書き手:大今歩
4月14〜16日、熊本県では震度6〜 7の地震が7回起きるなど、 5月10日までに 1300回以上の地震が発生した。「熊本地震の震源地は、日本最大にして最長の中央構造線のライン上にあります。(中略)今後、この中央構造線上にある断層が活発化する可能性がある。これらの断層の近くには鹿児島県の川内原発や愛媛の伊方原発など数多くの原発がある」(『日刊ゲンダイ』4月20日・島村英紀[地震学])。
ところが九州電力は、川内原発1・2号機を停止せず、丸川珠代原子力防災担当相も「(今回の地震で川内原発の地震動は最大で12.6ガルとなっているから)規制委は、川内原発を停止させる必要はないと判断している」として運転継続を容認した。 川内原発の基準地震動は620ガルであるが、14日夜の前震の揺れは益城町で 1580ガルを記録した(同前『ゲンダイ』)。震源域は拡大しており、阿蘇山の噴火も懸念される。「必ず起こることはすぐにも起こる」(地震学者・石橋克彦さんの言葉)。川内原発をいったん止めることが当然の措置である。
ところが安倍政権は、再稼働のデモンストレーションとして原発を止めないのだ。3月9日の大津地裁の決定に全く学ぼうとしない政府の姿勢を問わねばならない。そこで本稿では、大津地裁の高浜原発差し止め仮処分決定の内容と意義について述べたい。
大津地裁(山本善彦裁判長)は、関西電力高浜3・4号機の運転差し止めを命じる仮処分を決定した。それを受けて3号機は直ちに運転を停止。また再稼働直後、トラブルにより緊急停止した4号機も運転再開できなくなった。福島原発事故後に作成された新規制基準をクリアして再稼働した原発をストップさせる、画期的な決定であった。
決定の内容
まず、決定の主な内容を5点に分けて紹介したい。
1.主張責任について
1992年の伊方原発訴訟最高裁判決を引用して、原発の安全性の立証責任が事実上、国や電力会社にあるとした。その上で、「本件においても債務者(関電−引用者注)において依拠した根拠・資料等を明らかにすべきであり、その主張および疎明が尽くされない場合には、電力会社の判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである」とした。
2.過酷事故対策について
「福島第1原発事故の原因究明は、建屋内での調査が進んでおらず、今なお道半ばの状況であり、(中略)津波を主たる原因として特定し得たとしてよいのかも不明である。(中略)同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確認対策を講ずるには、原因究明を徹底的に行うことが不可欠である。この点についての債務者の主張および疎明は未だ不十分な状態であるにもかかわらず、この点について意を払わないのであれば、(中略)新規制基準および本件各原発にかかる設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎となると考えることをためらわざるを得ない」とする。
このように大津地裁は、福島事故の原因究明が進んでいないなか、作成された新規制基準や原子力規制委員会の姿勢に疑問を呈する。
3.耐震性能について
「(前略)債務者の調査が海底を含む周辺領域全てにおいて徹底的に行われたわけではなく、(中略)それは現段階の科学技術力では最大限の(中略)調査の結果によっても、断層が連動して動く可能性を否定できず(中略)、このような評価(連動想定・長め想定)をしたからといって安全余裕をとったといえるものではない。(中略)当裁判所は、この点に関する充分な資料は提供されていない」とする。
関電は、海底を含む原発周辺の活断層を全て徹底的に調査したわけではないため、断層が連動して動く可能性を否定できない。このことはまさに今回の熊本地震が証明している。そして、関電からは地震動に関する充分な資料は提供されていない、というのである。
4.津波に対する安全性能について
「新規制基準の下、特に具体的に問題とすべきは1586年の天正地震に関する(中略)古文書に若狭に大津波が押し寄せ多くの人が死亡した旨の記載がある。(中略)債務者が行った津波堆積物調査やボーリング調査の結果によって大規模な津波が発生したとは考えられないとまでいってもよいか、疑問なしとしない」とする。
関電は、「過去に若狭湾で大規模な津波が発生したとは考えられない」とするが、大津地裁は古文書などにより「疑問なしとしない」と述べる。
5.避難計画について
「福島原発事故を経験した我が国民は、事故発生に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に大きな混乱が生じたことを知悉している。安全確保対策としてその不安に応えるためにも(中略)国家主導での具体的で可視的な避難計画が策定されることが必要で、(中略)避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれる」とする。
