世界は今(1)米国 トランプ政権と対抗運動

多様な差別反対運動を交錯させ米国社会の分裂に立ち向かう

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移民を受け入れる「サンクチュアリ・シティ」

 モンタナ州立大学教員 山口 智美
 日本の政治状況は最悪だが、米トランプ政権なども酷い。だが米国の対抗運動は大きく高揚している。モンタナ州在住の山口さんに報告をお願いした。また仏新大統領の問題と対抗運動報告を、パリ在住の須納瀬さんにお願いした。左派が勝利した英国選挙の報告翻訳も、5面に掲載した。参考にして頂きたい。(編集部)
 今年1月にトランプ政権が発足してから7カ月になろうとしている。就任後間もない1月27日、トランプ大統領がイスラム圏7カ国からの移民や難民の入国を制限する大統領令を発令して以降、移民や外国人、ムスリムの市民は不安な日々を強いられている。
 当初の大統領令は連邦裁判所による差し止め判断などで頓挫したが、3月にトランプ大統領は、以前の7カ国からイラクを除いた6カ国からの入国を制限する新たな大統領令に署名した。その後もこの大統領令をめぐって法廷闘争が続いていたが、6月26日、米最高裁は条件付きながらも入国制限を容認しており、影響が心配される。
 また、トランプは選挙戦当時からメキシコ国境に「壁」を建設することを公約とし、メキシコ人を犯罪者扱いするなどの発言を繰り返してきた。トランプ大統領就任後には、いわゆる「書類がない移民」(ビザなど滞在を合法とする書類を持たない不法の移民)に対する移民・税関捜査局(ICE)の取り締まりや摘発が増加しているという。
 こうした中で、イスラム圏の国々からの入国制限が明らかな宗教に基づく差別だとして反対運動が起き、空港などで抗議行動が行われ、州や人権団体などがトランプ政権を相手に訴訟を起こした。さらに、市や大学などを「書類のない移民」にとっての「サンクチュアリ」(聖域)にする運動も広がった。サンクチュアリ・シティやサンクチュアリ・キャンパスというのは、連邦の移民局の摘発や捜査に協力はせず、「書類がない移民」にも寛容な対応をとる自治体や大学ということだ。
 ワシントン・ポストによれば、現在、500近いサンクチュアリ・シティがアメリカにはあるという。11月、トランプ大統領はサンクチュアリ・シティへの補助金を停止するという大統領令を出したが、4月にはそれを連邦裁判所が差し止めた。このように、サンクチュアリ・シティを名乗り、連邦政府を相手取って闘う自治体に加え、学生や教員らがキャンパスを「聖域」にという運動を起こし、デモンストレーションを行うなどしてサンクチュアリ・キャンパス宣言に至った大学は多い。
 だが一方で、私が住むモンタナ州ボーズマン市はサンクチュアリ・シティを宣言するという議案を否決している。そして5月には、テキサス州でサンクチュアリ・シティを禁じる法律が可決し、州知事も署名した。サンクチュアリ・シティをめぐって、トランプ政権と自治体や市民たちの闘いが続いている状況だ。
 アメリカでは、昨年11月の選挙後にマイノリティへの嫌がらせやヘイトクライムなどの事例が増えたと報告されたが、その後もトランプ政権の動きに呼応するかのようにヘイト事件が発生し続けている。例えばボーズマン市でも、5月には反ユダヤのチラシが市内で撒かれ、6月末には白人至上主義のオルタナ右翼の集会が開かれた。
 そして、5月にオレゴン州ポートランドの電車内で、ヘイトクライムの被害にあった黒人女性とムスリムの女性を助けようとした男性二人が白人至上主義者によって殺され、もう一人が重傷を負ったという事件は全米に衝撃を与えた。

