【第11回論説委員会】「見て見ぬふり」は周囲の責任

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広河隆一氏による性暴力をめぐって

 第11回論説委員会のテーマは女性差別の現状と解決策について。議論された内容を参考にしながら、編集部のありようも含めて問題提起したい。(編集部・村上

 2017年秋、#Metooのムーブメントが世界で広がった。日本でも、ジャーナリストの伊藤詩織さんへの性的暴行、財務省前事務次官による女性記者へのセクハラなど、報道の業界でも証言が相次いだ。  

その中で、広河隆一氏のように「人権派」と称され、社会運動の牽引役として発言力をもつ人物まで告発された。「週刊文春」(19年1月3日・10日号)で、広河氏が15年間、編集・発行を務めた報道写真誌「DAYS JAPAN」(以下DAYS)の元ボランティアなどの女性7人が証言した。しかし、広河氏は「合意の上だった」と反論し、DAYS最終号や週刊金曜日などに暴力性を否認する文章を発表した。  

直接的な加害者は広河氏だが、批判は編集委員にも及んでいる。しかし、編集委員に罪を押し付けていいのだろうか。広河氏は組織のトップだ。編集委員は広河氏の部下だが、上司を止められなかった部下の責任はどこまで問えるのか。加害者である広河氏、被害者の女性の他、組織内部には「部下」しかいない組織内だけで解決できたのだろうか。  

一方、周りの運動団体には広河氏と対等な立場の人は多いはずだ。そちらが見て見ぬふりをしたほうが問題ではないか。  

被害者は言う。「DAYSを積極的に応援してきた方々や、彼と関係をもっていた団体も沈黙をしたまま、再発防止のための投げかけをするでもなく、『自分は関係ない』という態度をとっているように思えてしまいます。どうか声をあげてください」。  

権力差への視点 欠く発言相次ぐ

「今回の件があってもジャーナリストとしての実績は否定されない」「広河氏の仕事の全否定は、権力側の思う壺」、これが人民新聞の論説委員会で出た発言である。広河氏と関係の深いジャーナリストも同様の発言をし、被害者は以下のように反論している。  

「それがどれくらい暴力的に女性に降りかかるのかを考えてほしい。『権力』に抗うために広河氏への批判を封じる構造こそ、今まで女性たちの声が明るみに出なかった根幹だ。そして、広河氏こそ、女性たちにとっては『権力』だったという視点がない。被害者がバッシングを恐れて声をあげられない環境を作ることは、自分たちもその権力構造の一部になることなのだ。そもそも、女性への搾取が雑誌制作の過程に含まれていたのであれば、それは実績と呼べるのだろうか」。  

「DAYS」は、広く社会で批判を受けたが、女性蔑視的な言動で充分批判されていないものもある。論説委員会で私は、反権力を指向する雑誌も議論の遡上に上げた。  

その雑誌は、女性A(仮名)について「Aは男を狙う」と題した対談形式の文章を掲載。「男性経験の多い女は嘲笑される」という前提で、対談を展開している。  

当然、現在の価値観では「セクハラであり、女性全体への差別」と認識する人もいて、SNS上での個人の批判はあった。だが、影響力のある団体、集団からの批判はなかった。  

論説員会では、この女性差別的な記述について、「下品だとは思うが、批判するほどでもない」「もっと悪いやつはいっぱいいる。あえて運動内部で対立することに意義は感じない」「もう関わりたくない」との反応があり、積極的に批判する人はいなかった。ここにも女性と男性の力の差を見ず、権力を温存させる構造が見てとれる。  

これまで権力批判を行ってきた人民新聞だが、女性が少なく、性差別に関して取り組んだ経験は浅い。外部からの知恵や協力も得て、共に解決への道を模索したい。

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