伊方原発3号機が再起動された瞬間、長くこの地で闘ってきた女性たちは涙を流した。自分は涙とは無縁だろうとずっと思い込んでいた。しかし、新聞記者のインタヴビューに答えているうちに、南予の地域で出会った人たちの顔が思い出されて、こみ上げる涙を抑えることができなかった。柑橘業や漁業で穏やかにかつ懸命に生きている人たちにとって、原発は終わりなき恐怖である。とくに〈福島〉を経験し、熊本大地震を経験した後では▼2日前に原発から2~3キロ離れた小さな集落で出会った年老いた女性の言葉は、深く胸に突き刺さった。「原発が本当に安全で良いものならば、この地には建てられなかっただろう。それは災いなすものだからこの地にきたのだ。そのことは3・11福島で実際に示された▼この小さな半農半漁の集落が、この国や巨大資本にとってどのように位置づけられ、扱われてきたかを、身に染みて感じてきたのだろう。この10~12日には、伊方町内の行く先々でかって反対運動を経験し、今もその気持ちを持ち続けている人たちに出会った。きっと居たたまれない気持ちで表に出てきた人が多かったのだろう▼伊方3号機は発送電を始め、営業運転に向けてまっしぐらである。私たちは三つの差し止め訴訟―仮処分申し立てという裁判闘争も含めて、新たな運動の局面に立っている。これから再度止めていくための運動が問われている。(Y)