摘されている。これは、心臓にたまりやすい性質を持つ放射性セシウムが、脈拍や心筋収縮を司る細胞の情報伝達回路(イオンチャンネル)を障害することによって生じると考えられている(井手禎昭著『放射線と発がん』など)。
吉川氏らの新著によれば、酸化ストレスは、平滑筋・血管内皮から「サイクロフィリンA」という特殊なタンパク質を分泌させ、血管内皮の酸化ストレスをさらに増幅して、冠動脈内に固着して不安定プラーク(かたまり)を形成し、これがはがれて心筋梗塞を起こすというメカニズムが「重要な促進因子として証明されている」という。
汚染地域における心臓疾患の増加(図(4))についても、放射性物質(とくにセシウム)による直接の障害だけでなく、さらに放射線が生み出す活性酸素が関与している可能性もまた十分に考えられるわけだ。
放射線による有機ラジカルの生成と晩発影響
同書は、放射線と活性酸素種の関係についても新しい観点を提起しており、大いに注目される。とくに、活性酸素種が有機物と化合すると「有機ラジカル」となり、極めて長期の寿命をもつことになるという。いったん酸化ストレスと抗酸化作用とのバランスが崩れた場合、その影響もまた極めて長期にわたって持続し蓄積する。しかもその影響は、細胞分裂後の娘細胞へと受け継がれていくという。何年何十年も経ってから現れる放射線被曝による「晩発影響」
も、このような長期的な酸化ストレスの蓄積によるものとして説明できるという。
つまり放射線は、直接の作用によってだけでなく、その生み出す活性酸素種という間接の作用によって、がんだけでなく、広範囲の障害や疾患を、事実上ほとんどあらゆる病気を長期にわたって増加させる、と考えなければならないのである。