2016/2/22更新
小出裕章(元京大原子炉実験所助教)さんインタビュー
福島原発事故から5年が経とうとしている。震災当日に発令された原子力緊急事態宣言は未だに解除されず、12万人が避難生活から出られないという異常が日常になった。安倍政権は、事故を過小評価するため福島への帰還政策を推進しているが、当時18歳以下の子供らを対象にした県民健康調査で、甲状腺がんと確定した子どもが115人となり、全国の平均罹患率を大幅に上回っている(福島市〜郡山市間で約50倍、原発周辺地域で約30倍)ことも明らかになっている。こうした分析を発表した岡山大の津田敏秀教授(生命環境学・環境疫学)は、「何の準備もされていない」と批判している。
2月19日、小出裕章さんに、@事故原発廃炉作業の現状、A電力自由化について、B原子力ムラ完全復活の理由について聞いた。小出さんは、巨大事故の刑事責任が不問にされている不条理を強調した。(文責・編集部)
編集部…原発廃炉作業の現状についてお聞かせください。
小出…残念ながら、基本的には進んでおりません。最大の問題は、熔け落ちた炉心に大量の放射性物質が含まれていることです。熔け落ちた炉心を回収するため、膨大な作業を続けていますが、炉心が、どこに・どんな状態にあるかすら、まったくわからない状態です。
現場は、人間が調査に行けば即死してしまうほどの放射線が飛び交っています。代わりにロボットに行かせようとしていますが、ロボットは放射線に対してとても脆弱です。
コンピューターへの命令が書き込まれているICチップは、ゼロとイチの二進法という言語で書かれています。ゼロとイチを順番に認識することで、命令を実行します。ところが、ゼロだった命令信号に放射線が飛び込んできてイチに書き変わってしまうと、命令の全てが書き変わり、故障に至ります。
その上、現場は、実験室のような好条件ではなく、グレーチング(排水路の蓋のようなもの)があちこちにあるわけですから、車輪などが引っかかってしまうこともあります。東京電力は、これまで何台ものロボットを現場に行かせましたが、全て「討ち死」して1台も戻ってきていません。未還のロボットの状態を知るために、別のロボットを行かせましたが、これも戻ってきませんでした。
しかもこれらのロボットは、炉心からはるか外側の場所にしか入れていないのです。熔け落ちた炉心の主要部分は、ペデスタル(圧力容器を支えるコンクリート製の構造物)にあるはずですが、ここには到達できていません。ロボットによる調査は、初期段階すら越えられていません。
炉心が再臨界すると、大量の放射性物質が吹き出してきてしまいますので、東京電力は、これを防ぐために、原子炉に向けて注水し続けています。炉心に届いてくれるだろうという期待のもとに、水を入れてきたのです。ところが、この注水よって、放射能汚染水が増え続けます。現在は、敷地の中にタンクを作って汚染水を貯めているのですが、限界に近づいていますので、いずれ破綻します。
汚染水には猛烈な濃度でセシウムやストロンチウムが入っていますので、これらを取り除く作業を実施しています。法律には施設外に流していい濃度があるのですが、基準値まで取り除くことは極めて困難です。さらに、トリチウムという放射性物質は、取り除くことが全くできません。
汚染水は次々に溜まり、トリチウムへの対策もなく、いずれ敷地内のタンクがいっぱいになって、海にそのまま放流させる時が近い将来くるだろうと、私は予想しています。
だからこそやるべきことは、たくさんあります。原子炉を熔かさないための注水はやめて、金属などによる冷却法も含めて別な手段を試すべきです。
東京電力は、汚染水を減らすため原子炉に流入する地下水を遮断しようと、凍土壁(地下の遮水壁)造成工事も行っています。鹿島建設が3百数十億円で請け負って、工事を進めていますが、これも実現できないでしょう。凍土壁以外の、例えば、コンクリートや鋼鉄、あるいは粘土による遮水壁を、早急に築かなければいけません。
東電は、熔け落ちた炉心の状態を把握し、回収すると言っていますが、その前に、使用済み燃料プールに残っている燃料を回収しないといけません。ところが、1・2・3号機は、原子炉建屋の中の使用済み燃料プールのある場所が猛烈に汚染され、人が近づくことすらできません。
除染をして人が入れるようにした上で、使用済み燃料をプールの底から吊り上げて回収しないといけません。そのためには4号機でやったように大型クレーンの設置工事が必要で、1〜3号機の原子炉建屋の上に巨大なクレーン建屋を被せる工事も必要です。
これらの大規模工事に、何年掛かるのかわかりませんし、燃料プールから使用済み燃料を取り出したとしても、次に熔け落ちた炉心がどこにどんな状態であるのか?それを回収することはできるのか?というとてつもない課題を考えると、数十年という時間が必要になってくると思います。
