【2020新春インタビュー】資本主義「以後」を構想する 斎藤 幸平さん(大阪市立大学経済学研究科准教授)

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多様な人々の社会運動への参加が次のビジョン作る

格差と貧困の拡大、覇権国家=米国の凋落と全般的な経済混乱、各地で頻発する民衆反乱、待ったなしの環境危機 etc…。資本主義の終焉がいよいよ現実味を帯びてきた。資本主義「後」をどう構想するのか?という議論も湧き起こっているが、「社会主義」の崩壊によって、世界を変えるための「大きな物語」=オルタナティブは見えてこない。


 マルクスの視点から環境問題を研究する斎藤幸平さんは、市場と国家の間にある「コモン」の発展が鍵だと語る。未来は「今・ここ」の現実の中にある。社会運動の現場との対話へとつなげていく。 (編集部・山田)

代議制民主主義の機能不全と拡がる民衆の諦観・無力感

編集部:「桜を見る会」の国会審議でも、公文書の廃棄が行われ、与党が審議に応じず、最後は数で押し切るということがまかり通っています。民主主義の危機について聞かせてください。


斎藤:こうした代議制民主主義の機能不全は世界的な傾向で、各地で異議申し立てが広がっています。


 日本でも、安保法でSEALDsが生まれ、数万人が国会を取り巻きながらも、結局法案は通過しました。また、原発事故を契機に反原発運動が大きく盛り上がり、世論調査でも再稼働反対が多数でありながらも、再稼働を許してしまっています。


 社会運動がこうした敗北を重ねるなかで、「運動だけじゃだめ、反対するだけじゃダメ」という主張が運動側の主流を占めつつあります。「デモや集会だけでは政治を動かせない」という諦観・無力感が根底に広がっているのです。そのため、社会を上から変える政党作り、そのための指導者・公約が鍵だという方向で、野党議員を増やすという政治主義=選挙主義に陥り、民主主義そのものが形骸化してきたことも、大きな問題です。


 ここでの矛盾は、議会制民主主義が形骸化しているにもかかわらず、左派が、「議会制民主主義で変えていこう」という傾向が強まっていることです。これが、山本太郎さんの「れ新」への過剰な期待にもつながっているのではないでしょうか? 

社会運動と強く結びつき、当事者との対話を通じて大きく声を発信していく「拡声器」のような役割は、確かに必要です。しかし、議会制が形骸化していることが問題なのに、左派が議会政治に期待しているのです。野党共闘も必要ですが、勝てそうな所に丸め込まれてでも合流して選挙に勝たなければ社会も政治も変わらない、という政治主義的発想は、トランプの発想と紙一重です。


 また、運動が選挙最重視になると、そうではない反資本主義の主張や、ストライキや座り込み占拠などの急進的な運動を批判し、妨害・排除するようになるという悪弊もあります。


 山本太郎氏は、3・11後の反原発運動と直結していますし、その声をすくい上げたから議員として注目されました。代表制のなかでこぼれ落ちている人たちの声をすくい上げること=社会運動から始めるしかないのです。

民主主義を選挙に矮小化しない街頭に出て政治経験を積む

 黄色いベスト運動にしても、さまざまな人々が現状への不満を政治エリートへの嫌悪として、声をあげています。占拠運動にせよ、「絶滅への反逆」(気候変動への具体的対策を求める直接行動)にせよ、指導者がなく要求項目をまとめ上げることもあえてしませんが、こうした社会運動こそ重要です。


 社会運動への参加によって、分断された個々人の問題が社会化され政治化され、大きな展望を描くようになるからです。


 英国選挙でコービンの労働党は敗北しましたが、労働党は45歳以下の支持が圧倒的です。年齢別の投票行動を見ると、10~30歳の人たちは、6割近くが労働党を支持しています。若者たちは街頭に出て広場に集まるという経験のなかで、社会を根本的に変えるような展望を出しているコービン党首を支持していたのです。コービンは、運動の要求を細かくすくい上げています。


