二世紀にわたる先住民の抵抗から気候運動家は何を学ぶか―スー族の歴史研究者の想い アイリーン・ブラウン  

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出典:MRon Line, 2019,3,9 翻訳:脇浜義明

(前に米先住民たちのスタンディングロックの闘いを紹介したが、このたびスー族のニック・エステスが『我らの歴史は未来―スタンディングロックvsダコタ・アクセス・パイプライン、及び先住民抵抗の長い伝統』(仮題 Nick Estes: Our history Is Future: Standing Rock versus Dakota Access Pipeline ,and the Long Traditions of Indigenous Resistance; Verso Books, 2019) 出版した。

それに関して米のネットメディア「インターセプト」のアイリーン・ブラウンがエステスをインタビューしたものを、マンスリー・レビューのネットメディアMR onLineが編集したものを紹介する

もともとニック・エステスはスタンディングロックに関して本を書くつもりではなかった。偶々国連で先住民の権利について論文を書いているときに、ダコタ・アクセス・パイプラインがスー―族として知られているオセティ・サコウィン16部族の一部族の土地を通ることに反対する運動が燃え上がった。

エステスはローワー・ブルール・スー族で、サウスダコタ州南ダコタで育った。(訳注1:スー族は西のラコタ、東のダコタに分かれ、エステスが属するラコタは「聖なる七つのキャンプファイアー」と呼ばれる7つの小部族から構成され、プルール族はその一つ)彼は自分の計画を変えなければならないと思った。彼はダコタへもどり、叔母のテントのカウチで長老たちや親族が語るオラール・ヒストリーを聞き、それを図書館や役所の保管資料と相互参照して、闘いの本を書いた。  

その結生まれたのが『我らの歴史は未来』である。それは、1804年のルイス・クラーク探検隊(訳注2:1804~06年にかけ、ジェファーソン大統領令に基づく国造りための、ミズーリ川など西部探検の一つ)阻止闘争から、1960年代のインディアンたちの権利回復要求運動、レッド・パワー運動、そして最近の化石燃料掘削・輸送計画に反対する闘争など、二世紀間の先住民の抵抗運動を記述したものである。

1890年に米軍が女性・子どもを含む300人を虐殺したウーンデッド・ニー虐殺事件(訳注3:生活環境を破壊され絶望のどん底にあった先住民たちはゴースト・ダンス(幽霊踊り)を踊ることで、バッファローが再び草原に戻ってくるという、一種の終末論的信仰が爆発的に流行した。白人はこれをスー族反乱の予兆と見て、弾圧して起こした事件)の記述では、エステスは非暴力抗議ゴースト・ダンスの革命的意味を強調している。先住民の植民地主義に対する長い勇敢な闘いの歴史は、地球上の生命の生存を脅かす利潤追求行為に対する挑戦を表している。  

エステスは、ニューメキシコ大学でアメリカ研究学准教授として働くかたわら、アルバカーキを拠点にした反植民地主義・反資本主義的先住民解放運動レッド・ネーションの活動家でもあった。レッド・ネーションは先住民の権利擁護だけでなく、自然破壊、メキシコ人移民の権利擁護、警察暴力への抗議など、幅広い活動を行っている。  

「インターセプト」のインタビューの中で、エステスは、スタンディングロック以降の先住民の活動、グリーン・ニュー・ディール、主流メディアが無視する先住民文化の復興について、話している。以下は、文意を簡潔明瞭するためと長さの著説のために、インタビューをかなり編集していることを了解されたい。

質問:『我らの歴史は未来』というタイトルの意味を説明してください。

エステス:ゴースト・ダンスが物語る予言を重視したタイトルです。ゴースト・ダンスは19世紀後半、特に北部平原のラコタとダコタの反植民地主義蜂起の踊りでしたが、北はカナダの西海岸北部かた南はメキシコの一部にまで広がった魂の運動でした。白人は怖かったのでしょうね。それが白人にとってまったく怖いものでなかったなら、乗り回す馬もなく、飢えで苦しんでいる人々を虐殺したウーンデッド・ニーはなかったでしょう。ラコタとダコタのゴースト・ダンスを踊る人たちが白人入植者を殺したわけではありません。

