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更新日:2004/07/09(金)

[投書] 「雅子さんがかわいそう」反論・意見特集

前号でもお伝えしましたが、弊紙1179号(5月25日号)の「記者の眼」欄に掲載した「まるで佐渡島のトキ扱い/雅子さんがかわいそう」に対し、読者の皆さんから多くの批判・ご意見をいただきました。

「家制度」「女性差別」「天皇制」等々の問題から、人民新聞が「どんなメッセージをどんな立場から伝えるメディアなのか」という新聞としての一番根本的な問題にまで至る、大変「重い」内容を持った批判です。

いただいた批判を、自己変革の糧として活かしていけるよう、奮闘していきたいと思います(編集部)

マサコはかわいそうか?▼兵庫・深見 史

天皇家批判は、風刺漫画や川柳の手法での性的揶揄など、斜に構えた形でなされることが多い。そうしたものを見聞きするたびに、私は不快感を抱いてきた。噂話に花を咲かせて溜飲を下げ、それで天皇制批判をしているつもりになるのはもうやめようよ!と言いたくなる。

秋篠宮の結婚の際、さんざん天皇制を笑いものにした歌を歌ったフォークシンガーが、歌の後で「でも、キコちゃんは僕のタイプです」と言った時には、この国の反天皇制運動市民の絶望的ともいえる質の低さをしみじみと味わい直したものだ。

先日の河合さんの記事にも気になるところは多い(以下、「 」内は河合さんの記事からの引用)。

まず、天皇家は「万世一系という貴種ゆえに保護された」のではない。天皇制は日本国家の基盤である家族制度と、そこから必然的に派生する差別的身分制度を保持するという、極めて政治的な理由で維持存続されているのだ。その役割が日本国家にとってどれほど重要なものであるか、以下の数字に読みとることができるだろう。

天皇家が使う費用は皇室経済法によって定められている。今年度を例に取れば、日常の費用としての内廷費三億二四〇〇万円、公的経費・皇室用財産の管理経費・施設整備費としての宮廷費が六三億三〇二万円、皇族としての『品位保持の資に充てる』ための皇族費総額が二億九九八二万円。合計約七〇億円。これは天皇制を維持するという目的を持った「公務に対する報酬」といえるだろう。

天皇制に費やされている費用はこれだけではない。国家公務員などの使用人給与や、皇族が全国行脚するときに地方自治体が賄う費用などを含めると、天皇制維持には最低でも年間二〇〇億円以上を要する。

また、天皇家は「全生活を税金でまかなわれる」人たちではない。

一九八九年に死んだ裕仁は、一八億六九〇〇万円の財産を残した。相続人である明仁は、相続税四億二千万円を支払った。戦後、天皇家には当時の金で一五〇〇万円という莫大な金額が残されたが、彼らはそれを運用して資産を作っている。

一九八七年に死んだ高松宮は、時価三四八億円の八千平方bの個人所有地を、国に寄贈するので皇室用財産として使ってほしい、と遺言。こうして『国に寄贈された財産』は『皇室財産として使う』ものとなった。天皇家には私有財産はない、とはこういう意味だ。同様に、「広大な所有地をすべて国家に没収され」たというのも、その土地が国民のものになったということではなく、『国がただで管理します』という意味だ。

それだけの力を込めて日本国家が必要とする天皇制は、その維持存続自体が重要な目的である。よって、皇太子妃マサコの仕事は何かといえば、徳仁とのセックスと男子出産だけだ。男系男子継承を存在意義とする天皇家にとって、男子を産まない皇太子妃など不要だ。

マサコはそんなことも知らずに結婚したとでもいうのか?それが人権侵害だというなら、皇室の撤廃を主張するのが道理ではないのか?

マサコ人格否定問題に関して、マサコの外交官キャリアを惜しむ声を聞くことがある。しかし、マサコが外交官をやめたことは残念なこと、とりわけ『働く女にとって』残念なこと、なのだろうか? 

教授・弁護士・銀行家・評論家(江藤淳)などの富裕層を存分に親戚に持ち、チッソ社長を祖父に、外交官を父に生まれ育ったエリート女の、その生まれ育ちゆえの華々しい経歴を、私たちが惜しむ理由がどこにあるのだ? 

その女が自ら選んだ行く末が皇太子妃という愚かな存在だからだとしても、日本の国益・大企業利益を代弁する外交官キャリアを重んじる理由など私たちにはない。

マサコの高齢とアイコ誕生によって浮上してきた女帝論や、それに類する天皇制の民主化?主張は、アメリカに『人道的な侵略戦争をしろ』と言うのと同じ、笑えない冗談にすぎない。『皇太子妃の人格を尊重する天皇制』はありえない。

マサコが採るべき道は二つしかない。いかなる方法をもってしても男子を産むか、離婚するかだ。皇室典範には離婚事項の記述がある。しようと思えば離婚はできる。

マサコはかわいそうか?

