【東京五輪の返上を】嘘で固めた近代オリンピック 神戸大学大学院国際文化学研究科教授 小笠原博毅

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【連載】第2回 クーベルタンは、マッチョ筋肉主義者

 クーベルタン男爵は、国境、人種や民族の境を超えて、スポーツによって友愛精神を築き上げるために、古代ギリシャで行われていた宗教儀礼であるオリンピアを、近代に再興しようとした。  

それは、19世紀の初頭以来ヨーロッパを幾度となく襲った国民国家同士の戦争による殺戮を中断し、どこの国の選手であろうと平等に扱われるべきフェアプレーと、勝利の見返りを求めないアマチュア主義の精神を共有するための崇高な理念に基づくプロジェクトだった、と言われている。  

まず断言しておこう。それは嘘である。字面での崇高な理念がなければならなかったのだ。目の前の現実は、弱体化の一途をたどりイギリスやプロイセンなど隣国との戦争や植民地獲得競争で成果を挙げられないフランス軍の再生だった。  

そこで、イギリスのパブリック・スクールで行われていたスポーツ教育を取り入れ、青年の精神と肉体を鍛え直すことを提唱したのが、クーベルタンだった。ただそんなことは表立っては言えないから、王族や貴族の縁戚関係の色濃いヨーロッパのキリスト教国を巻き込んで、「同じような」取り組みをさせ、4年に一度の競技会を開いて、それも身体競技だけではなく、詩の朗読会や絵画展などの「文化」とドッキングさせ、人類の文明化に寄与するかのような体裁をとるための方策を考えたのである。  

ナショナリズムの異常な高揚、独裁政権や冷戦下での政治利用、商業化、メガ・イヴェント化、ドーピングや身体改造による選手のサイボーグ化など、オリンピックはその矛盾や歪みをさまざまに批判されてきた。そのたびに「人間讃歌の祭典」としてのクーベルタンの理想に戻るべきだと言われてきた。オリンピズム精神は崇高なままなのだ、要は運用の問題なのだ、という論理である。  

このような「やり方が間違っているだけ」という考え方が、そもそも矛盾や歪みを含んだままのオリンピックを存続させている。だから、「いいもの」だと思われているオリンピックの、そのまさに「いいもの」の根拠とされているクーベルタンの実際の言葉を拾い直し、近代オリンピックは初めから「おかしかった」のだ、という現実に直面してみることが必要だろう。  

19世紀末から20世紀前半という激動の時代を生きてきたこの男爵は、時代遅れの騎士道精神に取り憑かれていた。女性の身体は男性によって守られるべきであり、「彼女たちの役割は、勝利者に冠を授けることであるべき」であり、競技参加は男性に比べてか弱い女性の「品位を下げる」ので、オリンピックという「スペクタクルに身を晒すべきではない」という立場を生涯変えなかった。  

貴族主義とエリート主義を 称揚したクーベルタン

また、ヨーロッパ列強の植民地主義に蹂躙されていたアフリカからの参加も「時期尚早」だと考えていた男爵は、しかし他方ではスポーツ教育の普及がアフリカに「文明」をもたらすとも考えていた。実際、1923年にはアフリカ諸国の参加を呼びかけることになる。しかし、そもそも当のヨーロッパがアフリカの「文明」を破壊したくせに、再び「文明」を植え付けようとする思考自体が植民地的だという発想は皆無だった。  

このような女性や被植民者の排除が時代限定的な思考であり、クーベルタン一人のせいにするのは気の毒だという意見もあるだろう。しかし、この男爵は、五輪をナチスの壮大なプロパガンダに仕立て上げようという意図がみえみえのヒトラーと親しく握手を交わすことになんの抵抗もなかった。  

男爵は「近代オリンピックの哲学的基礎」と題された1935年にベルリンで放送されたラジオ・インタヴューで、オリンピックとは「貴族主義であり、エリート主義」であり、「この貴族主義とは、もともとは平等であり、個人の身体的な優越性と、訓練の意志によってある程度まで増強できる筋肉的な可能性によってのみ決定される」と言っている。  

このマッチョ筋肉主義や特定の身体の優越性の称揚によって、男爵の思想はファシズムの優生学的発想と極めて親和的になる。さて、男爵殿の考え方の内情を知ったいま、私たちはまだ「理想」に戻れば「正しい」オリンピックができるなどという世迷い言を真に受けていられるのだろうか。

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