ダンス運動はまったく非暴力でした。しかしそれは未来のビジョンを語るものだった。白人合衆国はそれを怖がったのです。  一民族を征服するというのは、土地、言葉、アイデンティティ、自尊心を奪うだけでなく、彼らから未来という概念をも奪うことです。私がこういうタイトルをつけたのは、このネオリベラル資本主義時代では、資本主義が終わる前に世界が終わるかもしれないと考えられるほど未来破壊的だからです。

私が言いたいのは、先住民の闘いは、それが反政府武装闘争の形を取ろうと、秘教的儀式の形を取ろうと、敵の言葉を借りる形を取ろうと、常に未来志向的であったということです。これは、アメリカ・インディアンは滅びゆく民、伝統文化の残りかすと僅かな土地にしがみついている、消え去る部族という、一般に流布している談話と正反対の姿です。

一般に流布している談話が真だったら、スタンディングロック蜂起は起きなかったであろうし、現在のLine3(訳注4:カナダのエンブリッジ社がカナダのアルバータ州から米国のウィスコンシン州までサンドオイル原油を輸送するパイプライン)やバイユー・ブリッジ・パイプライン(訳注5:ルイジアナ州のチャールズ湖からセント・ジェームズまでの原油パイプライン。住民は陸軍工兵隊に環境調査を訴えたが、工兵隊が拒否して事業続行を認めた)への抗議運動やその他先住民女性殺害や行方不明への抗議運動があることも、一般談話が嘘であることを証明しています。

質問:あなたは「抵抗の蓄積」という概念について書いていますね。「必ずしも一時的で派手な抵抗でなくても、絶えず先住民の抵抗が続くので、撲滅は不可能」という意味でしょうか。それは現在見られる先住民主導の諸運動にとってどういう意味があるのでしょう。

エステス:ラコタ族として育ちますと、「クレイジー・ホース」や「坐る牡牛」(訳注6:二人ともジョン・ウェイン映画で有名な第七騎兵隊のカスター将軍をやぶったことで有名な戦士)を英雄のことを学びますが、他にもラッセル・ミーンズ(訳注7:1939~2012.ラコタ・スー族の活動家で、「アメリカ・インディアン運動」のスポークスパーソン)や、マドンナ・サンダーホークやフィリス・ヤング(訳注8:二人とスー族女性で、「すべての赤い国の女たち」の代表)等の英雄がいます。しかし、こういう英雄たちの抵抗だけを選び出して崇める必要はありません。

私たち一人ひとりが抵抗の流れの中で生まれ呼吸してきたのです。私たちは被植民地人です。オセティ・サコウィンの抵抗伝統は、白いアメリカ人の最初の上陸から続いています。私たちは愚かな民族ではありません―彼らの狙いを直ぐに見抜きました。1804年ルイスとクラークが探検と称して私たちの土地に侵入し、略奪国家を作ろうとしたので、彼らの狙いが分かったのです。  

先住民であることは、いわば初期設定的に政治的なのです。何故なら、私たちは第一にも第二にもこの土地に居てはならないとされるのに、私たちは先祖からこの土地でくらし、それを守ってきたのです。これが意味するのは、白人にとって私たちは常に開拓・開発を妨害する民族とされることです。私たちは脱政治的に中立に立てないのです。  

私はアレキサンドリア・オカシオのような人物が好きです。彼女も水を守る人で、彼女の中間選挙戦はスタンディングロックで始りました。同時に、私は議会における彼女の立場の限界も意識しています。オバマはパイプライン建設を止めることが出来なかったし、彼が閣僚に選んだ人々も誰ひとりパイプラインを止めなかった。政治家に期待しても駄目なのです。政治家に期待できないことを、北部平原の先住民運動がなし得ることを理解すべきです。ノース・ダコタ・アクセス・パイプラインで先住民運動が成し遂げたことをご覧なさい。人民の力が議会とか人民の場以外のところにあると考えるのは間違いです。

