2015/10/1更新
今年は4年に1度の公立中学校教科書採択の年にあたるが、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)が執筆した「扶桑社」版の後継と言われる育鵬社教科書が、続々と採択されている。皇国史観に基づいた「扶桑社」版は、出版当初「あまりに右寄り過ぎる」としてほとんど採択されなかったが、育鵬社教科書は、神奈川県で横浜市中高一貫校含む146校(採択率=約53%)、東京都立中高一貫校10校、特別支援校10校をはじめ、大阪府でも中高一貫校含む130校で初めて採用された。前回4%の採択率だった育鵬社版は、着実にその存在感を増しつつある。
「日本会議」メンバーが多数執筆する育鵬社版は、安倍首相の歴史観・社会観を反映しており、安保法制成立後、安倍政権が日本をどこに導こうとしているのか、見て取れる。(編集部・山田)
大阪市では、初めて中高一貫校を含む130校で、育鵬社版が採用された。橋下市長の影響は疑いようがない。
教育委員会制度の見直しは、安倍政権が推進する「教育改革」の目玉の一つだが、新制度では、教育委員長と教育長を一本化。事務局トップの教育長に権限を集中させた上で、首長に任命権を与えた。
橋下市長は、中原徹氏(弁護士・後に女性委員へのパワハラで辞任)を教育長に任命し、委員にも民間人を登用。委員の一人である高尾元久氏などは、1972年に産経新聞社に入社以来、育鵬社と同じフジサンケイグループの職責を歴任という経歴だ。
5月13日、育鵬社の教科書出版記念集会が、六本木ヒルズで開かれた。集会のキャッチコピーは、「『日本がもっと好きになる!』教科書を全国の子供達に届けよう」。
日本教育再生機構理事長の八木秀次・麗澤大学教授は、同集会で「育鵬社の教科書は学習指導要領の先を行っている。公民は、国家とは何かを中学生に理解させたい思いで執筆した。天皇や安全保障は他社を圧倒している」と胸を張った(『週刊金曜日』)。
育鵬社版教科書の特徴は以下のようだ。
@「平和主義」の項目では、「自衛隊」についての記述に3分の2を割き、自衛隊に対し「良い印象」が8割を超えるという内閣府の世論調査結果や、イラクでの復興支援活動の写真をあしらい、好感度を前面に。本文で「自衛隊は日本の防衛には不可欠であり」「政府は(中略)自衛隊を憲法第9条に違反しないものと考えています」と記述。兵役など国防の義務を定めた他国の憲法条項も、表にして紹介している。
A「主権在民」…「国民主権と天皇」と題して、国民主権の説明は全体の3分の1程度で、残り3分の2で天皇を扱い、4枚の写真のうち3枚を天皇が占めている。
B「基本的人権の尊重」でも、その説明は3分の1ほどで、「公共の福祉による制限」と「国民の義務」に比重を置いている。本文でも「権利の主張、自由の追求によって社会の秩序を混乱させたり社会全体の利益を損なわせたりすることがないよう」にと戒める。まさに安倍首相の歴史観や社会観を表現したものと言える。
「育鵬社」教科書の採択状況 |
ただし、「露骨な歴史修正主義ではないので、問題が見えにくい」(井上純さん)との指摘もある。
これは、@「作る会」分裂の結果であり、A日本会議(右下囲み)の戦略も見え隠れする。それは、草の根保守、首長、議員が一体となって採択運動をやるには、扶桑社のような露骨な主張は避けて、採択率を上げる、という戦略だ。
まず、「作る会」分裂の経緯を概観する。2001年、「つくる会」は『新しい教科書』を扶桑社より出版し、採択運動を展開したが、失敗。その後、内部対立により二派に分裂し、2010年度からは、版元を自由社に移して「つくる会」教科書を刊行した。一方、分裂したグループは「日本教育再生機構」や「教科書改善の会」を結成し、育鵬社から教科書を発行するに至った。
この分裂劇は、「日本会議」メンバーと藤岡・西尾陣営の対立という構図を取った。藤岡・西尾らが、採択運動の失敗を、日本会議から派遣された宮崎事務局長を、「リーダーシップの欠陥」「戦術における著しい受動性・消極性」などと批判。辞任を求めたことが発端。
その後2転3転し、独立した人々によってつくられた会社が育鵬社である。育鵬社版を作った「日本教育再生機構」の役員を見ると、八木秀次理事長をはじめ、「日本会議」を構成するモラロジー研究所・生長の家メンバーらが名を連ねる。育鵬社教科書は、「日本会議」版教科書と言っていいだろう。
ちなみに「日本教育再生機構」は、日本会議のフロント団体であり、日本青年協議会のメンバーたちは「つくる会」ができる10年以上前から「左翼教育打破のための教科書づくり」を運動目標に掲げ続けている。安倍政権は、組閣当時「日本会議内閣」と呼ばれたが、「公民の教科書に安倍総理の写真が異常に使われている」のも納得できる。
4年前の育鵬社教科書の出版記念集会には、安倍氏(当時野党)自身が出席し、「改正教育基本法の趣旨に最もかなっているのが育鵬社の教科書です」とあいさつ。今年の集会には、首相の盟友と言われる衛藤晟一・首相補佐官が登壇し、「安倍政権は、日本の前途と歴史教育を考える議員の会の議員が中心になって誕生させた。同議連は、安倍首相とともに『慰安婦』問題を追及し、教育基本法を改正した。もう一つの柱が教科書だ。この素晴らしい育鵬社の教科書を採択できるように努力したい。教育長と首長がどういう教科書を採択するか、決める権限がある。いよいよ本番だ。教科書採択にかかっている」(『週刊金曜日』)とあいさつした。
実質改憲となる集団的自衛権を認めた安保法案が成立した。安倍首相が掲げる「戦後レジームからの脱却」は、軍事面で大きく踏み出したことになる。政権・議員と草の根保守が一体となって進める教育改革も育鵬社版教科書の大量採択で前進しつつある。
日本社会全体の右傾化を象徴する事態と言える。
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