「Zコミュニケーション・デイリー・コメンタリー」5月9日
イマニュエル・ウォーラーステイン
翻訳・脇浜義明
スペイン王フィリップ6世は、選挙で選出された議員、とりわけ4大政党の議員が4カ月経過したのに連合内閣を形成していないので、6月26日に新選挙を行うことを発表した。
スペインは、西欧議会制政権と同じように、長い間、保守の国民党(PP)と、社会民主主義の社会労働党(PSOE)の二大政党制だった。フランコ独裁政権崩壊後、交代で政権担当、あるいは連立政権を構成したりしてきた。他にも政党がいくつかあったが、稀に主張を取り入れてもらえるだけの脇役にすぎなかった。
2015年12月選挙で、すべてが変わった。街頭抗議運動体・インディグナードス(怒れる者たち)から生まれた新党・ポデモス(我々には可能だ)が、反緊縮財政綱領で登場、かなりの数の議員を当選させた。この綱領は、海外資本が要求するネオリベラル政策を実行してきた政権与党PPのマリアーノ・ラホイ政権打倒を目指すものである。ポデモスよりも得票は少ないが、そこそこの議員を出した新党・シウダダーノス(市民たち)も躍進した。この党も反PPだが、掲げる政策は汚職批判が中心で、政治的には中道派だ。
連立内閣樹立の模索
フィリップ6世王は、初め第1党PP(前回選挙では完全多数派、今回は議席激減)に内閣樹立を求めたが、試行錯誤の後、ラホイは、他の3党がPPとの連立政権を望まないことを認識、自党を中心とする連立内閣樹立は不可能と王に報告した。王は今度は、第2党PSOE(PPと同じく前回より議席減)に内閣樹立を求めた。
PSOEとポデモス、シウダダーノスを合わせれば、議会多数派を形成できる。ベドロ・サンチェス書記長は3党連立を模索したが、シウダダーノスは同意したがポデモスに拒否された。
ポデモスの指導者パブロ・イグレシアスは、連立参入について3条件を提起した。
それは、(1)イグレシアスを副首相に、4人のポデモス議員を中核的閣僚のポジションにつけること。(2)カタルーニア州の独立住民投票を支持すること。(3)シウダダーノスが独立住民投票に強く反対し、住民投票という直接民主主義制度に反対するPP強硬路線を支持しているので、シウダダーノスを連立政権に入れないこと。
PSOEの政治路線は基本的にシウダダーノスに近いので、この3条件を拒否した。加えてポデモスの要求は、議会でPSOEを追い抜いて第2勢力となろうとする野望だと考えた。PSOEの強い拒否を前にして、ポデモスは、たとえ連立内閣の一員でなくてもイエスの票を入れるか、それともノーの票を入れるかを選択しなければならなかった。換言すると、運動体としてのポデモスが議会を通じて権力を得るか、街頭行動を通じて権力を得るか、の選択だった。
イグレシャスは前者に賛成だったが、ポデモス議員を動員してPSOEに消極的支援を与えれば、自分の党内での位置が危うくなることも知っていた。それで彼は問題を党員投票にかけたが、結果は賛否同数であった。
次にイグレシアスは、ポデモスの第2回目の投票でPSOE提案に反対票を投じると言った。このため、5月2日を連立内閣作業の締め切り日としていた王は、新選挙実施を宣言した。
ポデモス、統一左翼と連携
3つの副次的な闘いが同時進行していた。第1に、統一左翼(IU)とポデモスとの関係だ。IUはインディグナードス運動で活動していたマルクス主義者と緑の党の連合政党である。
彼らは、運動内で後にポデモスに発展していった大衆主義的諸グループと衝突する傾向にあった。地方政治次元でIUはPSOEと連携してきたが、次の国政選挙ではポデモスと連携すると表明した。これはポデモスにとってチャンスである。
第2に、カタルーニアで起きていることだ。住民投票に賛成する連合が2つある。ひとつはジュンツ・パル・シ(イエス票連合)で、州政府首相をまもなく退任するアルトゥール・マスが率いる。
また、人民統一候補(CUP)と呼ばれる左派連合だ。CUPは地方議会選挙でジュンツ・パル・シを支援する条件として、マスの辞任を要求、マスはそのとおり辞任した。