事実誤認からは批判力は生まれない▼大阪・萩 ルイ子

まず、河合さんの文章の見出し一行目について言っておきたい。「皇太子の『宮内庁批判』発言」となっているが、訪欧直前の皇太子の記者会見が宮内庁を批判するためにだけ行われたと考えるべきではないと思う。

周知のように、憲法第一章天皇第二条で「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定められており、皇室典範では、「皇位継承は直系男子に限る」と定められている。心情的に推測して、最も雅子さんに男子を生んで欲しいと願っているのは皇太子と彼の両親である天皇夫妻であると考えるのが自然である。皇太子は天皇夫妻への批判もこめて、あの記者会見に臨んだと考えた方が妥当である。

皇太子の文書提出などによって、雅子さんへの同情論が湧きあがっている。これら一連の情況によって皇室典範の一部を改定して、女子でも皇位継承が出来るようにと世論の地ならしが、マス・メディアこぞってなされているのではないか。私も含めた天皇制批判勢力は、このような皇室典範の改定に反対する!

次に河合さんの文章中、「万世一系」という貴種ゆえに保護されたのだから≠フ「万世一系」は疑問点が多い。岩波新書『日本社会の歴史(下)』(網野善彦著)には「あたかも京都の王朝・幕府に対する強硬派の長慶(ちょうけい)〔後村上天皇の子〕天皇に代わり、融和派の後亀山(ごかめやま)天皇が吉野の天皇になった機会をとらえ、(足利)義満は和平工作をすすめ、一三九二(明徳三)年、「両統の迭立」を条件にして(実際には履行されない)、吉野の王朝を京都の王朝に吸収することに成功する(南北朝合一)。一三世紀後半からはじまった天皇家の大分裂はここで幕を閉じたが、すでに京都の王朝自体まったく無力化しており、これを境に、天皇家の権威は完全に地に落ちることになった」と書かれている。また中公文庫『日本の歴史H・南北朝の動乱』(佐藤進一著)には「時の係り検事小山松吉の回想によれば、幸徳(秋水)自身は法廷で、現在の天皇(明治天皇)は南朝から皇位を奪った北朝の子孫ではないかと述べて、裁判長を沈黙させたという」と書いてある。

憲法上、天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴≠ナある限り、日本中世史を専門とする歴史学者諸氏は、天皇家の血統を南北朝動乱の時代までさかのぼって、徹底的に検証していただきたいと切に願う。

その広大な所有地をすべて国家に没収され≠トはいない。面積は知らないが、天皇家は広大な御料牧場を所有しており、無農薬野菜を栽培させ、ヨークシャー系の黒豚を飼っているとのことである(二〇年ぐらい前のNHK番組)。

金額は正確には知らないが、皇太子夫妻は何億という生活費(年収)が国庫から支払われており、これが彼らの公務に対する報酬でなくて何に当たるというのか。

昭和天皇の侵略戦争責任を不問に付して、退位させることさえしなかった日本人民の子孫が捧げた皇太子夫妻への形を変えたオマージュが、「まるで佐渡島のトキ扱い/雅子さんがかわいそう」と題する文章である。

「没主体的」な批判能力と行動 やっぱり「日本人」なんだなあ▼米国・ウンジャ

ここ数年、友人の計らい(配慮)で貴社の新聞にふれる機会が与えられ、送られて来る度に全記事すべてを細かく読むということはしてこなかったけれど、一応ひとつひとつのトピックスには目を通してきました。興味をそそる記事や学ばされる記事が掲載されて一つの良い情報源だと思う一方で、号数を重ねていくうちに、私のなかで、なにかしら、貴紙に対する苛立ちの伴う疑問が大きくなっていくのを覚えました。それが何であり、どこから来るのかということが、一一七九号の河合氏の「天皇家皇太子姫雅子」(全然関係のない人間には呼称すらどうすべきなのか戸惑ってしまう)に関する記事を読んではっきりしました。

「日本人」による「日本人」向けの「日本語」によるメディア・言論機関の意図・目的に対する疑問であるということです。とりわけ自他共にオータナティブメディアの役割を果たしてきた、あるいは目指そうとしている貴紙ですらその目的を把握しがたいというところからの苛立ちというか「失望感」です。

