【連載(4)食べて身になる】AI(人工知能)には 出せない「味」木澤 夏実(げいじゅつ と、ごはん スペースAKEBI)

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店の雰囲気が 「味」になる

 先日、友人からとある呑み屋を紹介された。カウンター5席程度だけの小さな店を、人柄の良い初老の店主がひとりで切り盛りしており、どこにそんな量の食材を仕込んでいるのかと疑ってしまうほどに料理のメニューが豊富。しかし店主の手際は決して良いとは言えず、調理は遅いわ、オーダーは間違うわ、皿は割れるわと、全く落ち着かない。  

極め付けには会計の料金がいつも若干安く(伝票のつけ忘れだろう)、本当にこの店は大丈夫なのか、と思わざるを得ない状態らしい。  

しかし、良く言えば「放っておけない」雰囲気のおかげか、一段落した瞬間に見せる店主の笑顔がクセになるからなのか、その店は毎日客が絶えないという。絶えない、というか、店のファンが交代で見守りに来ていると言った方が正確かもしれないが。「きっと評価の星はつかないが、とても良い店なので、時間に余裕があるときにでも行ってみてほしい」と、自身もファンの一員である友人は言う。  

店主の不器用さ、料理の遅さ、落ち着かなさといった難点と、でも決して勘定を多く間違えはしないところや、店主に会いに店に行く客同士の温かい横の関係性といった魅力的な点。良い面も良くない面もひっくるめてその店の「味」と表現するならば、昨今飲食業界で噂されている「もうすぐAI(人工知能)が我々の仕事を奪ってしまうのでは」という問題にひとつの答が出せるだろう。  

AIは「味」までは出せない。ので、料理の仕事が根こそぎAIにやられてしまうことはない。なぜなら、「味」は狙って作り上げられるものではなく、サービスを受ける側が生身の人間である限り、計算された味はすぐにばれてしまうから。  

そして、単純な調理や接客を効率重視で行い続けるファストフード店や惣菜製造業、最高の味をぶれることなく提供し続ける高級レストランの仕事がAIに代わられたとしても、そういう味には人間はすぐに飽きる。そんな時こそ「味」ある個人料理店の出番であり、これからの未来に希望が湧いて来やしないか。

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