2015/12/3更新
元防衛省幹部 柳澤 協二
11月8日、兵庫県宝塚市で「市民の力で社会を変えよう!連続市民講座」第1回目となる講演「変貌する安保政策と日本の将来」が開催された。講演者の柳澤協二さんは防衛研究所所長、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)などを歴任し、現在は集団的自衛権に反対する論陣を積極的に展開している。柳澤さんおよび同集会実行委の許可を得て、@法的安定性の視座を通した安倍政権批判、A自衛隊員へのリスク、B「安保法制」の具体的な内容について、同講演を概括して掲載する。(編集部ラボルテ)
私たちに問われているのは、「安保法制」が「戦争法案か平和法案か」ではなく、日本が武力を使って、国と国との関係を処理する、あるいは武装勢力と対決する、それを世界に向かって宣言するのかという「国家像の発信」です。
集団的自衛権を行使するのは、「存立危機事態」とされています。「存立危機事態」と言っても、政府答弁を聞けば聞くほどよくわかりません。わかるのは「存立危機事態を政府が判断する」ことです。問題は、政府の判断が信用に値するか、です。私はテレビの対談で、「民主的かつ正当に選ばれた政府をあなたは信用しないんですか」と問われたことがありました。私は信用しません。キーワードは「法的安定性」です。
総理の側近は「国を守るために法的安定性はなくていい」と発言しています。法的安定性は、国防だけでなく、税制や教育システム、社会保障、労働法環境など、広く含んでいます。市民生活というのは、憲法を頂点とする法的安定性の大きな枠組みの中で営まれています。
「国を守るために法的安定性はなくていい」というのは、「国を守るために国を壊していい」と発言しているわけです。私が政策決定の中枢にいた経験から言っても、政府が常に正しい判断をするとは限りません。「これは間違えた」ということは、いくつもあります。国民から見た問題点は、間違いの幅をいかに少なくさせるかであり、政府が「法的安定性を尊重するか、しないか」ということに関わってきます。
「集団的自衛権によって外交上の選択肢が増えるのは良いことだ」との見方がありますが、私は「対米従属以外の選択肢が取れなくなった」という見方を持っています。アメリカは「法律上可能な米軍支援をどうしてやらないのか」と日本政府に圧力をかけて、さらなる対米従属が進むでしょう。
日本政府はこれまで、日米同盟枠外の外交を行ったこともなければ、アメリカの武力行使に反対したこともないのです。橋本元総理は、「日本政府はアメリカの武力行使に一度も反対したことがない」と答弁しています。これまでは「米軍支援」は憲法上の制約で非常に限定的でしたが、これからは「米軍支援」がより一層積極的になります。
強行採決を行った政府与党には、「自衛隊設立当初は大多数の国民が反対したのに、いま90%の国民が自衛隊を支持している。時間が経てば世論は変わる」という発想があります。しかし、世論は実態を見ながら変わっていくわけです。
PKOが立法化された当初、「戦争になる」と多くの反対の声があがりました。国民の90%が自衛隊を支持するようになったのは、戦争に加担せず、災害派遣に従事し、誰一人も殺していない戦後70年間の積み重ねがあったからです。その延長線で、PKOに対する支持も上がってきています。
ところが、「安保法制」はこの前提を変えます。「世論は変わる」という問題ではありません。私が40年間、防衛官僚として仕えてきた自民党政権ではありえなかったことです。
どの政府にも共通するのは、戦争を始めると支持率が上がるという事実です。ブッシュ政権はイラク戦争開戦時に70%台の支持率でした。プーチン政権はウクライナに攻め込んで80%台の支持率を得たのです。安倍政権も、勇ましいことを言うと支持率が上がります。なぜなら、国民の間に閉塞感があるからです。「間違ってもいいから、強い政府がいい」のか、「強くなくても間違いの幅が少ない政府を選択する」のか。国民はどういう政府を求めるのか。これこそが、「安保法制」の背景にある、民主主義のあり方に関わる本質的な問題だと思います。
安保法制によって、自衛隊員に対するリスクが高まります。安保法制で武器使用権限が拡大し、新しい任務が付加されますから、リスクが高まるのは当然です。
しかし政府は、一貫して認めておらず、「リスクはあるかもしれないが、訓練によって限りなく小さくできる」と答弁しています。「訓練で危険を回避するなら、どういう訓練なのか」も不明です。