−凍土壁工事が破綻する理由は。
小出…凍土壁という技術は、トンネル掘削時に、地下水が噴き出すのを防ぐため、土を局所的に凍らせて奥へ掘り進めるといった場面で用いられてきました。しかし、福島第一原発で予定されている凍土壁工事は、深さ30b、長さ1・5`という巨大なものです。常に土を凍らせるための冷媒(液体)を流し続けなければいけませんが、電気が止まると、冷媒を作ることも流すこともできないのです。また、冷媒を流す長いパイプのどこか1カ所が破れたり詰まったりすれば、終わりです。「技術」というものには、避け難く小さなトラブルが付随していますので、深さ30b・長さ1・5`の凍土壁を維持し続けることは、事実上不可能です。
そのうえ、地下水の流れは均一ではありません。少ない場所もあれば、相当な量で流れている場所もあるわけで、ダムと同じように一カ所でも破れてしまえば、そこから地下水が流れ込み、穴が拡大して全体が機能しなくなるわけです。そういう巨大な凍土壁を長期間、正常に維持し続けることなどありえないと思います。
−電力自由化に関心が高まり、新電力を買う動きも高まっています。小出さんの意見は。
小出…まず私は、原子力発電を進める会社の電気は絶対に買いません。私は長野県の松本市に住んでいますので、もし中部電力が原子力を推進するならば、買わないつもりです。自然エネルギー比率の高い会社から買いたいと思って調べている段階です。
ただし、今回の電力自由化にはさまざまな罠が仕掛けられています。原子力発電を行うと、放射性廃物が発生し、処理するための膨大な費用がかかります。原発を進める電力会社が処理費用を負担するのが当然ですが、この処理費用は送電会社の負担とされてしまっています。つまり、送電線を利用する限り、新電力会社も負担する仕組みになっているのです。消費者が太陽光など自然エネルギーを運用する会社から電力を買ったとしても、放射性廃物処理費用も支払うことになるのです。つまり、電力自由化によって、原子力から足を洗えるか?消費者としての選択で原子力から切り離される存在でいられるか?といえば、違うのです。
−原子力ムラが完全復活しています。その理由は?
小出…日本の人々の多くは「核を平和利用するために、原子力発電が推進された」と思っているようですが、大きな間違いです。さまざまな形で明らかとなっていますが、原子力を推進する動機は「原子力の平和利用」を謳いながら、核兵器を作る潜在的な能力を持ちたいというのが最大の理由です。
核兵器保有を追求する国策として原子力発電が推進され、この国策事業に電力会社や巨大原子力企業・ゼネコンなどが金儲けをしようと、巨大な利権集団を形成しました。こうして「原子力発電だけは絶対安全」という神話がねつ造され、挙げ句の果てに福島第一原発事故に至ったのです。
私が福島原発事故から得た教訓は、「事故を起こせば、本当に破局的な被害が出てしまう。なので、即刻全て辞めるべきだ」です。しかし、原発を推進してきた人たちが事故から得た教訓は、全く違っていました。
彼らは、「どんなに巨大な事故を起こし、悲惨な被害を住民たちに与えても、誰も責任を問われず処罰もされない」ことを学んだのです。「電力会社は絶対に潰れない」ことを福島の事故から知ったのです。
こうなると、怖いものはありません。電力会社は、金儲けのために躊躇なく再稼働に向かっているわけです。巨大原子力産業は、再稼働しなければ利益が入らないだけでなく、海外に売りつけにくくなります。
「日本国内では原発を運転できないけれど、買ってください」というセールストークは通用しないので、「自分のところでも稼働している」事実を見せなければいけません。原発輸出のためには、なんとしても再稼働したいのです。その基礎には核保有能力を維持したい国家の要求があります。つまり、原子力から足を洗うという選択は、彼らには全くないということです。
しかし、これだけの被害を与えたわけですから、個人も含めて誰も責任を負わないことが許されていいのでしょうか。特に重い責任のある東京電力の会長や社長、歴代の自民党の有力政治家たち、原発安全神話にお墨付きを与えた学者たちなどを、具体的に処罰しないといけません。
事故を起こした東京電力がのうのうと居残って、今では黒字企業になることなど、到底許すべきではないと思います。「原子力発電所で事故が起きれば、企業として生き残ることはできない」ということを、彼らにきっちりと教えないといけないと思います。
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