【文化欄】「人間の根源は食べ物」 直感で田舎へ編集部 矢板 進

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Iターンする若者たち(1)

 昨年、京都の街でひとの集うところを取材してまわり、京都の農村とつながっているひとびとや、農村に可能性を見出し移住する若者たちに出会った。全国的にもそのような若者は増えているようだ。田舎暮らしの魅力とは? 将来の展望は? 連載で訪ねて歩く。第一弾は大阪府豊能郡能勢町。今年から「いちご摘み」を始めた吉村農園を訪れた。

 吉村次郎さんが農業に興味を持ったのは大学生の頃。都会の生活に限界を感じ、逃げ出したいような感覚があったという。そんな鬱々とした日々のなか、思考は人間の根源的なところに向いた。人間の根源は食べ物。そこに行き着いたのが就農のきっかけとなる。  

とは言っても答えは聞かれた時によって変わることも。なぜなら、深く考えず、直感でここに来たからだ。吉村農園は入植して15年、いちごは2作目、今年の春から観光農業である「いちご摘み」を始めた。  

大阪最北端の能勢町は、京都府、兵庫県に隣接し、田畑が広がる、のどかな地域だ。吉村次郎、聡子さんご夫婦は、どちらもIターン者だが、その道筋は異なっている。    

化学と家庭菜園 異なるスタート

次郎さんは兵庫県西宮市出身。田園風景とはほど遠い工場や商店街のある都会に住んでいた。工学部在学中、農業に関心を抱き、農業に近い応用化学科で細胞を研究。在学中から農業の研修を受けた。  

一方、聡子さんの出身は大阪府八尾市。両親が家庭菜園をしており、家で採れた野菜を食べる生活だった。大阪も八尾となれば近隣には田畑もある。聡子さん自身も自然のなかで遊ぶのが好きだったという。次郎さんと異なり子どもの頃に育んできたものが、将来の選択に直接結びついたようだ。  

吉村農園からさほど遠くないところにある「原田ふぁーむ」は、大阪でも代表的な有機農園で、多くの新規就農者の後見人的役割を果たしている。次郎さんも「原田ふぁーむ」で研修を受けていたが、原田さんに促され、独立したものの、バイトに頼らざるを得ない経済状況だった。そこで原田さんから、「ふぁーむ」に呼び戻されたという経緯がある。合わせて6年くらいは原田ふぁーむにいたと笑う。  

Iターンなどを含む新規就農者は近畿の山間部にもいるが、地元の人々と打ち解けて、地域に入っていけるかがカギとなる。能勢はIターン者を受け入れる体制が比較的整っている。それは原田さんがクッション役や、相談役を果たしてくれているおかげと次郎さんは語る。  

都会の窮屈感の一方で田舎暮らしには可能性を感じている次郎さん。不便ゆえにお互いに助け合い、物々交換など、都会にある消費に乗らないコミュニティや生活がある。一方、引っ越しや家の修理もすべてお金で済ますという街に違和感がある。  

聡子さんの古い友人も、突然田舎暮らしを始める人や、発酵食品を自分で作る人が増えてきているという。田舎ならではの豊かな生活や人間関係に魅力を感じる人が増えていったらと聡子さんは語る。  

自分がしてもらったように、 若者の新規就農を助けたい

吉村さんは「能勢青年農業者4Hクラブ」に所属している。4Hは腕(HAND)頭(HEAD)心(HEART)健康(HEALTH)の頭文字だ。農業に関する相談や情報交換、勉強会、視察などを主な活動としている。  

20人くらいのメンバーは、30歳代後半が中心。そして、3/4がIターン者である。能勢も限界集落であったが、3~5年の間で若者が増えてきたという。  

次郎さんは今後、「自分が原田さんにしてもらったように若い農業研修者を受けいれるようになりたい」と夢を語ってくれた。  

まだ40歳代前半にして指導者という視野があることに驚いたが、農業技術は日々進化していて、年齢が離れていると参考にならないこともある。  

小規模農業にはそれに適した研修施設が必要だ。次郎さんの言葉には、原田さんに農業をイチから教わったことへの感謝と「託されている」という自負が感じられる。「難しい作物にも挑戦し、後輩が新しく農業に参入する余地を作っていかなければならない。今の自分はひとつの出荷先だけに依存しているようなところがある。本当の自立とはたくさんのものに依存していくことだと思う」。そのためには「まず吉村農園がもうひと伸びしなければ」と力強い。  

そう語る次郎さんの姿に、能勢という場所への愛情と、農業という自分の仕事への誇りを感じた。

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