ぷりずむ

 散歩が好きだ。目的地を定めず、あてどなく、ぷらぷらと歩く。そうしていると、いろいろな発見がある。なじみのある道でも、季節、時間帯、こちらの気分などによって、いつもちがう顔をしている。これがクルマやバイクや自転車などだと、速度が速すぎて、前ばかり向いてしまうし、よそ見がしにくい。誰だったか忘れたが、自動車ができたことで、豊かな世界だった「道」は、手段としての「道路」に変わってしまったと書いていた▼散歩の休憩は、だいたい水辺ですることが多い。川でも池でも沼でも、公園の噴水でも、どこでもいいのだけれど(くさいところはイヤだけど)、水があるところに佇んでいると、自分の中に澱のように溜まったものが、流れていってくれるような気がするのだ。溜まっているものは、たいてい人間関係でのストレスや疲れだが、「水に流す」というように、水はそれらをそっと受けとってくれて、流してくれるように感じる▼もちろん、政治の問題など、水に流してはいけないこともあるだろう。だけど、忘れること、水に流すことも、大事なことのように思う。水が流れているように、時間も流れている。そして時間の流れは不可逆だけど、季節がめぐるように循環もしている。私たちも、そういう大きな循環のなかに生きているのだから。 (K)

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