#MeToo としての鈴木聖也氏「署名記事」早大大学院セクハラ問題を読み直すために 莠 きいろ (文芸同人作家、大学院生「社会運動研究」)

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職務上の地位を利用し性的な関係を強要する行為=セクシャルハラスメント。社会的な地位が高い人物による加害が度々報じられており、昨年12月に発覚した、フォトジャーナリスト広河隆一氏がジャーナリスト志望の女性に性的な関係を強いたことが記憶に新しい。一方でセクハラに関する報道が、人権侵害に対する告発ではなく、著名人や業界におけるスキャンダルとして消費されている向きもある。セクハラはどのように語られたか。社会運動を研究する莠きいろ氏は、昨年報じられた早稲田大学大学院における大学院生のセクハラ被害を例に、被害者の置かれた立場を無視した「タメにする議論」を批判する。(リード文責:谷町邦子)

 昨年6月20日、ウェブサイト『プレジデント・オンライン』にて、同編集部の鈴木聖也氏の署名記事「早大名物教授『過度な求愛』セクハラ疑惑」が公開された。「早大名物教授」とは、文芸評論家として著名な渡部直己氏(当時、文学学術院教授)を指している。

 記事によると、被害に遭ったのは、かつて同大学院修士課程現代文芸コースに在籍し、渡部氏の指導院生の立場にあった女性だ。発端は昨年4月。大学近くの飲食店にて、渡部氏から「俺の女」になるよう迫られたのだ。以前から渡部氏の行為に脅威をおぼえていた女性は、同月中に友人の同席のもと、当時コース主任だった男性教員に相談した。ところがこの教員は、事態の公表には及び腰で、女性を唖然とさせた。指導教員の変更は経たものの、女性はコースへの不信から登校不能となり、ついには中退を決めた。

 女性は昨年、渡部氏の処分などを求めるべく、学内のハラスメント防止室に被害を訴えた。苦情申立書は受理されたが、その過程では相談時に同席者がみとめられない、中退手続中だからと申立を受理できない可能性が示唆される、郵送や代理人による書類の手渡しが一度は拒否される、などの不適切な対応が続いた。さらには、渡部氏と近しい男性教員がコースの他の教員に口止めを働きかけたことを示唆する証言をも、提示している。

 渡部氏は6月26日に大学に〝退職届〟を提出したが、大学からは7月27日付で解任処分が下された。9月21日には、隠蔽を図った男性教員2名にも、訓戒に留まりはしたものの処分が下っている。鈴木氏は以上の経過と並行して、10月9日までに6本の署名記事を発表し、そのつど当該女性の立場を過不足なく紹介してきた。

セクハラをさしおいた文壇批判のための批判

 鈴木記事の公開以来、個人のブログやSNS上でもじつに多様な言及や証言がなされてきた。「文壇」関係者と思しき書き手の多くが報道について沈黙を守ったこととも相まって、一部では「文壇」の体質を問う声もあがった。

 たとえ一大学から身を離せても、その後も研究者や専門家を目指すなら、大学を越えた研究者・専門家コミュニティで加害者と対面するリスクにさらされることは、キャンパス・ハラスメント論の常識だ。今回特殊なのは、〝文壇〟と呼ばれる独特な領域もそこに含まれていたことだ。

 もちろん、被害者が置かれるだろう状況への想像なしに展開される〝文壇〟批判は、たとえそこで示された論点がいくら鋭くとも、タメにする議論にすぎない。

 さて、この告発には大学外のメディアが利用されたためか、報道の信憑性に疑義を呈する声もあった。福嶋亮大氏(批評家)の「文壇の末期的状況を批判する」(ウェブマガジン『REAL KYOTO』2018年8月18日)はそのひとつだ。

 福嶋氏は、被害者女性が告発するきっかけとなった「#MeToo」の「乱用」に「弊害」を見出し、「#MeToo」は「今やメディアの歪曲的報道の作成や拡散に『利用』されかね」ず、「『世間』の処罰感情」が刺激されて大学の査問の公平性が失われてしまうのではないかという。それを前提に、福嶋氏は、渡部氏の側にも名誉毀損への「反撃」の権利があると示唆してもいる。

 しかし、渡部氏解任とともに調査委員会が公表した〝解任事由〟は、鈴木記事とほぼ同じだ。また、福嶋氏の所論は、性暴力事件の判決で量刑が軽くされるときの常套句〝十分に大きな社会的制裁を受けた〟をくりかえしてもいる。福嶋氏の所論は的外れだ。

記事に署名を施すことは執筆者として責任を負うということ

 それより注目すべきは、そもそも一連の報道が鈴木氏の署名記事として発表されてきたという事実だ。自らの記事に署名を施すのは、執筆者として取材と観点に責任を負うという表明だろう。これには、被害者側の関係者の匿名=身許を守りつつも、確かな声を与える意味もあったはずだ。まして自らの報道に「反撃」を食らう危険性も高い。SNSにおける爆発的な「拡散」という現象に目を奪われて、私たちはその起点にあった、鈴木氏という裏方の「#MeToo」を聞きそこなってはこなかっただろうか。

 最後に。私は本稿を、本名ではなく、同人作家として使用してきた筆名でもなく、新たな筆名で執筆せざるを得なかった。このような執筆姿勢はダブルスタンダードではないのか。まして私は、早大関係者ではないし、当該女性と会ったこともない―このためらいを示して、当該女性を身近で支えた方々に敬意を表することに代えたい。こうした人びとの存在にもきちんと触れている点も、鈴木記事の隠れた美点であると思う。
※文中ウェブサイトの最終閲覧日は、いずれも2018年11月5日。

 早稲田大学のハラスメント防止室は、苦情申立てを受けた際の対応の不適切さを認めた。

 再発防止策について電話で尋ねたところ、学内でハラスメントが起こらない環境を構築するため、文学学術院の教員に対してハラスメントの防止に関する研修を実施、ハラスメント相談の外部窓口設置を準備するなど、体制作りを進めているという。セクハラ報道を業界や個人に対する批判としてのみ捉えず、どこにでも起こりうるとし、積極的に対策する必要があるのではないか。(まとめ文責 谷町邦子)

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