パイプライン建設に抗する先住民との連帯行動

 このように、さまざまなマイノリティの人権を侵害する政策を次々にトランプ政権が打ち出し、社会でヘイトクライムや差別事件が頻発する中では、マルチイシューな運動を展開することが今まで以上に重要となる。
 5月には全米、および世界の各地で「科学のためのマーチ」が行われた。トランプ政権による地球温暖化や進化論などの科学の知見の否定や、科学予算の削減などへの危機感から生まれた行動である。
 だが、「科学のためのマーチ」においても、科学の危機だけを叫ぶわけではなかった。そもそも科学の危機は、他のさまざまな問題にも波及する。例えば、予算が削られるのは、軍事関係や大企業の利益に直結する研究ではなく、もっとも打撃を受けるのが、貧困に苦しむ人々の間のHIV予防や対応関連の研究など、利益にはつながりにくい研究だ。
 さらに、科学者たちにはイスラム圏やそのほかのさまざまな国々から移民も多く、そうした移民科学者らの滞在資格の危機という問題も「科学のためのマーチ」の課題でもあった。
 トランプ政権により大変な事態に追い込まれているマイノリティは、移民や難民だけではない。アメリカ先住民のスタンディングロック・スー族は、環境運動家やほかの市民とともに居留地を通る石油パイプライン建設計画への反対運動を展開してきたが、トランプ政権のもとでパイプライン建設計画が再び推進されるという厳しい状況になっている。
 2016年1月に認可された石油パイプラインの建設により、スー族の水源であるミズーリ川が汚染される恐れがあり、環境保護の視点、さらには先住民の聖地や伝統、生活を守るためにも、1年以上にわたり激しい運動が続いてきた。スー族が中心となり、他のアメリカ先住民らやマイノリティの運動家、環境運動に関わる人たちや、退役軍人グループに至るまでさまざまな市民と連帯し、法廷闘争や、現地での抗議行動を行ってきた。
 こうしたスタンディングロックとの連帯の動きは、全米に広がった。そして昨年12月、オバマ政権はミズーリ川を横切るパイプラインルートを却下し、運動は勝利したかに思われた。
 だが、大統領就任後の1月、トランプは建設再開の大統領令に署名。4月に連邦地裁が陸軍工兵隊による環境影響調査が不十分だとして、調査のやり直しを命じる判決を出したことが、スー族にとっての最初の裁判での勝利となったが、スタンディングロックをめぐる闘いは今後も続く。
 モンタナはノースダコタの隣州であり、ネイティヴアメリカンをはじめとする市民がスタンディングロックと連帯して運動に参加してきた。昨年11月には、警察が運動を押さえつける動きが悪化していたスタンディングロックに、私が住むモンタナ州ギャラティン郡の警察を警備に派遣する計画が持ち上がったが、ギャラティン郡住民らの抗議により中止となっている。
 1月に1万人規模で行われた州都ヘレナでのウィメンズマーチにおいても、スタンディングロックとの連帯をうたうプラカードはいくつもあり、先住民のスピーカーやパフォーマーらも集会に登場し、 訴えていた。「女性」を打ち出した行動でも、社会においてさまざまな差別が多層的に交錯しているとするインターセクショナリティの視点が必須なのだ。
 ウィメンズマーチをはじめさまざまな行動に行くと、さまざまな年齢層の市民が来ているのがわかる。また、学生たちの積極的な運動参加も際立っている。ネイティヴアメリカンの学生を中心に、スタンディングロックをめぐる運動に積極的に参加してきた学生たち。また、ボーズマンでの「科学のためのマーチ」は学生が企画し、多数の市民も参加した行動だった。
 また、同大学のQSA(クィア・ストレート・アライアンス)という性的少数者や支援者の学生グループは、トランプ政権で性的少数者の人権が危機的状況にある今だからこそ、多数の1年生が履修できるジェンダーやセクシュアリティに関する入門コースが必要だとして、教員に働きかけた。それに応えた教員たちが、現在、ジェンダー、セクシュアリティはもちろんのこと、インターセクショナリティの視点を打ち出した新たな授業を作るべく準備を行っているところだ。

「こんなに運動が盛り上がるのは60年代以来だよ」

 このように市民の運動が盛り上がり、トランプの支持率が低迷する中で、4月以降にカンザス、モンタナ、ジョージア、サウスカロライナの4州での連邦下院の補選が行われた。だが、民主党が善戦したものの、結果として共和党の全勝に終わった。
 5月に行われたモンタナ州補選は、実業家のグレッグ・ジアンフォルテとカントリーミュージシャンのロブ・クィストが争った。トランプ支持色を前面に出して選挙戦を戦ったジアンフォルテに対して、クィストは大きく差を詰め、接戦にまで持ち込んだ。
 選挙戦終盤には、バーニー・サンダース上院議員が民主党のクィスト候補の応援のためにモンタナ入りし、複数の街で集会を開催。多数が参加し、会場で会った大学を退職した知人は、「こんなに市民の運動が盛り上がったのは60年代以来だよ」と言っていた。
 この集会でクィストやサンダースは アメリカ国内で現在、最大の政治課題になっている健康保険問題を打ち出していた。共和党がオバマケアをなくし、代わりに導入しようとしている制度によって、貧困層や女性、病気や障害を持つ人々など、弱い立場の人たちへの影響が特に大きいという主張を強くアピールし、来場者らは喝采を浴びせていた。さらに投票日の前日、ジアンフォルテ候補は、共和党の健康保険法案に関して尋ねた英ガーディアン紙記者を突き飛ばすという暴行事件を起こした。
 結果として全米メディアでも大きく注目を集めた選挙になったが、その注目は投票率には反映せず、ジアンフォルテの勝利に終わった。地元の状況を見ても、トランプ政権への対抗運動は盛り上がっているように見え、新たな市民団体もできたし、行動に参加する市民も確実に増えた。だが、トランプが強い保守地域では、それでも選挙に勝てない状況が続いている。選挙前からのアメリカ社会の分裂状態が未だに続いていることも示している。
 来年の中間選挙に向けて、どのようにトランプ支持者たちとも対話を始め、言葉を届けていかれるのかが、モンタナのような保守地域では今まで以上に問われている。

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