たとえば、時節がら反戦・反米の記事が紙面の大半を占めている号が多いということは理解し得ます。しかしほとんど毎回の「トップニュース」が、反米記事の紙幅に費やされているのを見ると、この新聞のメッセージの意図は何なのだろうか?と考え込んでしまいます。

「メディアは教育の手段」と思っている私にとって、反米という「原則」は当然のこととして認めつつも、日本で報じる時の具体的な意図、「日本国」に住む人々に、何を伝え何を共有し教育していきたいのか、が伝わってこないのです。言い換えれば「意図」と「戦略」は区別されるべきで、「反米」は「反米感情」を植えつけることが「意図・目的」でないのであれば、教育の「戦略」手段としてアメリカ一国世界覇権の野望と日本の権力層の野望とどこでどう一致し、日本の権力者たちがどのように利用しているのか?という分析・見解・説明が十分なされなければならない、と思います。言い換えれば、小泉政権批判もよく掲載されているものの、そのトーンがいつもアメリカに「追従・迎合」する政権としての批判です。この図式での政権批判は、根本的な日本の権力構造にメスを入れる批判になりえないし、むしろ「真の悪」はアメリカだという逃げ口を与えるのに役立っているかもしれません。それでなくても「日本国民」ひとりひとりの「日本国家」に対する批判能力が欠如しているこの時代に、より「没主体的」な批判能力と行動しか生まないと思います。

この「没主体的」な「個」のあり方に通底するものが、河合氏の「天皇制」批判─批判になっていないけれど─の記事でもあると思います。投稿者の意図とは違うだろうが、読み手(私)はこの記事を読みながら、なぜ他国と比較して「私有財産」が奪われて「気の毒」だから「まし」という論理を想定させるような内容になるのだろうか?無意識のうちに「天皇家」を擁護していることに気がついていないのか?と思いました。

この「天皇家」を見る筆者の「位置」が「没主体的」であり、「日本人」なんだなあと思ってしまわざるをえないのです。この「位置」は、小泉政権をアメリカの「追随者・迎合者」と位置付けている「日本人」の主体性の内実と同質の「問題性」を内包しているように思いました。

貴紙が日本社会で「日本語圏」の人間に発信し、よりよい社会に向けての社会変革を望んでいるならば、「反米」、「反小泉政権」、「反天皇」が、「日本」に住む私たちの日常生活の「利害」とどういう関係があり、その「道」がいかに「人間らしく」すばらしく生きる道であるのかという「自負」・「連帯感」そして「元気」が与えられる「意図・目的」を明確に、そして具体的に伝えていかなければならないのでは、と思いました。

愛子さん引き取ってシングルマザーやったら? 「家制度」の闇に落ち込んだ雅子▼兵庫・KY

まず前提として、私は天皇制に反対だし、ましてや「かくれ雅子様ファン」でもない。「上から読んでもまさこさま、下から読んでもまさこさま」とおもしろがっているだけだが、今回の皇太子発言にはびっくりさせられた。

あのぼんぼんの皇太子が初めて自分の言葉でまともなこと言ったなと。これはワールドカップ時の天皇の暴露発言(私の祖母方の先祖は古くは高麗から渡来したので、天皇家と韓国は遠からぬ関係ですという発言だったと思う)に次ぐものだ。

そして、単にお仕着せの原稿以外の言葉を放っただけでなく、公の場で自分の妻をかばった内容というのは、かなりポイントが高い。

日本の男が公の場、たとえば親戚が集まる法事で「妻に子どもはまだ?と言わないでほしい。人権を否定しないでほしい」なんてどうころんでも言わないだろう。それをシラッとした顔でハッキリ言ったんだからその点はほめてやろう。

一方の雅子さん。男女雇用機会均等法時代の華々しい経歴をもちながらも皇室に入ったら単に男児を産むことだけ期待される。女だったら産めるはずとばかりに日本の不妊治療の威信をかけての子産み強制治療。そして期待されない女児誕生。心労から来る病気…。

雅子さんは、女の身体も心もズタズタにする不妊治療の犠牲者であり、男児を産めと強制され、理不尽なあつかいを受ける日本の長男の嫁(!)そのものなのだ。だから女性の同情論も多い。家制度の闇に落ち込んでいるから。

この解決について私たちには知ったこっちゃないのだが、女帝を認めよ!憲法や皇室典範も変えて!という流れになっていくのを恐れる。それよりも、無理して産まなくていいんだよ。女の人生、やり直しきかそうよ!愛子さん引き取ってシングルマザーやったら?と女の立場から言いたい私だ。これって「かくれ雅子様ファン」かしら?

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