防衛省は2016年、民間のフェリーと船員を自衛隊のために運用できるようにする、新たな制度をスタートさせた。契約した民間フェリーは、他国からの攻撃を受けた場合の防衛出動や災害派遣の際、72時間以内に出港して戦車などの特殊車両や自衛隊員を目的地へ運ぶ役割を担う。
防衛省が選んだフェリーは、青函航路で運航されていた高速双胴船「なっちゃんワールド」と、日本海で活躍した高速フェリー「はくおう」の2隻。船社や商社など8社で特別会社を設立、防衛省は特別会社とフェリー運航の契約を結び、10年間で250億円を支払う。
第2次安倍内閣で閣議決定された新防衛大綱では、北朝鮮や中国が新たな脅威と位置づけられ、有事には九州や沖縄へ部隊を迅速に運ばなければならない。だが、海上自衛隊が保有する輸送艦は「おおすみ」など3隻に過ぎず、そこで民間フェリーを活用することでコストの削減をはかることにした。防衛出動では民間人を乗せることはできない。
また、予備海上自衛官で一般の船舶に乗船可能な「海技資格」を持つ者はわずか8名であることから、目をつけたのが民間船員であり予備自衛官補制度である。
14年4月、第2次安倍政権は、それまで武器輸出を禁じてきた「武器輸出三原則」を閣議決定だけで廃止した。そして、名称を防衛装備と言い換え「防衛装備移転三原則」を策定、積極的に海外へ武器を輸出する政策へと転換した。
同時に経団連・防衛生産委員会の強い後押しもあり、発足したのが、防衛装備庁だ。その後この部署が、膨れ上がる防衛費に対して可能なものから順次民活への移転を促進するセンターとなる。「民間船と船員の軍事行動への活用」というアイデアを企画したのも、防衛装備庁装備政策部である。
民間の資金・能力を長期間安定的に最大限活用できるPFI事業方式(プライベート・ファイナンス・イニシアティブの略。民間の資金と経営能力・技術力を活用する公共事業の手法)により、自衛隊が優先的に使える船舶を確保する。特別会社が船員を雇用する際、防衛省は、「予備自衛官またはその希望者」の雇用を義務付けている。防衛出動の場合には、予備自衛官補である民間船員を運航に従事させる。こうしてモノ(船)カネ(資金)ヒト(民間船員)の軍による民活が成立する。
背景は軍事機能の民営化民間船員の死を繰り返すな
イラク戦争で明らかになったのは、民間軍事会社(PMC)の存在であり、その拡大だ。今や戦争ビジネスは10兆円産業といわれる。米国の産軍複合体に追従する安倍政権の目指す国とは、死の商人国家に他ならない。
事業計画で対象船舶とされた「なっちゃんワールド」と「はくおう」に引き続き乗船するためには、フェリー会社を退職して、特別会社に採用されなければならない。政府は、「予備自衛官になるかは船員の任意」(国会答弁)と言うが、「予備自衛官またはその希望者であることの確認」を迫られたとき、船員は断り切れるだろうか。どの道を選択するにせよ、強制と任意のはざまで苦しむことになる。
海員組合の組織内会議で、組合幹部が「組合員は乗っていない。船は新会社に移り防衛省の管轄なので、口は挟まない」と発言した。かつての海員組合ではありえないことだ。選択を個々の組合員に委ねることは、労働組合の死を意味する。
1938年に海員組合が解散させられ、皇国海員同盟結成へと衣替えを迫られた。その結果、海軍の死亡率16%に対して民間船員の死亡率は43%であった。船員の戦争動員を肌で感じる今、歴史を繰り返してはならないと強く思う。
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