質問:ダコタ・アクセス・パイプラインに関して、「インターセプト」は、民間企業と警察が先住民の抵抗を犯罪化することで協力しあっている事実に重点を置いて報道してきました。日ごとに激しくなる警察の暴力や先住民生活への介入に、スタンディングロックはどのように対応していますか。

エステス:昔は、地域によって異なりますが、インディアンは許可証がなければ居留地を出ることができませんでした。インディアン管理局の役人から許可証を発行してもらわなければなりませんでした。居留地が青空監獄と呼ばれていました。外へ出ると、逮捕・勾留、私刑(リンチ)による絞首刑が待っていました。

今日ではそういうことはなくなりましたが、文化的・社会的次元では同質のことが今も続いています。アルバカーキとかサウスダコタ州のラピッドシティーのようなところでは、白人が先住民に対して暴力を振るうときに必ず出て悔いる言葉は、「居留地へ戻れ」です。先住民は、本来自分たちの生活の場であったところで、「侵入者」扱いされるのです。  

スタンディングロックなど闘争の場で警官隊の暴力は残酷で、多くのトラウマを引き起こしているのですが、それ以上に日常生活の中で警官が先住民を虐待する暴力の方がもっと怖いと言いたいですね。警官は暴力と虐待技術をどんどん強化しています。対先住民プロファイル技術の採用も進んでいます。スタンディングロック居留地の北のモートン郡の州境近くの町の警官たちは、昔「坐る牡牛」を殺害したことで有名になった「赤いトマホ ーク」(訳注9:米政府が「文明化5部族」(政府が白人の習慣を採用したと認めた部族)に、1880年に組織させたインディアン警察)を復活させ、州ハイウエイ・パトロール隊に導入しました。あの残忍なカスター将軍の第七騎兵隊を現代に蘇らせているのです。

質問:あなたはスー族が経験した大災害のことを書き、それが気候変動運動を行っている人々にとって貴重な教訓になると述べていますね。スー族の地に大洪水を引き起こしたピック=スローン計画(訳注10:フランクリン・ルーズベルトが署名した「洪水調整法」によってミズーリ川を貯水システムに変えるダム建設)を説明してください。

エステス:ピック=スローン計画は現在のグリーン・ニュー・ディール運動を思い起こさせます―私はグリーン・ニュー・ディール運動に賛成していますが。ピック=スローン計画は当時としては米史上最大のダム建設計画でした。1933年連邦政府はアシニボイン族とスー族(ナコタ部族)の居留地フォートペック近くに巨大ダムの建設を始めました。それは大恐慌後のニューディール政策による公共事業で、モンタナ州とその付近の白人労働者の救済と雇用を提供する目的の事業でした。白人入植者経済を立て直すために、数百人の先住民が住居を追われ、何千エーカーの土地が水浸しになりました。あの歴史的なニューディールはしばしば先住民の犠牲の上に実行されたのです。  

グリーン・ニュー・ディールの発想はスタンディングロックのキャンプで生まれました。オカシオ=コルテスはスタンディングロックで運動を開始したのです。しかし、先住民を犠牲にして入植者経済を救済した歴史を忘れてはいけません。経済の転換のツケを先住民に回されている思われるときがあります。現在南西部全域の電源としてナバホ族の地で太陽熱発電を行うことになっています。それはよいけれど、本当にそれが資源コロニーからの脱却になるのでしょうか。だって、かててナバホの地は南西部全域の火力発電用の石炭生産をやらされ、現在は米グローバル経済の発電用の原油生産をやらされています。資源コロニーだったのです。  

かつてダム建設もみんなから歓迎されました。ケネディ大統領がやって来て演説をぶち、私の祖母もいそれを聞きました。彼女はケネディと握手したことを、死ぬ間際まで口癖のように語りました。しかし、ケネディは私たちの郷土を破壊したのです。経済転換にはこのようなトレードオフがいつもあるのです。だから、本当に二酸化炭素依存経済から脱出する転換をするなら、そこに潜む基本的矛盾に目を閉じないで、それとしっかり対峙しなければなりません。その矛盾とは殖民植民地主義のことです。

