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2015/11/24更新

連載『自伝的考察』

@生存権は何処にある?
スタートラインから違うのさ

山村礼子★にゃき

「生きづらさを問う」でインタビューした山村さんに「自伝的考察」を5回連載で寄稿してもらう。彼女の詩は、「生存権はどうなった詩文集」に編まれた。(編集部)

※ ※ ※

生まれたところが違うとさ、匂いも未来も違うんやろ?なぁ、決まってるんやろ?人が生きる道なんて。何も選びようがないやないか。こんな家。こんな親。こんな、 こんなどうしようもない自分。あたしなんて。

あたしが育ったのは、枚方という町だ。京都と大阪市内の中程に位置し、九州地方からの出稼ぎの労働者が多く移り住む都市であった。父も鹿児島から来て母と知り合い、結婚してからこの町へ移り住んだ。大酒飲み、封建的。陽気で大風呂敷。その日の金があれば良い。建築士として中卒ながら土建屋を営むための努力を報いるのに、自身の名前を冠した会社を立ち上げ社長と呼ばれるようになれたことは至福であったろう。そんな昭和のプロトタイプ。くだらない男だとは思うが、父が魅力的に映る女性は多く、母と結婚してからも何人もの女性を囲っていた。後に母と離婚後にあたしを世話してくれることになる愛人女性もその中の1人で、2人の候補からどちらがいい?と父に問われ、あたしが指さしただけの人だ。シンパシイなどは皆無であった。暴力的な父に逆らうという選択肢など頭に浮かぶことなく、従い方を思考するのみ。何より自分が傷つかぬように、痛みと恐怖が軽いように。

こんな失礼な流れであるのに、女性は6才から15才まであたしを事実上育ててくれた。父はそんなに家にはいなかったし、居れば怒りの矛先の照準を求めていた印象がある。怖かった。女性を「お姉ちゃん」と呼んでいた。呼ばされていたのだろうか?自発的な呼び名ではないのは確かである。婚姻関係になることもなく望むことも無かった人。何だったのか?何が日々を父に捧げさせたのか。良いことなんてなかったろうに。

父からの暴力はある時期とても酷かった。粉々のメガネや叩きつけられる壁の硬さ。空手をしていたという拳は固く握られ、有無をも言わせぬパンチが飛んできた。今はまるでスローモーションでしか頭に浮かばない。もっともあたしのこの頃の記憶は、自己防衛本能の賜物であろう、ギャートルズみたいなタッチで映像化されて表出する。ボカ、スカ!なんて立体的アメコミ仕様の文字で、パンチの威力が軽減されている。事実であることは間違いないが。きっと記憶の映像はもう戻らない。この処理がなければ、あたしはきっともっと狂人として生き扱われていただろう。

しかし死や絶望を幼い時期に痛切なほどに身近に与えてくれた父に感謝している。皮肉ではない。今のあたしを構成する重要な要素であるからだ。この支配と絶望に晒されずして、あたしの感覚世界はあり得ない。権力と支配への嫌悪。反骨。弱者への熱情。あたしを芸術家にしてくれた数々のこの頃のインプットは確実に蓄積され、それが証拠にあたしの数年前からの作品制作のアウトプットは、枯渇を知らない。一遍の詩もできなかった日は、吐き出し始めてからない。一度もだ。感謝して当たり前だ。同時に、深い憎悪も当たり前である。頭の中での父の惨殺は万を超える回数で反芻してきた。自分が破綻しないために。壊れずにいるための必然的父殺しであった。

思考停止しないために

幼少期の無慈悲な環境は要素だ。それ自体は考察し改善を思考し、予防の手立てを真摯に探らねばならぬ。が、個人の背景と見れば、その属性を構成する要素でしかない。自分は何者でどんな道程を歩むべきか?人は誰しもそれを命題にする悩み多き時を経て成熟していくのだと、あたしは感じている。

貧困と富裕に優劣はない。家庭環境は生まれてきた家の背景であるだけで、自ら選択したものでも、子どもにとっての責任が発生するものでも決してない。あり得ないし、責任を取らせてはいけない。あの家に生まれたこと自体があたしの責任だなんて訳がない。自分を責める子どもたち、逡巡する若者たち、全てに言える。間違わないでほしいのは、貧困、富裕、中流にかかわらず、という点である。生育環境は確かに個人を形成する重要な素材ではある。その背景ありきの人格形成。だが、責任の所在も罪もない。あなたやあたしの人となりを仕上げた要素であるのみ。

「人生だだ漏れ」と宣言して人生の恥を晒しているあたしの元へは、SNSでの発信や著作に触れてのメッセージが届く。共感や疑問、喚起した思いなど、さまざまだ。冒頭にある親の暴力への「この家に生まれたのだから」という諦めの記述には、「何不自由ないと扱われる家庭に育ちましたが、紛れもなく私もこの家や親に選択肢を奪われてきたことを実感しました」という女性からのの声が届いた。環境や背景、家や戸籍や性別や容姿や、性的嗜好やら、さまざまな要素に翻弄され、自ら選んだのではない虚しき人生や、夢なき自分の未来を憂いている人たちは、さまざまな背景を持つ。基準は経済的充足だけではない。生命を軸として緊急性を重んじるのは当然である。が、生きる希望としての糧となるアイデンティティを奪われ苦悩する存在も想定され重んじられていってほしい。

「生存権はどうなった」 出版記念会(北摂版)

12/19(土)  15:00-19:00

会場:生きがい工房

高槻市城北町1-1-14大田第2ビル1F(阪急高槻市駅)

内容/詩文集にまつわるトーク・朗読など

問合せ:hanehanenyaki@gmail.com/参加費:500円

もっともあたしは、行政の支援の想定に生きづらさを抱える存在を組み込めば良いとは思わない。制度が増えることで得るものは、新たなカテゴライズと人としてのつながりの切断と感じる。何者かにならねば救われない社会が構図を変えねば、立場に囚われぬ自身の望みを感じた上で選択決定する本来の生存権は施行されることはない。その進学も就職も友人も服や色の趣味も、立場や環境に囚われずに選択しているだろうか? 物事の大半は優先順位で決まってく。

思考停止し疑問を忘れなければ保てない日常の空虚を本当は皆、気づいているはずだ。スタートラインから違うんやなんて、本気で自分を底辺に下げて安心してきたあたしの過去に、この声が微かにでも聞こえてほしい。そして今を生きて悩み多き日々を過ごす貴方へも届いてくれれば幸いだ。

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