10月19日(土)・20日(日) 14:00/19:00 受付・開場は開演の45分前、上演時間は70分です *雨天決行
場所:ウトロ広場 特設会場(京都府宇治市伊勢田町51番地)(近鉄京都線 伊勢田駅から徒歩10分 近くにコインパーキングはございません。お車でのご来場はご遠慮下さい)
チケット¥2000・高校生以下¥500
【マダン劇『ウトロ』に寄せて(1)】
「ウトロ」ー京都にそんな朝鮮人集落があると知ったのは高校の時。大学で、たしかウトロの歴史についての講義を受けた。 今でこそ、朝鮮高校の子たちは、ウトロへフィールドワークに行く。私の時は無くて、授業の一環で「学んだ」。大学の時の資料を漁ってみたら、残っていた。(驚き) 京都府宇治市伊勢田町51番地。
これがウトロと呼ばれている土地の住所。今は60世帯ほどの人々が住んでいる。住所がみな、同じ。ウトロのはじまりは、戦時中に計画された日本の京都飛行場建設に、労働力として集められた1300余人の在日朝鮮人とその家族が建てて暮らした、木造の飯場だ。配給もあり、なんとか家族で暮らせたのだろう、噂を聞きつけて、全国より訪ねてきた人も多かったと聞いた。(北隣にある自衛隊の駐屯地は、京都軍事飛行場の名残を感じることが出来る)
日本の終戦により工事は中断。配給は止まり補償も無く、朝鮮半島の政治的社会的混乱や日本政府による財産の持ち出し制限等、帰国を望むものの、見送らざるを得なかった人たちが、この地域を第二の故郷として、集落をつくり助け合いながら生き抜いてきた。 何故、帰らなかったのか?と疑問に思う人は案外多い。(在日3世の私でさえ、よく、その質問を投げられたから)帰れなかった、というのが、ほとんどだと思う。
ここ、ウトロは地番や区画整理はもってのほか、1988年に水道が引かれるまでは、井戸水で暮らし、大雨や台風の時には、洪水や浸水が頻繁に起きた。しかし、費用の問題や裁判で今後の展望が持てない理由から、今も少なくない世帯が、地下水を汲み上げ生活している。 去年から幾度と、ウトロを訪ねた。ウトロは今、再開発の真っ只中。
芝居の中で、こんなセリフがある。「ある日突然、この町は、この町の住民の意思とは関係ないところで売って売られた。…んで、ウトロの住民は、ある日突然、裁判所から立ち退きを迫られたんや。」
立ち退きを前に、途方にくれた住民たちの存在を知った日本の人や、韓国の人、そして韓国政府までもが、お金を出し、知恵を出し、土地を買取り、再開発の道へと踏み出した。ウトロの住民と共に、彼らの生きる戦いに連帯し、合流したのだ。ウトロは現在、2棟の公営住宅と公園、ウトロ平和祈念館の建設を予定、街は大きな変貌を遂げようとしている。
どんどん、取り壊されていく家たち。バリアフリーのピカピカの団地。 公演の日には、ウトロの町の様子をどこまで見れるかわからない。
変わりゆくウトロ。変わらない歴史。それを記録し、記憶することが、課題で、人々が暮らした軌跡を、祈念館として残せれば、語り継ぐ大きな助けになると思う。
ウトロに生きた小さな家族の物語を紡いでみたら、私たちに大きくて、大切な問いかけを投げかけてくる。
だからこそ、私は私たちのやり方で、マダン劇という手法を用いて、皆さんと共に笑い共に感じる、そんな「場」をつくろうと、ここウトロでの公演を決めた。だからこそ、沢山の人に来てもらいたい。
ウトロ地区で、ウトロを愛する人々と、ウトロに少しでも関心がある人々と、そんなにウトロには関心はないけれど、タルオルムのお芝居は好きという方も、小さなお芝居を囲んで、ウトロで生きた家族や人々の物語を見て、笑ったり泣いたりして欲しい。そうやって、記憶を人々と共に紡いで行きたい。
主催:劇団タルオルム