彼の後任は知名度が低いカルラス・プッチダモンで、ジュンツの一部を構成している小党の党首。彼は18カ月以内に住民投票を行うと公約した。スペイン政府、少なくとも住民投票を違法と主張するPPとPSOEとの対立を鮮明にした。
第3に、バスク地方における事態の展開だ。過去数十年間ETA(バスクと自由)による独立を求める武装闘争があった。合法闘争を行うETAの政党もあったが、スペイン政府は非合法化した。ETA指導者アルナルド・オテギが刑期を終え、釈放された。彼の党はソシアリスタ・アベルツァレアク党と改名、彼が党首となった。バスク地方で英雄として迎えられたので、スペイン政府は当惑した。
オテギは、「スペイン政府がバスク自治政府を認めるならば、ETAは武装闘争放棄に同意する」と言った。しかし、PPもラホイもそういう徴候をまったく示さなかった。
PPにとってバスクもカタルーニアも厄介な問題で、バスクで譲歩すればカタルーニアではもっと大きな譲歩につながると考えていたのだ。その点ではPSOEも同じである。では、どういう結論を引き出せるだろう。3点あると考えている。
街頭闘争が議会選挙の道を歩む危うさ
(1)大衆主義的反緊縮運動が成功する可能性に関する問題。ポデモスは多くの点でギリシャのシリザを手本にして形成された政党で、シリザの挫折はスペインのみならず世界で問題化している。大衆運動が議会選挙の道を歩むことの危うさは、もっと討議される必要があろう。
(2)国家がどこまで民族主義運動の遠心力、脱中央圧力に抵抗できるかという問題。例えば英国のEU脱退運動(ブレキジット)は、国内のスコットランドの独立運動に影響を与えることは必至であろう。(3)どんな政権になろうと、歳入減という圧力の下で反緊縮財政政策を維持できる道があるかどうかという問題。
スペインは、経済的にはギリシャ以上にヨーロッパと世界にとって重要な国である。スペイン・ドラマの展開を世界は注視し、どう反応すべきか、そこからどんな教訓を引き出そうかと、見守っている。
「帝国」の政治力学
難民流入を拒否する大衆心理とは?
ジャック・ブリクモン(『人道主義的帝国主義』著者)
ブリクモン:私は難民に関しては、2つの考えがあります。欧州人口は約5億人で、難民が仮に百万人を超えても、問題ではありません。しかし、世論調査では、多数の人々が難民流入を望んでいないことは明らかです。
リベラルや左派は大衆に対して、難民への寛容を求めています。大衆側は、普段から「行政サービスを削減する」と政府に言われてばかりで、寛容になれない状況は理解できます。
外国に「人道主義的」に介入し、反乱を「支援」することで戦争状態を作り出し、膨大な避難民を作り出した者たちが、欧州の大衆に「難民を歓迎せよ」と要求しています。それに対する抗議運動が拡大しており、左派は人道的介入論に説き伏せられ、結果として難民歓迎で政府に歩調を合わせているので、右派・極右を利することになると思います。
記者:ドイツの難民受け入れにはホロコーストの罪悪感が背景にあると思いますか。
ブリクモン:難民を積極的に歓迎する少数派ドイツ人の場合、ホロコーストの罪悪感が要因になっているでしょう。しかし、多くの若者はこの罪悪感にうんざりしています。「自分が生まれる前のことに、どう責任をとれというのか」という具合です。
大衆生活の軽視はバックラッシュ生む
記者:大衆が移民を受け入れ、共生することは可能でしょうか。
ブリクモン:もちろん可能です。しかし、一部の極左が主張するような国境の完全解放はないでしょう。そんなことをすれば移民の波で圧倒され、極右の大反撃があるでしょう。しかし、国境の完全封鎖もありえません。程度の問題です。ただ厄介なのは、「エリート」がグローバリゼーションは「常に善」という夢の世界に住んでいて、民衆の経済生活が軽視され、無視されることです。それが極端になれば必ずバックラッシュが起きるでしょう。