【台風災害支援 館山・長野へ】大災害の時代を 助け合いの時代に 高崎 渉(大工・大阪在住)

別次元の領域に突入した台風

ボランティア任せ 命がけのシートかけ

 台風15号の上陸から10日後、最も被害の大きかった千葉県館山市に入った。僕はこの1年、台風21号で壊れた関西各地の家の修復に追われていたので、ある程度は被災地の様子を想像していた。しかし、その予測は甘かった。被害に遭った家を探すつもりだったが…無事な家を探す方が難しいのだ。  

一軒一軒の壊れ方も派手だし、屋根や壁が根こそぎ吹き飛ばされた建物もある。大木もトレーラーもなぎ倒す怪物を、今まで通り台風と呼んでよいものか。認めたくはないが、この国の自然災害は別次元のレベルに突入したのかもしれない。  

館山には多くのボランティアが集まっていたが、普段から屋根に登ってそうな若者は見当たらない。そんな彼らが足場も立てず、命綱も着けず、覚悟ひとつで屋根にブルーシートを貼るのだ。  

素人だから仕事の精度は悪い。損壊家屋の多さから焦りが出る。そして彼らは、屋根土でサラサラになったり、雨でツルツルになった時の屋根の怖さを知らず、簡単に落ちる。そこが2階の屋根の上なら死ぬ高さだし、実際にブルーシート貼りで何百人も落ちて3人が亡くなった。  

4万戸の被害に対してたった13億円の政府予算では、到底プロを雇えない。自衛隊も民家の世話はしてくれない。そんな政府の対応を批判している間にも、屋根の穴から雨が容赦なく降り注ぐ。だから今日も若者たちは決死隊となって屋根に登る。そんな彼らを、ボランティアセンターの職員は祈るような思いで送り出す。他に誰もいない時に、職員が苦しい胸の内を漏らした。「素人が屋根に上がるなんて……ボランティアにさせていい仕事じゃない」。  

1週間ぶっ通しの作業を終えて帰阪し、次の支援の準備をしていると、今年最強と言われる台風19号が館山を直撃することが明らかになった。現地に行こうとしていると、館山に住む友人から電話が入った。「今は来ないでほしい。君まで一緒に被災することになる」。台風が過ぎ去り、彼らとは連絡が取れなくなった。僕は再び館山へ向かった。  

電気も電波もなかったけれど、電球一つの薄暗い室内で彼らは元気にしていた。窓という窓に板を打ち付けて台風を乗り切ったのだ。「ガスと水道は出るよ。3日ぶりに自衛隊のお風呂に入れて気持ちよかった!」とうれしそう。窓の補強工事で大工のスキルもアップしたようで、災害を乗り越えると人はこうも強くなるのかと感心させられた。  

被災地では、いざという時に何が役に立つのかがはっきりする。そこで身に付けた技術は、きっとあなたや、あなたの大切な人を守ることになる。  

あんなにたくさん来ていたボランティアと電力会社の作業車は、台風19号で洪水被害に遭った各地の現場に散らばっていった。そして、ボランティアたちが苦労して貼ったブルーシートは、見事に吹き飛んでいた。誰にも命綱を託せない1人きりの高所作業が4日間続いた。朝からぶっ通しで作業しても、人手が無いので思うように進まず、気持ちばかり焦る。  

暗くなってからその日最初の食事をしにレストランに入ると、客は僕一人。次の日に別の店に入っても、やはり客は僕一人。家が壊れた地元の人には外食する余裕がないのかもしれない。さらに観光客まで遠のいているようで、災害が経済にも大打撃を与えていることが見えるようだ。この事態を乗り切るため千葉県は現在、被災者に資金を給付するのではなく、借金がしやすくなる貸付制度を強化する方針を打ち出している。  

なかなか動かない行政 肩代わりするボランティア

千葉で電気と電波が復旧したのでツイッターを見てみると、千曲川が決壊して1万戸近くが浸水した長野からのSOSが飛び込んできた。早速連絡を取ってみると、ほとんどボランティアも来ない中で地元の女子中学生が奮闘していた。千葉は雨で屋根に上がれなくなったので、使えるお金を全て支援物資に変えて長野に駆けつけることにした。  

夜通し運転して長野に入ると、辺り一面が悪臭を放つ泥に覆われていた。下水処理場まで浸水したらしい。そんな中、行政や自衛隊の助けもないままに、朝から泥かきに追われる地元住民の姿があった。何十㎝も積もった泥と山のような災害ゴミを前に、「地元の人間だけでどうにかできるレベルじゃない」と言いながら、子どもから老人まで、あきらめずに泥をかき続けていた。自然の猛威と人間の強さを同時に見せつけられて、感情が高ぶり、涙があふれた。  

1日中泥をかいてから大阪に戻り、友人のツテを頼って与党議員に現地の状況と要望を伝え、泥を落として泥のように眠った。  

丸2日間眠って起きた頃に、やっと行政が重い腰をあげたようだ。長野県知事が国土交通省に支援を要請。安倍首相も長野の被災地で「できることはすべてやる」と発言し、今年度予算の5000億円の予備費から支援していく方針を示した。行政が全体を把握して政策を打ち出すまでには、とても時間がかかる。だから現状、一番大変な時に手を差し伸べる役割は、市民のボランティアに託されている。  

今回僕が動いたのは、自分にできることがあり、動かない方が気持ち悪かったからです。そして何より、友人知人のみなさんからお預かりした支援金のおかげで精一杯動くことができました。これから人類が迎えるのが大災害の時代であるならば、僕はそれを助け合いの時代にしたいという願いを込めて、微力ながら全力を投じました。  

こんな助け合いの文化が日本から世界に広がって、「争い合ってる場合じゃないよね」「災害のおかげで地球にやさしい暮らしに変わったね」なんて言える日を夢見て、僕は動ける限り動きます。もし指一本動かせなくなっても祈ります。誰にでもその人にしかできない役割があって、それが人生を輝かせます。あなたにできることは何ですか?

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