2015/12/3更新
鵜飼 哲さん(一橋大学教員)インタビュー
パリ同時多発テロに対し、オランド仏大統領は、非常事態宣言を布告するとともに、IS=イスラミックステート支配地域への空爆を続けている。アメリカのオバマ大統領、プーチン大統領とも会談を行い、軍事作戦強化を話し合った。しかし、空爆こそ無差別テロであり、軍事的報復で対立がより高まることは明白。犠牲者は増えるばかりだ。
今回のテロ事件でフランス・欧州は、どう変わろうとしているのか?なぜフランスが攻撃目標となったのか?鵜飼哲さんに聞いた。鵜飼さんは、「国家や軍は市民を守らない」としたうえで、テロ事件を利用した非常大権の拡大=基本的人権の制限こそ警戒すべきだと語った。(文責・編集部)
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編集部…フランス政府と民衆はテロにどう対応しようとしていますか?
鵜飼…フランス政府は、まず非常事態を発令しました。非常事態には、憲法上、@緊急令、A戒厳令、B全権委任の3種類があります。11月14日、12日間の緊急令を宣言しました。「パリ郊外の若者たちの反乱(2005年/フランス郊外暴動事件)」以来です。さらに21〜22日の国会で、3カ月延長しました。フランス全土を対象に3カ月もの緊急令は、前例のない事態です。
私が危惧しているのは、憲法改定です。緊急令で停止する基本的人権の範囲を拡大しようとしています。国家権力は、テロを利用して、治安管理強化をめざす改憲に手を伸ばすでしょう。これは、日本でも予見されうることです。
仏の緊急事態関連法(55年4月制定)の背景には、アルジェリア戦争(54年11月〜)がありました。アルジェリアが仏領だった時代に、同地への適用を念頭に作られた法律です。2005年はこの法律が、フランス「本土」で、しかも北アフリカ系移民の若者の反乱に適用されることに強い批判が起こりました。しかし今回の事件は、パリ中心部で発生し、規模も大きいため、緊急令自体の正当性を問う議論は、議会では左派も含め、ほとんどないのが現状です。
編…憲法改正で想定されている基本的人権の制限とは?
鵜飼…「表現の自由」は昨年改悪された「反テロ法」ですでに大幅に制限されています。テロを連想させる発言だけで逮捕されます。シャルリエブド襲撃事件(今年1月)直後に、少年が「僕はシャルリじゃない」と言っただけで逮捕されるということが起きています。今後の憲法改悪で制限されるおそれのある基本的人権の具体的な内容については、大統領の発言が複数の解釈を許すので、まだ明確ではありません。少なくとも議会承認を必要とせずに緊急令を延長する権限を大統領に付与することが含まれるだろうと思われます。
編…なぜフランスが攻撃目標となったのでしょう?
鵜飼…今回のテロ事件は、フランス外交政策の大転換を視野に入れないと理解できません。忘れ去られがちですが、フランスはイラク戦争(2003年)に反対した国です。フランスの反対によって英米は、国連決議がないまま軍事作戦に突入したのです。フランスはアフガニスタンには出兵していますが、こちらは国連決議を根拠としていました。もちろん湾岸戦争以来明らかなように、国連決議は大国の意向で道具化されてきており、アフガニスタン戦争も帝国主義戦争であることに変わりはありません。とはいえ、イラク戦争に反対したことには意義がありました。
ところが、第二次シラク政権の時期にアメリカとの提携が強まり、軍事介入への歯止めが失われていきました。歴史的に振り返ってみると、ドゴール政権は1966年にNATOから脱退、相対的に米国から自立した外交を展開してきました。これは重要なことで、パレスチナ・イスラエル問題についても、アメリカと一線を画した外交的立場を取ってきました。またフランスは、湾岸戦争(91年)に参戦しましたが、フランス軍はNATOの指揮系統に入らず、相対的な独立性は守ろうとしました。
2007年にサルコジ政権が成立すると、アメリカへの接近は加速化し、2009年3月、NATO復帰が国会で承認されました。しかし、NATO復帰は、フランスの選挙で一度も問われたことがないのです。サルコジ政権下では、中東外交も親イスラエルに転換します。
外交方針の転換は、「アラブの春(10年〜12年)が開始されたのちも続きました。国連安保理決議1973を根拠に、仏軍は英米伊軍とともにリビアに介入します。リビア介入の主導権は、米英よりもフランスとイタリアが取ったものです。この介入には、サルコジが大統領選挙でカダフィから資金援助を受けたことが暴露されるのを回避しようとして、カダフィの口を封じようとしたのではないかという疑惑があるのです。
リビア政権の崩壊によってサハラ地域に武器が拡散し、政治的イスラム主義勢力との政治的バランスがおおきく変わりました。カダフィ時代のリビアは、政治的イスラム主義勢力から西洋を防衛する防波堤の役割を担っていたのです。フセイン政権時のイラクも同様です。欧米にとってイラクは、イラン革命(1979年)後の政治的イスラム主義の波及に対する防波堤として機能しており、このため西側は、フセイン政権を支援していました。