 日本の11月末の気候デモは大阪250人、25開催時のマドリードのデモは50万人でした。日本は運動が弱く、政党と運動の意思疎通も雑です。民主主義を選挙に矮小化しない、運動と対話する政治、社会運動の活性化と対話によって合意形成していくことが重要です。

鍵握る「コモン」公共的なるもの

編:資本主義の終焉が語られていますが……


斎藤:資本主義「以後」を構想する時に私は、(1)市場、(2)コモン(公共領域)、(3)国家という3層モデルで考えています。(1)市場は当分なくならないでしょう。また気候対策のような大規模な変革では、(3)国家を使うことは避けられません。


 ただ、ここで重要なのは、市場と国家の間の(2)コモンの発展です。生産者協同組合や地方自治といった、当事者による自治・自主管理の領域を分厚くすることが鍵となります。国家でもなく市場でもない当事者が、民主主義的に議論し、決定する仕組みと実践です。


 ソ連モデルは、「私的所有vs国有」という図式で、(1)市場も(2)コモンもなくして、(3)国有化による官僚主義を肥大化させました。


 コモン(共有性)は既に利益目的でない「シェアリング・エコノミー(※1)」として実践されていますし、それを拡大すべくUberなども、コモン(共有資産)として社会的に管理することが重要です。現代資本主義では、GAFA(※2)のようにプラットホーム(※3)が私的に独占されていますが、これを国家管理ではなく、コモン=共有にするのです。


 プラットホームの企業独占は、現代の主要な問題の一つです。これを人民が管理・共有し、民主化して「コモン」にする闘いが最重要だ、とマイケル・ハートやポール・メイソンは『未来への大分岐』(集英社新書)のなかで語っています。


 「個人情報の保護」も危機にさらされていますが、私たちが何を好み、考えているのか? という情報が、GAFAに吸い込まれています。GoogleやAmazonはとても便利ですが、利用者の情報がどう使われているのか? 中身がわからない不気味なものです。


 Googleは、検索情報で金儲けしながら、私たちの思考や欲求という内面に介入しています。介入しているという信号も出しません。反民主主義的です。


 GAFAを利潤の原理から切り離すだけでなく、情報の使い方=アルゴリズムを透明化し、統制する仕組みが必要です。

ITはコモンの中で発展性がある

編:情報技術をどう統制しますか?


斎藤:知識や情報は本来、私的所有とはなじみにくいものです。情報は、デジタル技術の発展であっという間に複写できるし、拡散します。情報の限界費用(※4)はゼロに近づくのです。


 共有社会の観点から考えると、ITの発展は、希少性に価値をおく市場には馴染まず、むしろ共有=コモンという点で発展性があります。貨幣なしで情報に接続できるので、新たな知の生産にも寄与します。


 でもこれでは資本は困るから、プラットホームを独占しています。GAFAがそうですし、最近では、「ネットフリックス」など、手数料や月額で海外ドラマやスポーツが見れるという形で制限をかけて独占しています。希少性を人工的に作るのです。


 GAFAが大きくなりすぎて、囲い込みが成立してしまうと、それなしの生活は難しいため、対抗できるようなプラットホーム構築が課題です。Uberに代わるプラットホームでは、労働者の自主性や判断力を生かすような裁量権を増やしていくことが重要ですが、脱Googleが一番難しいですね。

サイバー独裁を止める人間の倫理・価値判断

 Amazonなどは、私たちが操作する前に欲しい物を表示してきます。私たちの欲求をはじめ、自由意思がGAFAに作られているのではないか、という疑心暗鬼が生まれています。AIの発展は、「難しい判断はAIに任せればいいじゃん」という「サイバー独裁」になるとの危険性も指摘されています。欲求や判断がAIに先取りされる社会になれば人間の自由は無くなる、とも言われています。


