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2015/8/14更新

安倍政権との類似性
法による正統化を無視する超国家の権力
ギリシャ情勢に見る今日の権力形態

龍谷大学経営学部教授 廣瀬 純さん

「憲法9条は変えるべし」を持論とする憲法学者ですら「違憲」と断じた安保法制を、それでもごり押しする安倍政権。法に則らず、憲法を超越することも厭わない権力が、世界を動かし始めている。廣瀬純さんは、これを「正統性の根拠となる正式文書すら必要としない資本の権力」と呼んだ。欧州で行使されるトロイカ(金融権力)と安倍政権の類似性を指摘する刺激的内容だ。

地域・アソシエーション研究所(大阪府茨木市)主催の学習講演会の内容を同研究所の許可を得て紹介する。(文責・編集部)

無効化された国民投票

ギリシャの債務問題において、トロイカ(EU委員会・EU中央銀行・IMF)を通じ行使される資本権力について特徴を明らかにし、これに絡めて安倍自公政権との類似点を指摘したいと思います。まず、経緯を辿ります。

経 過

1月25日国会議員選挙でシリザ第一党に

2月20日第2次財政支援期間4カ月延長のためのユーログループでの合意

6月25日ユーログループにてトロイカ(EC,ECB,IMF)から合意提案。(30日に支援期間満了のため)

6月26日ツィプラス、6月25日提案受け入れの是非についての国民投票実施案を発表

6月30日銀行閉鎖と資本規制の開始

7月5日国民投票実施。NOが投票数の61%を上回る野党New Democracy党首サマラス辞任。共和国大統領下「政治指導者会議」開催

7月提案とほぼ同内容の合意案をユーログループに送付

1月25日、国会議員選挙で、緊縮財政反対を掲げた急進左派連合=シリザが第1党になり、極右政党と連立を組み政権を担うことになりました。左派が極右と共同するのは、欧州でそれほど驚くべきことではありません。新自由主義的な資本権力に対抗するために、国家主権の回復を目指したり、貧困層の安全網を整備し社会保障の拡充を求める点では、政策が共通するからです。この観点からすると、日本の自公政権は、極右はおろか右翼政権ですらないと言えます。

2月20日、シリザ政権は、ユーログループの会合で、財政支援4カ月延長のために、緊縮財政継続に合意します。ユーログループとは、ユーロ圏加盟19カ国の財務大臣による非公式な月例会合です。ここを通じて、トロイカ(EU委員会・EU中央銀行・IMF)からの諸提案がギリシャに対してなされます。シリザ政権が公約を破って緊縮財政の延長に合意したことに、民衆は大いに落胆します。選挙におけるシリザの圧勝に沸いた世論は、ここで一気に冷水を浴びせられたわけです。

さらに6月25日、ユーログループを通じてトロイカの第3次財政支援合意案が提示されます。内容は緊縮政策の強要です。これを受けてチプラス首相は、「交渉を有利に進めるため」として国民投票実施を発表します。するとユーログループは、国民投票終了までという短期の財政支援延長を拒否。このため、30日からギリシャ政府は銀行閉鎖と資本規制を余儀なくされ、その混乱のなかで国民投票が実施されることになりました。

7月5日、国民投票が行われ、61%の国民がNOを選択。シリザ政権は圧勝しましたが、翌日に「政治指導者会議」を開催し、6月25日提案とほぼ同内容の合意書をユーログループに送付したのです。「国民投票は一体何だったのか?」という批判がシリザに向けられています。

法から解放される権力

ギリシャの例に見られる「権力」の今日的あり方について考えてみます。近代社会においては、権力が実効性を持つには、契約(法)が必要であり、社会契約によって権力が正統化される必要がある、と考えられてきました。国家権力であれば、憲法によって正統化されていなければならない。憲法によって、国民に主権が与えられたうえで、その主権が国家に委譲されなければなりません。