このように、新規制基準に避難計画が含まれていないことは不備であると指摘するとともに、関電に避難計画を明瞭にすることを求めた。
これまでの訴訟の流れに沿う当然の判断
決定の枠組は伊方原発最高裁判決
大津地裁の決定の論理の枠組は、1992年10月29日の伊方原発最高裁判決である。同判決は、原告住民の原発停止の請求を棄却したものであったが、その枠組はその後の原発訴訟に生かすことができるものであった。その内容について「原発訴訟」(海渡雄一・岩波新書)にもとづいて述べる。
1.安全審査の目的
原発事故の深刻さにかんがみ、国が行う安全審査の趣旨は「災害が万が一にも起こらないようにするために」ある。
2.裁判所による違法性の判断基準
違法性の判断の知見は、処分の時点ではなく、訴訟が行われている現在のものでなければならない。また、審査基準が不合理である場合と、安全審査手続き過程に過誤・欠落があり、これらが看過しがたい場合には、違法と判断すべきである。
3.立証責任
「被告行政庁が主張・立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした判断に不合理な点があることが事実上推認される」として、訴訟における立証責任が事実上、被告の行政庁に転嫁されている。
決定の意義と課題
1.原発運転差し止めの流れ
伊方最高裁判決は、それまでの原発訴訟が全て敗訴に終わりながらも、原告や弁護団が国や電力会社を追及してきた主張を受け入れた枠組を示した。そしてその後、この判決の枠組のもとで、2003年名古屋地裁金沢支部は、高速増殖炉「もんじゅ」の原子炉設置許可は無効であるとし、2006年金沢地裁は志賀原発の運転を差し止めた。さらに福島原発事故後、2014年には福井地裁が大飯原発3・4号機の運転を差し止め、2015年には、同地裁が高浜原発3・4号機の運転差し止めを命じたのである。
大津地裁の決定も上記の判決の枠組に沿っている。たとえば、立証責任は、事実上国や電力会社にあるとして、関電は、「依拠した根拠・資料を明らかにすべきである、主張・疎明が尽くされない場合には、電力会社の判断に不合理な点があることが事実上推認できる」としたのである。そのうえで関電は、「海底を含む原発周辺の活断層を全て徹底的に調査したわけではない」ため、「地震動に関する充分な資料は提供されていない」としたのである。
このように伊方原発の最高裁判決の枠組は、その後の原発訴訟での原発差し止めにつながった。その意味において今回の決定は、これまでの原発訴訟の歩みの結晶であり、決して唐突な決定ではない。むしろこれまでの原発訴訟の流れに沿った当然の判断である(これに対して昨年12月24日の福井地裁の高浜原発差し止め仮処分取り消し決定や、4月6日の川内原発の福岡高裁の差し止め仮処分棄却決定は、伊方最高裁判決の枠組や福島原発事故の経験をふまえない、これまでの原発訴訟の流れからはずれた決定である)。
2.電力会社の巻き返しへの警戒
大津地裁の決定について、3月18日、八木関電社長は仮処分を申し立てた住民に対して「損害賠償請求も検討の対象となりうる」と述べた。八木社長は、「けん制や恫喝を目的としたものではない」と説明したが、明らかに「けん制や恫喝を目的」としている。さらに関経連の角和夫副会長(阪急電鉄会長)は、「なぜ一地裁の裁判官によって国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」「こういうことができないよう速やかな法改正を望む」とまで述べた。民主主義の基本である三権分立さえ否定する暴言の連続である。
右のような電力会社や財界の「巻き返し」に、大いに警戒しなければならない。昨年12月24日、福井地裁は、高浜3・4号機の差し止め仮処分を取り消す決定を下したが、林潤裁判長を含めて3名とも最高裁事務総局勤務を経験した裁判官であった。このように最高裁は、裁判の中身に直接介入することはないが、人事を通して介入してくる。大津地裁での異議審は山本裁判長が担当することが決まっているが、今後最高裁が人事介入してくる可能性がある(『週刊金曜日』4月8日、河合弘之)。最高裁による人事介入を警戒して、それに反対する世論を高める必要がある。
3.原発の再稼働阻止
原発事故の場合は、福島原発事故にみられるように、放射能被害により、広範な地域で人々が住めなくなる(現在も10万人以上が避難)など、航空機事故などでは起こりえない破局的な事態が起こる。福島での惨状を直視した大津地裁決定は、これまでの原発訴訟の原告や弁護団が闘ってきた努力の結晶である。なんとしてもこの決定を守り抜こう。そして川内原発を停止させよう。さらに、地震活動期にある日本列島の全ての原発を廃絶したい。