 しかし、これは誇張された危機論です。「ポスト・トゥルース(※5)」とも言われますが、「私たちには自由意思がない。真実などない、わからない」と思い込ませたいのです。


 しかし、気候変動問題も、日本軍慰安婦の被害も、真実であり事実です。皆が合意できる真実などないという諦め=「ポスト・トゥルース」に騙されないためには、マルクス・ガブリエルが述べているように、ヒューマニズムが重要です。「殺人」は、議論の余地なくダメなのです。同様に「女性に教育を受けさせるべきでない」とか、児童労働なども、人間の存在を掘り崩す主張であり、議論の余地なくダメです。そうした判断を手放してAIに委せてはいけない、というのがヒューマニズムです。


 人間は倫理・価値を判断できます。これを諦めてしまえば、その相対主義で有利になるのがGAFAやトランプです。「十人十色、さまざまな意見があるね」といっている間にプラットホームの支配を強めているのがGAFAであり、トランプのような政治家たちです。


 玉石混淆の情報の洪水で判断できなくさせるのが、権力の狙いです。フェイク、ヘイトスピーチなどの規制が必要です。ツイッターやフェイスブックに規制をかけないのは、情報を増やし続けたいからです。


 人間には、AIにできないことができるし、守るべき倫理や価値観があり、事実を判断しうる、という確信を捨てない「ヒューマニズム」が、未来社会の基礎となります。


 AIは原爆と同じで、思考はできませんが、人間存在を脅かす危険性はあります。AIが人間を従わせる事態を避けるには、民衆・労働者の裁量権を増やすことです。Uberが明確で、配達員が会社に決められた道を間違えたら罰を受けますが、そこを労働者の裁量に任せるようにさせること。誰が何のために使うのかを私たち人間が決定することが、大事です。

賃労働からの解放 生産力主義との決別

編:「潤沢な社会」をどうイメージしますか?


斎藤:機械の自動操業化・ロボットの発展によって大量失業の危険性が語られていますが、本来は、人が働かなくてもロボットが物を作ってくれる社会なので、歓迎すべき事態です。週20時間労働の社会を実現する契機です。


 だからといって、生まれた自由時間で消費を増大させるのは、持続可能性の観点から避けねばなりません。旧来の「生産力を上げて豊かになり、人間解放」という未来展望とは、決別せねばなりません。


 保障された賃金や余暇の時間を、地域社会の復権など商品の消費に縛られないことに使うのです。スポーツ、美術館、家族との時間などヒューマニズム的活動に向かうような転換も必要です。金はあるけど孤独死する人、転勤で住んでもいない家の住宅ローンを払うために共働きして、子どもは保育所へ預けるという家族もいます。全く非合理な世界です。


編:余暇を潤沢に過ごすには知識・技能などの蓄積が必要になりますが……


斎藤:農家には、「(他人任せにせず)自身でやる」文化が継承されていて、壊れた家具や家の修理も自分でやります。欧州では、そうした技能や工夫は親から教わったりしています。知識や技能の継承に力を入れているのです。こうした力が解体されると、商品化が進みます。故障すると業者を呼び、お金を払って新しい商品に飛びつき、支払いのために労働時間が増えるのです。


 義務教育のなかでも、そうした技能の習得に時間を振り分けることもできます。AIを使いながら余暇を作るのは、一見牧歌的ですが、急進的な社会変革です。ロボットを外部資源として利用しながら人間的な生活を取り戻す。

待ったなしの気候変動対策 場合によっては政治主導の抜本的改革も

編:気候変動が、人類の大きな脅威となっています


斎藤:気候危機は大きすぎて、待ったなしです。求められている対策は、10年で二酸化炭素排出半減、2050年までに排出量ゼロ=脱炭素社会への完全移行です。


 この程度の変革を達成しようとすれば、ローカルフード(※6)・自転車利用などの個人的な対策だけでは到底間に合いません。場合によっては、化石燃料採掘禁止などの抜本的対策やインフラ整備・飛行機の禁止など、国家権力を使わざるをえないような大規模な対策が求められています。本来は、下からの意見を吸い上げて全体をまとめていく管理方式の対策を積み上げていくべきでしょうが、緊急事態においては、既存の制度も使って、政治主義的に解決せざるを得ません。


