【利権の温床 東京五輪】「帝国」としてのIOCと腐敗構造メディアとIT化による民衆支配  小笠原博毅さん(神戸大学大学院国際文化学研究科教授)インタビュー(上) 

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東京五輪開幕まで約1年、聖火リレーのコースも発表された。だが東京五輪は根本から問題視されてきた。それでも中止を求める声は高まっていない。『反東京オリンピック宣言』『やっぱりいらない東京オリンピック』を著した神戸大学教授の小笠原博毅さんに、東京五輪や聖火リレーの問題、矛盾だらけでも開催できる仕組み、どのように中止を求めるか、について話を聞いた。  (編集部・園)

税金=1兆5千億円浪費し 福島原発事故・汚染を隠ぺい

編…東京五輪の問題点は?  

これはあまりにも多岐にわたります。(1)福島原発事故の被害隠し。安倍首相が招致時に「放射能はアンダーコントロール」「健康被害は今も将来も一切出ない」と発言し、「復興五輪」と連呼していること。  

(2)数々の不正。JOC竹田会長が2億数千万円の賄賂で招致したと仏検察に起訴されて辞任したことや、新国立競技場や選手村建設の巨額の利益誘導など。  

(3)社会的排除。施設建設で野宿者や都営団地の住民が強制排除され、都民がまともに生活できなくなるほどの暴力的な巨大都市開発が行われていること。  

(4)メダル獲得が最優先にされ、スポーツが五輪に支配されること。  

(5)莫大な税金=総額約1兆5千億円がわずか2週間のために浪費されること。  

(6)東北の震災・原発被害者や、新国立競技場建設で過労自殺した労働者など、死者を忘却して開催すること。  

前回の東京五輪でメダルを得たマラソンの円谷幸吉選手も、68年五輪を前に、メダル獲得のプレッシャーのため「もうこれ以上走れません」と遺書を残して自殺しました。それでもJOCは、円谷さんの葬儀と同日に冬季五輪への結団式を行ったのです。  

なかでも(1)の問題は深刻さが増しています。横浜の放射性汚染土を埋めていた保育園で、2名の園児が白血病になりました。東京五輪でまさに期待の星だった水泳の池江璃花子選手が白血病になりましたが、彼女は首都圏で最も汚染されていると言われる金町浄水場から水が流れこむプールで泳いでいました。聖火リレーが出発する福島も東京も、放射能汚染されており、非常に危険です。  

反対論も包摂する メディア=「拡声器」の力

編…それでも五輪が中止されないのはなぜですか?  

問題が起きるたびにネット上では批判されます。「アンダーコントロール」が嘘であることも多くの人は気づいています。 

しかし、開催側は不満の声は織り込み済みです。本気で開催を望む人間は少数だからこそ、メディアを使って開催歓迎の声を大きく見せようとします。矛盾を突いても「困難だからこそ、何とか成功させて日本の力を世界に示そう」といった形で丸め込まれます。また、私が大手メディアで反対をしても、両論併記で「東京五輪は言論の統制などしていない」というガス抜きに使われていると感じます。  

四大紙は五輪のゴールドパートナーです。知識人なども「所詮はスポーツ」と五輪自体に背中を向け、批判をしない人が多いです。反対論をも包摂しながらメディアで賛成論を繰り返す「拡声器」の力が、五輪の原動力です。  

IOCを中心とした組織は、まるで国連の「国際官僚」のように機能分化されています。

 しかしIOCは非政府組織であり、誰がどの段階で政策決定をしているかも不明確です。それなのに五輪は莫大な公金が使われ、社会的弱者が排除されます。開催を決めるのはIOCでも、費用や赤字は開催自治体が負担します。だから前回のリオ五輪でも大きな抗議が起きました。  

今回の典型例は、国立競技場建設の過労自殺です。トップのIOCから現場の竹中工務店の孫請け会社まで、誰が責任を取り、監査が入ったのか、遺族に保証金が支払われたのかなど、一切報道されず工事は進み、関係者は儲かっています。  

