【フランス植民地主義の現在】虐殺への直接的加担 問われるフランスの責任パリ第八大学博士課程在学 須納瀬 淳

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ルワンダ・ツチ族のジェノサイドから25年

今年はルワンダで起きたツチ族のジェノサイド(民族抹殺)から25年にあたる。この機にパリではショア記念館(ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺の記念館)で『ルワンダ1994年、私たちの歴史?』と題された展示が催されるなど、改めてこの事件の歴史に注目が集まっている。そうした中、政治の面でも重要な動きが起きている。

虐殺の情報を掴んでいた フランス政府

 仏政府は、1990年から94年の期間、ルワンダでのフランスの役割に言及した、機密扱いの資料を調査するための委員会設立を発表した。前大統領フランソワ・オランドが2015年にそれら資料の公開を試みたが失敗、長いあいだ隠され続け開示を求められていた情報が、ようやく明らかになる見込みとなった。この資料が重視されているのは、「ジェノサイドにおけるフランスの責任」という、長く論争されてきた問題に決定的な判断をもたらす可能性があるからだ。  

今年3月、90~93年にルワンダ派遣隊の主任を務めた将軍ジャン・ヴァレによるラジオ局での証言が話題となった。彼によると、遅くとも90年11月には仏政府と軍幹部はジェノサイドの可能性を認識できたはずだという。  

当時、ルワンダ国家憲兵隊長からツチ族を「消し去る」という発言を聞き、ヴァレは最悪の可能性を仏大使館と協力省へと伝えた。だがその警告は深刻に受け止められず、将軍は軍部の圧力によりジェノサイドの前年に主任職を解任された。この時の対応が違っていれば、虐殺は未然に防げた可能性がある。  

それだけではなく、90年からフランスはハビャリマナ大統領政権を外交的・軍事的に支持し続け、ルワンダ政府軍に兵器を供給しながら対FPR(ルワンダ愛国戦線)の戦争に積極的に加わった。90~94年の期間ルワンダでのフランスの軍事作戦を調査した議院調査団は、フランスが、軍の助言役として戦術や兵器の扱いを指導しながら「FARに極めて近しい態度で領土に介入した」と報告している。  

 正当性問われる 新調査委員会

この文脈でとくに問題となるのが、虐殺発生後6月から遂行された軍事介入「トルコ石作戦」の性格だ。海軍大将ジャック・ラングサドはじめ当時の責任者たちは、現在でも中立な「人道的」介入だと主張し続けているが、作戦に参加した元仏軍中佐ギヨーム・アンセルは、FARを権力の座に戻そうとし、隣国への逃亡まで手助けすることで、「虐殺者たちを事実上支持していたのだ」と証言した。したがって問われているフランスの「責任」とは、虐殺への直接的「加担」ないし「共犯」なのである。  

新しい調査委員会は、ジェノサイドへの責任を否定し続けてきたこの国の否認の歴史に終止符を打つことになるのか。その可能性もあるが、しかし少なくない人々が、計画の有効性に疑問を呈している。  

中でも問題視されるのが、調査委員会にルワンダ専門の歴史家が見当たらないことだ。キニャルワンダ語を話せる国内唯一の研究者などを除外した委員会に、「いかなる正当性があるのか?」と問われている。  

マクロンは昨年9月にもオダン事件における国家責任を認めたことで注目されたが(1665号参照)、今回の件はフランスの戦争責任に関して試された、それに続く重要な挙措と見ることもできる。しかしこうした状況から、調査委員会が果たす役割と成果については今後も注視が必要だ。

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