 ただし、「気候リヴァイアサン」のように、気候変動をある種の戦争と捉えて国家に無限の権力を与えて気候変動対策を志向するような方向性は、「エコ・ファシズム」へと至ります。また、既存の生活を守り、経済成長を求めながら、同時に緑化対策だけをとろうとすれば、環境ケインズ主義や資源を取り合う環境戦争、環境帝国主義へと向かう可能性もあります。


 ですから、民主主義を深めていくような実践が不可欠です。技術集約的な原子力は、集権的で秘密主義になりがちですから、分散的な太陽光発電などが目指すべき方向です。無限の経済成長に対しては歯止めが必要ですから、国家による資本の統制は必要ですが、情報通信技術や情報技術を使いながら、生産者協同組合の拡大など労働者による生産の意思決定を取り戻し、生産関係そのものを変えていくことも可能です。

「危機」の時代は変革の契機 未来社会の議論を


 コービンなどは、こうした実践のなかで、地方的な生産と地域共同体の再生をめざすような社会主義形態を提唱しています。
 国家の力を使う政治主義+資本に抑圧をかける社会運動が、情報通信技術・情報技術を使い、労働者が生産を取り戻しながら環境を支配することは、可能だと思います。


 世界規模の自由貿易のような資本の活動に制限を課すような労働運動や気候正義の運動とともに、地産地消のような地方的な経済、規制緩和による民営化ではなく、もう一度市場を社会のなかに埋め戻す発想も必要です。水・電気のような資源を「コモン(共有財産)」にして住民が管理するような実践です。


 ようやく資本主義や私たちの生き方を根本から問い直す「大きな話」をしやすくなってきました。危機の時代を変革の契機と捉え、未来社会を大胆に議論したいですね。

用語解説

※1 シェアリング・エコノミー
 共有経済。物・サービス・場所などを、共有・交換して利用する社会的な仕組み。カーシェアリングをはじめ、ソーシャルメディアを活用して、個人間を仲介するさまざまなシェアリングサービスが登場している。
 欲しいものを購入するのではなく、他人と共有すればよいという考えを持つ人やニーズが増えており、市場規模は、25年には約3350億ドル規模に成長する見込み。

※2 GAFA(ガーファ)
 グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップルなどの主要IT企業。プラットホームサービスにより集積する個人情報をビッグデータとして活用している。コンピューターやソフトウェアを駆使してサイバースペース支配するに至り、独占禁止法を適用する声が上がり始めている。

※3 プラットホーム
 商取引や情報配信などの基盤・土台となる環境。 オペレーティングシステムやハードウエアなど、コンピューターを動作させる際の基本的な環境や設定。

※4 限界費用
生産量を一単位だけ増加させたときの、総費用の増加分。「限界費用ゼロ」とは、モノやサービスを1つ追加で生み出すコスト(限界費用)が限りなくゼロに近づき、将来モノやサービスは無料になり、企業の利益は消失して、資本主義は衰退を免れないという分析。代わりに台頭してくるのが共有型経済とされている。

※5 ポスト・トゥルース
 政策の詳細や客観的な事実より個人的信条や感情へのアピールが重視され、世論が形成される政治文化。英国のEU離脱是非を問う国民投票、2016年アメリカ大統領選挙で多く使われるようになった。

※6 ローカルフード
 地域に根付いた産物を使い、独自の調理方法で作られ、広く伝承されている地域固有の料理。食品の流通、加工、貯蔵の各技術の近代化により食品の均質化と家庭内調理法の画一化が進み食生活の地方色が薄れつつあるなか、地域興しを兼ねたご当地グルメなどが見直されている。

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