質問:あなたは『我らの歴史は未来』の最後を、地球を資本主義から解放しようという抱負で結んできます。わたしたちはエコロジー的に危機の真っただ中にあり、多くの人々はグリーン・ニュー・ディールを中核的運動と見ています。こういう運動が正義を実現する手段となるためには、何が必要だと思いますか。

エステス:グリーン・ニュー・ディールが組み立てられた過程を見て面白いのは、それが「プラグマティック」な環境政策だということです。本来闘い取らなければならないものが幾つか欠けています。その一つは、化石燃料を完全廃止すること。もう一つは、カーボン・プライス(訳注11:炭素排出量の価格付け。カネで誤魔化したり、企業が炭素価格の高いところから低いところへ転出することを許す)を拒否していない点です。カーボン・プライス制度は、私たちが呼吸する空気を商品化・私有化することで、企業が「クリーン」な顔をしていれば、いつまでも化石燃料を採り、輸送し、燃やし続けることを許すものです。先住民が昔から闘い続けてきた課題ですが、何故グリーン・ニュー・ディールにそれがないのか、私には分かりません。

 「プラグマティック」と言いましたが、誰にとってプラグマティックでしょうか。化石燃料資本主義という怪物を10年間生き延びらせることにどういうプラグマティックがあるのでしょう。これは「奴らから俺たちか」という二者択一問題です。資本主義システムは私たちを破壊しているですから、それを生き延びらせることには何のプラグマティックもありません。最も傷つくのはいつでも貧しい有色人ですので、これおは人種と階級の問題です。  ナンシー・ペロン(訳注12:民主党下院議長。中絶と同性愛を擁護する姿勢を見せているが、反共主義の親イスラエル派)に電力販売を一任するようなものであってはいけません。彼女は自分を資本主義者だと公言しています。彼女には資本主義的諸制度を変える気は毛頭ありませんが、一方私たちはそういう制度や構造を変革することを闘いの目的としています。私たちは資本主義的制度や構造の欠陥や不十分さをもっともっと明らかにし、グローバルな気候変動危機に対する「プラグマティック」な対応のパラメータを再規定しなければなりません。そのためには、もっと人間や自然の生活権を前面に出すことです。

質問:以前あなたは、主流メディアが先住民の発言や作品を取り上げないと語りました。「アイドル・ノー。モア」(訳注13:主としてカナダの先住民の運動で、2012年10月4人の先住民女性が創り出した言葉。彼女らは国会議事堂に面する凍結した河の上にティーピーを建てて、ハンガーストライキを行った。アクサピスカト部族の酋長テレサ・スペンスという女性がこの運動のシンボル)運動を受けて、先住民ライターがカナダ・メディアに登場するようになりましたが、合衆国では、ダコタ・アクセス・パイプライン反対闘争があっても、そういうことにはなっていませんね。

エステス:カナダでは、「アイドル・ノー・モア」と連邦政府が和解して真実と和解プロセス(訳注14:被差別者の語る真実を聞き、それを心に感じとめて、やるべきことをやろうという合意に基づいた実践運動)が成立、それによって大学やメディアが先住民に心を開き、場を提供する運動が生まれたので、先住民問題がメディアにも登場、一般人の意識にも訴えらえるようになりました。米国ではまだまだです。米国ではニュースに取り上げられないばかりでなく、書いたり話したりする先住民がいないのです。先住民のことは先住民しか語れないというわけではありませんが、発表者のアンバランスは致命的です。ある種のメディアでは改善が見られますが、全国的にはまだまだ差別体制です。しかもメディアでは取材費削減や不安定雇用が起きていて、それが先住民無視への拍車にもなっています。先住民ジャーナリストは働く場がないので、みんなジャーナル分野から遠ざかります。  

