悲しみを越えゲート前には人々が続々と
8月8日18時半過ぎ、携帯でネットニュースを見ていた私は「えー、ウソー。翁長知事が死んだ」と、会議中にもかかわらず思わず大声で叫んでいた。「私の見間違いかもしれないから皆も確かめて」とまた叫び、誤報であることを願いながら半泣き状態だった。他の人々もすぐテレビをつけ、速報を一言も発せず呆然と見ていた。入院先の病院が中継されたり、号外が出たりとか、その晩は遅くまで情報が入り乱れた。
翌日のゲート前集会も、怒りと悲しみにあふれた発言が続いた。そして涙をぬぐいながら「翁長知事の遺志を継ごう」と誓い合い、追悼の意味で「月桃」と「喜瀬武原」を海勢頭豊さんのリードで口ずさんだ。
昨夜暗い中、辺野古のゲート前まで行き、立っていたアルソックの警備員に「あんたたちが翁長知事を殺したのよ」と言わずにおれなかった、と電話をかけてきた友人が悔しそうに話していた。安倍政権に翁長さんが殺されたと言っても過言ではない。しかし、私たちの翁長さんへの期待があまりにも大きく、こんなにも病状を悪くさせていたのか、こんなにも苦しめていたのかと思うと、申し訳なくて涙が止まらなかった。
いつも冷静な口調で、理路整然と沖縄の立場を日本政府や世界に対して訴えてきた翁長さんだったが、今年の2月の名護市長選挙では、何度も名護に駆け付け、稲嶺進選対の気のゆるみを厳しく指摘されたことは、忘れられない。
6月23日の慰霊の日の追悼集会の平和宣言では、「私たち沖縄県民は、アジア地域の発展と平和の実現に向け、沖縄が誇るソフトパワーなどの強みを発揮していくとともに、沖縄戦の悲惨な実相や教訓を正しく次世代に伝えていくことで、一層、国際社会に貢献する役割を果たしていかなければなりません」と、今後の沖縄の進むべき道をさし示してくれたと思う。直接翁長さんを見たのは、がんの治療をされながらのあの会場での悲壮なお姿が最後だった。
翁長さんの著書の「戦う民意」のあとがきに「どんな環境にあっても、大きな壁に当たっても、それでも負けずに力を尽くすというところに人が生きていく価値があります。難しいからといって一歩でも下がろうものなら、子や孫に責任を持った政治はできません」と、人として、政治家としての神髄があふれた言葉が残されていた。
辺野古海域への土砂投入が目前に迫るなか、翁長さんは撤回表明を7月27日に行なった。仲井真前知事の埋立承認を撤回する理由として(1)留意事項に付けられた環境保全図書に違反していること、(2)大浦湾には軟弱地盤が存在していること、(3)活断層の疑いのある断層があること、(4)新基地ができた場合、近くの国立工業専門学校、久辺小中学校などが米国防総省の高さ制限違反になることなど、承認時には想定していなかった違反事項や構造的問題が承認撤回の法的根拠として述べられていた。
県政内部では慎重論が強く、県民投票でも中心的な弁護士や行政法学者があくまで民意(この場合県民投票)に基づいた公益撤回でなければ、その後の裁判には勝てないというような法至上主義は、辺野古の闘争現場を理解していないどころか、工事の進捗状況の客観的分析にも欠けた見方だと言わざるを得ない。一日でも早い撤回を表明することが、残された県行政の取る立場だ。
翁長知事が命を張って土砂投入を阻止
知事が亡くなった今、9月30日に行われる県知事選挙に勝つことが現場にとっても至上命題だ。批判をためらうことなく、これまでの県政の撤回までの経過の検証を、メディアも含めて、運動側が主体的に行なうべきだ。オール沖縄の運動のあり方、意見広告や訪米団のあり方、ジュゴン訴訟とその日米双方の弁護団と環境団体との連携と撤回との関連が、これまで以上に問われてくる。
8月17日に予定されていた土砂投入が延期された。本部・塩川港から運ばれた台船6台分の土砂(赤土をふくんだ岩ずり)はどこかに避難してその時を待っている。沖縄中が悲嘆と悲哀の雨に打たれているさなかに土砂投入を行うことは、選挙に不利に働くとアベ・スガ官邸が判断したにすぎない。県政との意見交換と情報交換、開かれた民主主義、特にゲート前と本部・塩川港の座り込みや集会の強化と連携が求められる。
8月13日の故翁長知事の告別式の笑顔の写真は一生忘れられない。選挙対策とはいえ、土砂投入が延期されればありがたいことだ。翁長知事が命を張って阻止したのだと言える。
8月17日、辺野古の浜で450人集まった集会では改めて翁長知事に誓った。「あなたの遺志は皆で必ず受け継ぐ」と。海でも陸でも毎日活動は継続されている。全国の皆さん! ゲート前の集中行動日だけでなく、いつでも沖縄に来てください。名護市議選挙、知事選挙、宜野湾市長選、県議補欠選挙に向けて、弔い合戦が始まっている。全ての選挙で辺野古新基地建設反対を表明している候補者を当選させよう。
この文章を書きながら、やっぱり涙が止まらない。辺野古新基地建設が止まったよ、とうれし涙で翁長さんや志半ばで天国へ行ってしまった多くの先輩たちに報告できる日が来ると、全国の皆さん方と再度誓いたいと思う。 (2面上に関連記事)