★日本赤軍・重信房子さんへ |
新たな出発にあたって |
だからこそ、
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歴史的総括へ多くの人々の活発な論議を! |
編集部・津林邦夫 |
2001年 6月5日
通巻 1078号
獄中という困難な条件下、「歴史的総括」に向けて元気かつ真摯に意見表明・問題提起を続けておられることに、まず敬意を表したいと思います。
本紙は昨年11月の重信さんの逮捕以降、弾圧への警戒と反撃――暴露を第一に呼びかけてきました。過去の丸岡さん逮捕時の例を引くまでもなく、「日本赤軍関連」をこじつけた公安の無差別の弾圧の拡大が予想されたからです。事実、現在までの時点で関連逮捕者は8名、家宅捜索は明らかになっているだけでも全国で200ヵ所近くに及んでいます。
その間、私たちと周辺へも含めた弾圧を通じて、あるいはマスコミなどの情報を通じて知りえた一連の経過や実情に、「何故、どうして」と思わざるを得ないことも多々あり、編集部などで論議を続けてきました。弾圧は決して終わったわけではなく、公安はマスコミへのリークなどを通じて一層の拡大をもくろんでいます。が、重信さんも含めた被逮捕・起訴者の公判が開始され、さらに判決が出された人々もおり、とりあえずは「一段落」ついたのではないかと思われること、そして重信さん自身や「支える会」から総括にむけた論議が提起されていることを踏まえ、この間の事態について私たちの意見を明らかにし、多くの人々の論議を呼びかけることにしました。
私たちは、論議の前提として、この間明らかになった具体的問題から総括するべきではないかと考えています。本紙でも拘留理由開示公判での意見陳述などを紹介してきましたが、「文芸別冊」(2001年1月発行)、「情況」(2001年6月号)を通じて公表された重信さんの公判における意見陳述は、30年の闘いの総括の上に立った「日本赤軍――人民革命党の解散」「武装闘争の放棄――合法・公然活動への転換」に力点が置かれ、一連の弾圧については「全ての責任は私にあります」「自己批判と謝罪の意を表明します」としか述べられていません。
重信さんの帰国や被逮捕自体がそうした根本的な路線転換との関連であったこと、今回の弾圧全体を踏まえた法廷戦術などを考えれば止むを得ない側面もあるのだと思います。そして、提起されている問題については、今後、私たち自身の総括も含めて真剣に向き合い論議していくべき問題だとも思います。しかし、一方で何か虚しく空々しい思いになってしまうのも事実なのです。それは、この間の弾圧を通じて明らかになった重信さん――日本赤軍(人民革命党
)の在りようと、重信さんの意見陳述で述べられている「思い」との間のズレ、乖離に起因しています。
「主観的な『思い』や『つもり』に固執するのではなく、人と人との具体的関係、客観的現実から自らを捉え返し、変革していくこと」――1977年の5・30声明で重信さんたちがアラブでの闘いや敗北の中から私たちに返し、提起してくれた総括です。21世紀の新たな出発にあたって、だからこそ、自らの客観的在りようを再々度、直視し、捉え返し、変革していくことが問われているのではないでしょうか。
以下、私たちの率直な疑問、意見・批判について提起します。
まず何よりも問題だと思うのは、重信さんが「偽造旅券」の名義についてK病院の実在の患者さんを利用したことです。これについて重信さんは、意見陳述の中で「社会的弱者の方の名義を利用したことについて、変革を求め、弱者の立場に立つものとして自己批判」しています。「一般的に言うなら、そう言うしかないのかなぁ」とは思います。が、この問題は「一般的」に語られてはならない問題を孕んでいます。
前述の5・30声明、そしてそれ以降の重信さんたちの総括の基本の一つは、「人民が闘う主体であり、人民が党を支援するのではなく、党が人民を支援しなければならない」、つまり、これまでの党(指導)―人民・大衆運動(被指導)の関係・在り方を根本的に転換しようとの呼びかけでした。今回明らかになった実態はこれとは裏腹の、党を人民・大衆運動の上位に置き、人民・大衆運動をせいぜい党の「隠れ蓑」としてしか考えない旧態依然たる在り方だったのではないかと言わざるを得ません。
現在本紙で連載中の上田等さんの「私の総括」で触れられているように、