現在インディアン・カントリーは分化、メディア、芸術、政治活動の再生期にあると、私は思っています―皮肉なことに、白人女性が自分は先住民のDNAを持っていると宣言したり、白人のカトリック学校の子どもたちがリンカーン記念会館で先住民老人を嘲弄した記事がニューヨークタイムズが伝えるという形でそれが進行しているのが、残念です。

質問:レッド・ネーションやニューメキシコにおけるあなたの活動について話してください。

エステス:レッド・ネーションを作ったのは2014年、カウボーイ,ラビットという異名を持ったキー・トンプソンとアリソン・ゴーマンが殺害された後でした。二人はナバホ族の男性で、ニューメキシコ州中央の都市アルバカーキで三人の若者によって殺されました。アルバカーキ警察の暴力に対する抗議活動の末期に起きた事件です。あの町の人々は先住民に対する警察暴力にあまり関心がなかった。少し問題にする運動があったのですが、すぐに消えてしまった。「アメリカン・インディアン運動」共同創始者のデニス・バンクスはレッド・ネーションのイベントに来たことがあり、彼と境界線上の町の暴力について語り合ったことがあります。彼は「アメリカン・インディアン運動を設立した第一の目的は警察暴力を終わらせることだった。50年前のことだ。ところが、警察暴力は今もなお続いている」と言ってました。  

私たちは先住民フェミニスト団体です。現代の若い世代の先住民は、50年代、60年代、70年代のレッド・パワー・ムーヴメントのときのようにピップでもクールでもありません。現世代の人たちは異性間中心の家父長制とかコミュニティ伝統を抑圧ツールとして利用するこを問題視しています。若者の多くはノンバイナリー(訳注14:男性・女性という二者択一に収まらないジェンダーの捉え方)で、性区別に従わない、クイアー(訳注15:「クイアー」は差別語というより、性の制約から解放された者と肯定的に使われている)である。二つの精神の人間(two spirit.西洋文明的なジェンダー二分法や異性間セックスに同意しない先住民にとって、包括的用語です)なのです。こういうものは真っ先に消滅させられるべきものでした。何故ならそれは対抗的政治秩序を表現していたからです。白人将軍や政治家たちが先住民の男たちを選んで交渉して、条約に署名させたのには理由があります。男たちを征服のツールに使ったのです。白人文化を先住民社会の遺産にするためです。だから、私たちもトランスジェンダーやクイアーらをコミュニティから追放して、保護しなくなったのです。白人社会と同じ態度を取るようになりました。  

世界には同志や親族がたくさんいます。私たちは彼らの運動と連携しようとしています。現在ベネズエラで米国の策謀で起こっていることをグループ研究していますし、グアテマラ問題で活動している人も」います。こえおはレッド・パワー運動やアメリカン・インディアン・ムーヴメントの延長線上のことで、何も新しいことではありません。本にも書いたように、PLOとも関係を密にしています。スタンディングロックにパレスチナの旗があるのはそのためです。 質問:今後スタンディングロックの闘いはどうなると思いますか。

エステス:最初、今のように長期的闘争を続ける構えではなかったのです。今やこの闘いは、カナダのキーストンXLパイプラインの米国内建設工事を止める闘い以上のものになっています。全部族が闘争に入り、闘争組織が整い、しかも敵もそのことを知っています。彼らは私たちに関する情報を収集しています。今やパイプライン設置の阻止闘争を越えて、私たちのコミュニティをどのようなものにしたいというヴィジョンをめぐる闘いになっています。いったんヴィジョンの火がつくと、もう止めることはできません。すべてのインディアン・カントリーが重要な形に結びついたのです。ヴィジョンが結束させるのです。  

地球上に前々からあったものが続けて存在できるように、あるいは生命の存続のために闘っています。長期的目標は、私たちがかってあったような形で、他の先住民ともども、スー族として存続し、発展することです―つまり、もし植民地化されなかったどんなふうに発展に発展できたでろうかを、これから見るのです。先住民だkでなく、すべての人々いとってよい未来とはどういうものかを、集団的に想像する闘いです。

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