2012年に成立したオランド政権は、13年1月、マリに介入します。これは安保理決議2085(12年12月)を根拠としたものです。オランド政府はこのときから、「テロリズムとの戦争」を唱えるようになります。直前まで「フランサフリック」(フランスの新植民地主義的なアフリカの旧植民地国支配)に反対していたはずの大統領が、手のひらを返すように、ブッシュ主義に宗旨替えしたのです。この背景には北アフリカからサハラ地域一帯で、アメリカや中国も含め、大国の利害が複雑に絡んできたことがあります。武器や麻薬を含むサハラ横断交易の利益、ニジェールのウランなどの資源をめぐり、もちろん周辺諸国も関与した複雑な暗闘があるのです。このマリの戦争からフランスは、政治的イスラム主義を標榜する勢力と直接衝突することになり、それと同時に、植民地主義的な論理に、公然と回帰していくことになりました。
昨年9月、フランス人登山家がアルジェリアの山岳地帯で、イスラム国を名乗る武装勢力に殺害されました。これを機に仏政府は、対IS軍事行動への参加を決め、米国とともにイラク爆撃を行うことになります。これは安保理決議を根拠としない軍事行動で国際法違反です。こうした過程を経てフランスは、社会党政権下で急速に、9・11以後のアメリカとよく似た国になってしまったのです。今回の事件を正確に把握するためには、シャルリエブド事件以前に、フランス自体が内政、外交の両面で、激しく立場を変化させてきていたことを認識する必要があります。
戦後フランスの伝統的保守の思想であるドゴール主義は、フランスに地政学的リスクを招く対外政策には慎重で、独自のアラブ外交を展開していました。ところがいまやこうした合理的な歯止めがかからなくなり、フランスはマリ・中央アフリカ・イラク・シリアと、力量を越えた軍事介入路線に深入りしていきます。今回の事件を「イスラム国」が計画したのだとすれば、シリアだけでなく、フランスのこの間の軍事展開の無理を見透かして、大きな政治的インパクトを狙って攻撃対象を定めたと考えられます。イスラム主義勢力からフランスは、西洋同盟における「弱い環」とみなされているのではないでしょうか。
ただし、「イスラム国」という実態があって、その中央本部が戦略を立てて攻撃したように想定するのは早計です。イスラム国は樹木型ではなく、さまざまな国からインターネットを通じて人を招き寄せて増殖するリゾーム(地下茎)型の組織です。当然あらゆる国のスパイも入っています。したがって今回の計画が単純に「イスラム国」と同定できない国・勢力に操縦されて行われた可能性もあり、断定できる段階ではありません。ISから犯行声明が出ていますが、犯行声明のなかに実行犯でなければ知り得ない新しい情報は全く含まれていないからです。いずれにせよ、政府が発表する情報に振り回されず、冷静に分析を進めることが大切です。
編…国家の動きに対抗する市民の動きは?
鵜飼…「シャルリエブド襲撃事件」では、殺された風刺新聞社の編集委員たちは、実行者からみれば、「預言者の冒とく」という罪を犯した犯罪者でした。この預言者の風刺画については、事件以前に、フランスのイスラム系住民が「差別的表現だ」として訴訟を起こすなど、宗教・社会・文化の問題として、論争が闘わされていました。この裁判が敗訴したため、実行者たちは、みずから「預言者の復讐をする」という決意を固めたのでしょう。実行者たちは移民系のフランス人青年で、社会下層で貧困と差別に苦しんできた人たちです。「預言者の復讐」と「フランス社会への復讐」というパトス(情熱)は、彼らのなかでは重なっていたのではないかと思います。
一方、今回のパリ地域6カ所の同時襲撃事件は、まったく性格が違います。遭難した人たちは、何かしたために殺されたわけではありません。大統領がいた競技場も狙われているのですから、今回の事件はフランス国家そのものを標的とした攻撃とみなすべきでしょう。その意味で、政治的性格がより強い出来事です。
この事件の動機について「イスラム国が爆撃され、苦しまぎれの脅迫テロ」という言説が一般的ですが、これは短絡的な見方でしょう。フランスでは現在、移民排斥を唱える、反アラブ、反イスラムの極右政党・国民戦線が勢いを増しています。まもなく行われる地方選挙で第一党になる可能性さえあるのです。「シャルリエブド襲撃事件」後に、仏社会党の長老が、「テロリストはフランスに政治的な罠を仕掛けた」と発言しました。これは国外の政治的イスラム主義勢力が、国民戦線を勝たせようとして事件を起こしたという解釈です。この見方では国民戦線は、イスラム国と客観的同盟関係にあることになります。フランスに極右政権が誕生すれば、フランス社会は内戦的な分裂に向かいかねず、EUの崩壊も現実味を帯びます。要するにISはEUを崩壊させるため、政治的な罠を仕掛けているという考え方なのです。
編…空爆やイスラム嫌悪への対抗的市民運動は?