ネットワーク状の 〈帝国〉=IOC

矛盾や反対論がメディアの「拡声器」でかき消され、訳がわからないままみんなが動員されていく。責任所在が不明確なまま、莫大な利益を得ている者たちがいる。これは、90年代に思想家のアントニオ・ネグリらが提唱した、国民国家とは異なる莫大な権力としての、ネットワーク状の〈帝国〉だと思います。IOCと五輪は、WTO、IMF、国際金融資本などと同じ〈帝国〉なのです。  

現在の政治・経済を動かす天皇代替わり、G20、大阪万博といったメガイベントにも共通する構造です。  

IOCの中枢は欧州の人間ですから、放射能の危険もよくわかっています。しかし、巨大利権の五輪の開催自体が目的ですから、たとえ東京五輪が後から問題になっても、責任は安倍政権に押しつければ良い。 

感動が莫大な利益へ転化するシステム

これほど五輪が商業化したのは84年のロス五輪からです。コカコーラなどがスポンサーにつき、陸上のカール・ルイスというシンボルがお茶の間に登場しました。  

今の五輪は放映権料が莫大で、視聴者が増えて感動や興奮をすることが最も金になるため、私たちも観客や視聴者としての参加が強いられます。日本選手がメダルを取った直後に、飲料水の広告が挟まれます。チャンネルを付けて「頑張れ!」と思った瞬間からお金が生まれています。それは決して感情を発した視聴者には戻りませんし、元手は私たちの税金です。  

しかし大宣伝の中で、自分の感情や情動を搾取されていることに自分で気付くことは難しくさせられます。こうして市民全員が利権構造に巻き込まれていきます。公私の境目を曖昧にさせ、国家をも集金マシーンにさせるのが〈帝国〉の特徴です。  

実際に酷暑の大会運営を支えるのは生身のボランティアであり、半ば強制的に動員される学生、教員、保護者、企業の末端労働者も被害者です。  

そして、スポーツ選手も五輪に支配されます。ボクシング、柔道、相撲などで指導者の体罰が発覚し、「コンプライアンスの徹底」が急速にスポーツ界を覆っています。体罰は64年の東京五輪から勝利至上主義が始まり、戦前の軍国主義的教育が呼び戻されて強まったものです。  

もちろん暴力は許されませんが、今回の体罰批判は五輪開催も背景にあると思います。スポーツにおける暴力とは何かを決める力が五輪にあるからです。  

勝利至上主義が生む選手の デジタル管理・ロボット化

鈴木スポーツ庁長官は体罰の理由に「根性論などに見られる科学的合理性の軽視」を挙げ、「膿を出し切る」と声明を出しました。では「科学的合理性」とは何か。いま、多くのスポーツが急速にデジタル化しています。バレーボールでは分析者が敵と味方の現在の動きや狙いを細かく分析し、専用アプリから監督の持つタブレットに随時送って選手に指示をします。サッカーでも、選手の試合での全行動がビッグデータに集積されています。  

今やスポーツ選手の身体は、会場中に設置されたカメラやコンピュータなどの最新技術と融合しています。日常生活、練習、休息までもデジタルで管理されます。鈴木長官らが目指すのは、選手管理の体罰からデジタルへの移行です。東京大会は指導から観戦まであらゆる技術革新を謳っており、金メダルを獲得した選手の視線をヴァーチャル・リアリティで体験することも可能です。  

しかし、自分の感覚や声や感性よりデータが重視され、24時間あらゆる行動がデジタル管理されることが、選手の解放になるでしょうか? それも「人間のロボット化」と言える新たな暴力ではないでしょうか。64年五輪が体罰を生んだことに言及も反省もせずに、また五輪に合わせてスポーツを別の形式で支配しようとしているのです。  

IT・メディア産業は五輪に向けた新技術の売り込みに躍起です。その利益は五輪とスポンサー契約した企業が独占しており、末端現場がカメラやGPSやドローンを買わされます。個別のスポーツ界の利益や組織構造を「コンプライアンス」の名の下に五輪内部に組み込んでいくのが、五輪のスポーツ支配の手法なのです。   (次号に続く)

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