病院は北摂地域での医療運動・大衆運動の蓄積の中から1964年に設立され、「その後30余年にわたって、日本精神医療の変革を先進的に実践して社会に大きな影響を与え、延べ数万人に及ぶ精神病患者の治療と解放に貢献」してきました。その活動が、医師や職員、患者・家族、そして地域の運動や人々の苦闘によって支えられてきたことは言うまでもありません。今回の弾圧で公安が狙ったのはそうした基盤・蓄積自体の破壊であり、弾圧は執拗を極めました。幸いにして当事者・関係者の努力と多くの人々の支援により公安の卑劣な目論見ははね返されました。が、当事者・関係者の間には深刻な不信が残されたままです。
その不信は、1つは言うまでもなく、精神医療で最も守らなければならない患者さんの人権を自らの政治的目的のために利用し、踏みにじったという事実によっています。もう一つ留意すべきは、弾圧の過程で浮き彫りになった、今回逮捕された人々の運動の私物化、あるいは利用主義としか思えない病院・医療運動への関わり方、考え方の問題です。ある意味では、患者さんの名義利用という問題はたまたま起きたのではなく、むしろ起こるべくして起こった問題だとも言えます。
この点についての真摯な総括と自己批判を抜きにいくら「人民と共に進む合法的で公然とした活動」が強調されようと、それは「客観的現実」から浮き上がった「主観的願望」の中での論議にならざるを得ないのではないでしょうか。
2つめは、重信さんの「アジト」から押収されたという膨大な数の資料・記録についてです。その全ては現在、公安の手中にあるため正確な実態は知るべくもありませんが、少なくとも今年に入ってからの不当捜索・逮捕の多くが「押収資料の分析」に基づいて行われたことは事実でしょうし、公判、公安、マスコミなど様々な回路を通じて知り得る範囲に限ってみても、呆れるしかない、私たち自身の「ガサ対」なぞ無意味ではないかと思ってしまうほどのものでした。
この点については救援運動関係者からも問題提起がなされており、詳細は省きますが、被逮捕も予想される、しかも当然その場合は「関連」の弾圧が広範囲に展開されるに決まっている状況下で、何故非公然活動の原則を逸脱しているとしか思えない資料や記録を保持していたのか、誰もが抱く疑問だと思います。
最後に、重信さんたちの「組織」「共同性」のありようについてです。重信さんの逮捕が非常に衝撃的だった分、余計に重信さん自身から、「当事者」とされた人々から、どのような見解が表明されるのか、私たち自身も注目していました。ところが、逮捕後、重信さん以外の人たちから表明されたのは、獄中の同志を中心とした「敗北を勝利への礎に」「これまでもそうやって問題を克服してきた」という言わば「身内同士の励まし合い」であり、足立さんの「解散声明を断固支持しよう」というこれまた身内への檄文でした。
重信さんたちが、困難な状況下でさまざまな経験や敗北を教訓化し強固な信頼関係と「共同性」を創りだしてきたことを否定する気は全くありません。そして、獄中の同志たちにとっては情報も限られ、かつ混乱の最中であったという条件も理解できます。しかし、日本赤軍が「変革の担い手」を自認する以上、今回の事態についてメンバー全てが日本の人々に対して総括と見解を明らかにする「政治的責任」を負っているはずだと思います。
皆がひたすら重信さんの発言に期待・注目しそれにエールを送るという構造に違和感を覚え、「これは政治性、指導性(この言葉がふさわしいのかどうか分かりませんが)の喪失、極端に言えば当事者性の解体・喪失ではないのか」との危惧を感じてしまうのは、私だけなのでしょうか。
以上、とりあえず私たちの意見を一方的に書かせてもらいました。「勝手なことばかり言って」と苦々しい思いをされるかもしれません。私たちはこれを私たち自身の総括も含めた論議の出発点にしようと思います。いくら時間がかかろうと構いません。徹底的かつ活発・元気な論議を!多くの批判や意見を!
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《この呼びかけへの応え》
★編集部からの問題提起に応えて (1082号)
自分たちの総括地平や組織原則に立ち返って考えることを放棄している(城崎)
★人民新聞編集部からの批判にこたえて (1081号)
(元日本赤軍メンバー・戸平和夫)