鵜飼…「シャルリエブド襲撃事件」後、数カ月の模索を経て、様々な市民運動が展開されてきました。10月31日には「尊厳のための行進」という、移民地区在住の女性たちが組織した、人種差別反対の重要な街頭行動がありました。約12000人が参加しています。米国からは70年代にブラック・パンサーと行動をともにした哲学者のアンジェラ・ディヴィス、欧州からはパレスチナ自治政府のEU大使であるライラ・シャヒードなど、いまや歴史的な存在となった女性活動家たちが連名で呼びかけたものです。
「シャルリエブド襲撃事件」の背後にある本質的問題はレイシズムであり、イスラムフォビア(憎悪)であり、同時に移民への差別を含めたフランス社会のなかの抑圧構造です。レイシズムやイスラムフォビアの激化と、それに対する単線的な暴力的反発、暴力の政治的利用の両方に対峙して討論を深めてきたフランスの移民系市民運動の一つの応答が「尊厳のための行進」だったのです。さきほど触れた2005年の「フランス郊外蜂起から10年、そして30年前の「平等のための行進」を想起しながら、新たな出発点として「尊厳のための行進」が計画されたのですが、この直後に今回の事件が起きてしまったのです。
「緊急令」下のパリで、22日、「難民を歓迎する」デモが、バスティーユ広場で行われました。11月29日からは「気候変動枠組条約締約国会議(COP21)」が開催されます。対抗企画のデモは「緊急令」で禁止されていますが、市民側は、政府と交渉を重ねながら、緊急令に不服従の運動を模索しています。
忘れてはならないことがあります。10月28日にトルコの首都アンカラでイスラム国を名乗るグループによる爆破事件があり、108人が死亡。11月12日にはレバノンの首都ベイルートで、ヒズボラを狙ったテロが発生し、40名が死亡していることです。また、マリの首都バマコでも、ホテルへの襲撃事件が起き、戒厳令が敷かれています。パリの事件ばかりが注目されていますが、世界で同時に起きている襲撃事件の被害者が非対称に扱われていることは、非常に問題です。29日はこうした禁止されたデモの分も引き受けて闘おうという呼びかけとともに、世界各都市でデモが呼びかけられています。こうした国際連帯の広がりも、現在の状況の、心強い特徴のひとつであることは強調しておきたいと思います。
編…今後、予想される排外主義との対抗運動は?
鵜飼…仏政府は、昨年来、デモ禁止を乱発しています。昨年7月のガザ空爆後に、パリでのパレスチナ連帯デモを禁止しました。現在、反イスラムのデモが起きないのも、実は禁止されているからなのです。
左派が不服従のデモを行えば、右派からも「不服従」が出てくるでしょう。今のフランスは、公権力が左右両極のデモを禁止しなければ統治不可能な国なのです。街頭での反排外主義行動と排外主義行動、この両方取り締まろう、管理下に置こうとする公権力という三つ巴の衝突が激化するおそれがあります。
イスラム国が「ムスリムの代表だ」などというのは無論間違いです。「イスラム国的なものは、解体しなければなりません。しかし、この30年の歴史の推移は、西洋にはその能力がないことを証明しました。軍事的解決にのめり込めばのめり込むほど「聖戦」志願者は増えていきます。空爆を停止し、大国の利害から離れた戦略を練り上げなければ、イラクやシリアなど現地住民の人間らしい生活と平和の再建は遠のくばかりです。必要なことは、空爆に断固反対するとともに、これらの国々、地域の歴史を学び、現地住民の視点からオルタナティブを探ることです。
安倍政権は、このような「戦略なき反テロ戦争」に参加しようとしています。日本ではほとんど意識されていませんが、フランスのNATO復帰は現在の日本の外交政策の前提をなす重要なポイントなのです。
集団的自衛権は、米国との関係ばかりで語られているため見落とされがちですが、米国主導でなくても安保理決議があれば、場合によってはなくても軍事行動に参加することが予想されているのです。目的は、国連政治の中で日本の実績を積み重ね、安保理の常任理事国の座を獲得することです。英米VS中ロという構図のなかで、フランスはキャスティングボートを握ってきましたが、フランスのNATO復帰は、このバランスを変えたのです。フランスと日本は今急速に接近しており、10月3日、来日したヴァルス首相は、安倍首相に対し、来たるべき国連改革で「日本の常任理事国入りを支持する」と発言しています。マリ介入のとき、フランスが自衛隊の派遣を要請していたことも、現在では明らかになっています。
アフリカの「権益」をめぐる抗争で、国連絡みで、フランス主導の軍事行動に、日本が集団的自衛権を行使して参加することは、すでに想定されているとみていいでしょう。日本が「テロ攻撃の目標」となることが危惧されていますが、改憲を狙う安倍政権はそれすら利用するでしょう。フランス政府は今回の事件の計画を8月の段階で察知していたと報じられています。「あえて穴を空けた」としか思えないところもあります。もしかすると、「イスラム国」壊滅という戦果を挙げることが、正統性を失いつつある社会党政権にとって、唯一の政治的活路だというような判断があるのかもしれません。いずれにしても「政府と軍隊は市民を守らない」ということは、どこの国でも同じです。
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