いま海外PKOの現場で最も被害が多いのは、お腹に爆弾を隠して行う自爆テロです。自爆テロを防ぐには、10m〜15m以内に近づいたら、撃つしかありません。何度も訓練して、何も考えずに反射的に撃てるようにする。ところがこれには、「撃ち殺した相手がテロリストでなかった場合はどうするのか」という問題が出てきます。住民の敵意と憎悪が拡大し、さらに危険な状態に陥っていきます。
@自衛隊法の改正です。「武器等防護(※注@)」の条文に、米軍を含んだ外国軍の武器が新たに加わりました。地理的制約もなく、例えば、海外展開する米軍艦船が攻撃を受けた場合、自衛隊の現場判断で応戦が可能です。
これは、第一次安倍内閣からこれまで集団的自衛権をめぐる重要テーマとして扱われてきましたが、今回の自衛隊法改正で「緊急避難的な武器使用」としてさらっと扱われています。条文が注目されないまま強行採決されましたが、戦闘行為に総理大臣の命令も国会の承認も不必要という、戦争に拡大する条文が、「平時の武器使用」と、目立たない位置づけに入っています。
A「米軍支援法制」と私は呼んでいますが、「重要影響事態法」と「国際平和支援法」です。これも地理的制約がなく、この二法で米軍を全面的に支援することが想定されています。従来の周辺事態法では、「自衛隊の活動範囲は非戦闘地域に限る」とされていました。重要影響事態法では、「非戦闘現場」に拡大しています。
「米軍支援法制」で、戦闘地域への派遣が事実上可能となります。また従来であれば、支援に関して弾薬の提供はせず、発進準備中の航空機への給油も行わない、と除外していました。今回は、弾薬提供も発進準備中の航空機への給油も可能です。発進準備中の航空機とは、爆撃を任務とする航空機も含まれます。これに補給を行うことは、戦闘行為そのもので、従来、憲法上禁止されている武力行使と考えられていたものです。
B罰則規定の改正です。例えば、防衛出動で自衛隊員が勝手に職務を離れることは、7年以下の懲役に処せられます。安保法制の中では、防衛出動の隣に新たな条文を加えて「前条の規定は海外においてもこれを適用する」とあります。これまでの海外派遣は、志願者から要員を選んでいましたが、命令によって海外派遣することが可能となります。
CPKO法改正について。これまでのPKOでは、軍事的任務は行われず、道路修復など人道支援的な任務のみでした。PKO法改正によって、駆けつけ警護(※注A)や住民の保護が新たな任務となります。検問やパトロールといった治安維持業務が可能となりましたが、これは自爆テロの対象になる危険性が一番高いものです。
自衛隊は06年7月に、イラクから撤収しました。私が小泉元総理に申し上げたのは、「一人の犠牲者も出さず、一発も撃たなかった」ことです。現地には600人の自衛隊が展開していました。周りには何十万のイラク人がいます。一発撃ったら、何発返ってくるのか。「武器を用いることは危険を増大させる」、これこそが教訓です。
自衛隊はイラクで緑色の戦闘服を用いました。なぜそんな目立つ格好をするのか?それは、「米軍とは違う、戦争をしにきたんじゃない」という決死のアピールです。それでも時々弾が飛んできたのが、イラクの実状でした。
これ以上のことをやったら、戦死者が出ます。いま声を上げなければ、将来死ぬかもしれない隊員に対して私は申し訳ないと思っています。政治家たちは「訓練をすれば大丈夫」と言いますが、目の前にいる人間に向かって反射的に引き金を引く訓練をすれば安全になるのか?「自分の問題として考えてごらん」ということです。許しがたい思いで見ています。
戦争学には「時代精神」という言葉があります。戦後70年、「戦争だけはしてはいけない」という時代精神がありました。安倍総理がやろうとしているのは、「普通の国になる」ことです。戦争のために必要なことは、国民の感情を煽ることです。その方が選挙で勝つこともできる。政治がナショナリズムをかきたてる、そこに本質的な要因があります。
自衛隊が海外で一発目の弾を撃つ前に、私たちはこれを止める時間が残されています。[注]
*注*
@武器等防護…自衛隊が保管する武器の強奪などを防ぐための武器使用を認めるという法律規定(自衛隊法95条2)。
A駆けつけ警護…国連やNGO職員、米軍などの他国軍が武装勢力などに襲撃を受けた際に、自衛隊が対応するというもの。自衛隊が展開する南スーダンPKOで初適用される見込み。
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