【東京五輪 聖火リレー】侵略や原発事故・被災者を隠す 負の遺産リセットする政治利用  小笠原 博毅さん(神戸大学大学院国際文化学研究科教授)インタビュー(下)

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『反東京オリンピック宣言』を著した神戸大学の小笠原博毅さんに、東京五輪の問題点を聞いた。 前号では、IOCがメディアの力で開催反対論を封じ込め、市民社会全体を取り込む巨大権力であることが明らかにされた。今号は詳細が公表された聖火リレーの政治性と、分断に抗して五輪の矛盾に声をあげる当事者に語ってもらった。 (編集部・園)

 聖火リレーを最初に始めたのはナチスドイツであり、もともと政治利用のために行われてきました。  

来年3月26日に始まる聖火リレーは、全都道府県を2日に分けて走ります。朝の出発と夕方のゴールが朝夕のニュースでトップ報道され、その都道府県のNHKトップアナウンサーが報じるでしょう。私たちは毎日五輪報道漬けにされます。  

東京五輪のリレーは福島原発前のJヴィレッジから出発し、今も住民が帰れない警戒区域を走り抜いて「安全」をアピールします。  

広島や熊本などの豪雨・地震被害の地も全て通りますが、今も避難所暮らしの住民が大勢いることはきちんと報道されるでしょうか。  

大阪は、世界遺産登録を目指す百舌鳥の古墳群を通り、被埋葬者もわからないのにナショナリズムを煽ります。  

また北海道では、国立アイヌ民族博物館を含む「ウポポイ(民族共生象徴空間)」を五輪までに開園させるため、ものすごい突貫工事が行われています。アイヌの少年に聖火を持たせてそこを走らせます。東京の開幕式でもアイヌの舞踊が行われます。  

先日、北海道でいろいろな方に話を聞きましたが、賛否両論です。アイヌの歴史は「文化財」となり時間を止められ、明治政府のアイヌ侵略や、今も存在する就職差別・結婚差別は、無かったことにされてしまうからです。五輪や聖火リレーは負の歴史のリセット装置であり、マイノリティは添え物にされるだけです。  

64年五輪でも、最後の聖火ランナーは広島の原爆投下の日に生まれた坂井義則さんでした。あまりに露骨です。  

しかし、政治利用に対して気付く人・気付かない人、歴史のリセットを問題にする人・「それで脚光を浴びるなら良いじゃないか」と渋々受け入れる人、などと当事者が分断されています。   

福島原発・東北大震災の被害者も同じです。選手村建設のために市民公園の木を伐採された、東京の中野区民も同じです。  

「分断して統治せよ」という、支配者の常套手段が徹底されています。  

新国立競技場建設のために 先住民族の熱帯雨林を伐採

それでも、当事者がまだ分断されていない現場があります。  

一つは、マレーシア・ボルネオ島。新国立競技場建設の安価な資材調達のために、先住民族プナン族の熱帯雨林が強制伐採されました。国際機関が次々告発し、ドイツやスイスの日本大使館に14万人もの非難署名が送られました。日本政府は黙っていますが、今後環境団体も動き、争点となるでしょう。  

パラは障がい者 用具の見本市に

次にパラリンピックです。問題は五輪と同じで、メダル・勝利優先主義としての価値が上がり続けています。また今やパラは障がい者用道具と機材のメーカーの見本市です。先日、期待されているパラトライアスロンの選手が、同じ義足のままバイクとランを走り、惨敗した時、「私の実力不足だ」と泣いていました。  

しかし、一体何の実力不足なのか? 自分の肉体か、自分に合う義足をつけられなかったことか、義足をつけかえる時間を省こうとした判断ミスか、または義足そのものの機能性の問題なのか、訳がわからない。障がい者の身体が分断され、個々の部分の見本市のようになっているのです。  

その危険性に、障がい当事者が気づき始めています。自分たちは見世物になるのではないか? 「健常者」の選別の過程と同じく、一部のエリートが脚光を浴び、障がい者スポーツが草の根まで整備されることはないのではないか? と。障がい者スポーツとパラは、そもそも別物なのです。  

男女にこだわるIOCの体質 五輪120年、今性差別が問われる

そして、選手のジェンダーです。キャスター・セメンヤという南アフリカの非常に強い黒人陸上選手がいます。女性ですが、男性ホルモンの一種「テストステロン」の値が高く、男性に匹敵する数値でした。  

CAS(スポーツ仲裁裁判所)が、値を下げる薬を飲まないと国際大会に出てはいけないという結論を下しました。当然彼女は異議を申し立てました。しかし今年5月に棄却され、今後彼女が出る大会には薬の服用が必要とされました。これはドーピングの一種です。ドーピングを禁止しながら一方では推奨するという矛盾が出てきました。 

CASは、特定の個人にドーピングを強いているのは「差別的だが、競技の公平性を保つためには仕方がない」という声明を発表しました。意味不明です。本人は「女だ」と言っているのに、五輪のカテゴリーでは「女ではない」と決めつける、男性と女性で競技を分ける歪みが出ています。  

五輪の120年の歴史上、最もジェンダーが揺れています。LGBTQの多様性を、意識としても法整備の面でもどう認めるかが世界的課題になっているのに、五輪だけが昔の段階に懸命に留まろうとしています。  

セメンヤはドーピングをせず、現在、スイス最高裁に控訴中です。彼女を支持する選手も増えています。  

さらには、拡大し続ける福島原発事故の被害者で五輪に真っ向から反対する運動が出てきており、東京では野宿者排除への抗議を中心に今も粘り強く五輪に反対する運動があります。  

このように、まだ分断が進められていない人や地域、分野があるのです。私たちもそこに連帯しながら、東京五輪に反対していきましょう。

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