ところが、ギリシャ前財相ヤニス・バルファキスはインタビュー(7月4日、エルムンド紙)で、「今日の権力は、契約のうえに正統性を担保するようなものではない」と語っています。「…たとえばユーログループは我々の生活に関わる全ての決定を行っていますが、書面上、正式には存在しないのです。要するに、ヨーロッパでは、書面に明記された規則を持たない組織の下で通貨連合が運営されているのです…」。

ユーログループを例にここでバルファキスが言っているのは、要するに、現在行使されている権力が、正統性の根拠となる正式文書すら必要としない形態である、ということです。

同じことが安倍政権についても言えます。解釈改憲から安保法制へと向かっている現在の政治状況は、「クーデター」です。現行憲法に定められた手続きである国民投票なしに新たな憲法を作るということは、非合法に新たな国家を作るということですから、「クーデター」と呼んで差し支えありません。法の枠外で権力が行使されているのです。

トロイカによるギリシャ攻撃についても、多くの論者が「クーデター」だとみなしています。これは1973年、チリ・アジェンデ政権の成立とピノチェトのクーデターを念頭に置いています。選挙で社会主義を掲げるチリ社会党が勝利を収めたのに対し、北米政権が、軍事力と諜報力で合法政権を打倒したのですが、これは他の南米諸国民衆への見せしめのためでした。

これは、現在のギリシャに対するユーログループを通じた資本権力の振舞いと、同質です。欧州には、シリザのような新自由主義反対を掲げる左翼政党がいくつかあり、急激に勢いを増しています。また、極右もフランス・ドイツ・イギリスをはじめ見過ごせない勢力としてあるので、これらに対し資本権力は、「我々に楯突いたらどうなるか?」を示す必要があるのです。

ユーログループには、南欧政府の財相たちも参加しているのですが、彼らは他の諸国の財相に比べても熱心な緊縮財政論者です。理由は、もしギリシャがユーログループの圧力をはねのけて、自らの政策を通すことができたとすると、「ギリシャができたんだから、自国政府もできるはずだ」という突き上げが国内からわき起こることを恐れているのです。

民意を無視する安倍政権

ユーログループは、根拠となる正式文書がないばかりか、内規もないのですが、会議を仕切っているのは、議長のデイセルブルーム(オランダ財相)ではなく、ヴォルフガング・ショイブレ(ドイツ財相)である、とギリシャ財相・バルファキスは語っています。

ショイブレの主張は一貫していたそうです。すなわち「19カ国もある各加盟国で選挙がある度に、それまでの合意を見直ししていたら、合意そのものが意味を持たなくなる」というものです。これは、@1月の総選挙でシリザが勝利を収めたこと、およびA緊縮案を否決した7月の国民投票について、無視するということです。つまり、ショイブレの主張は事実上、債務国においては選挙などは意味がないし、しない方がいい、ということを意味しています。

これを安倍政権にあてはめると、辺野古基地建設になります。安倍政権は、仲井真前知事と合意済みの基地建設について、その是非を新知事と話し合う余地はない。新知事は、合意を守るか知事を辞めるかの二者択一だ、という態度です。衆院選と知事選で示された沖縄の民意は、なんの取り繕いもなしにあっさり無視されています。

しかし次の問題は、法の外で行使される権力が法そのものを無効化しているかというと、違うということです。正統性のない権力が実効的に行使されるためには、反対に、人民による対抗権力が、あくまでもおとなしく法体系のなかに留まっている必要があるからです。法の外から行使される権力に対抗する人民権力は、法律を守り、定められた権利に従って意見を表明してください、ということです。法の外から行使される権力は、対抗権力を常に法の内側に導いておく必要があるのです。

「本当に止める」ための行動とは?

安保法制に対して多くの人々が「本当に止める」と頑張っていますが、デモだけで本当に止まるでしょうか?安倍自公政権を本当に止める行動とは、たとえば議員が議場に入るのを阻止することです。強行採決が予定されていていたわけですから、本来は、議場内で野党議員たちが法案採決自体を阻止することが必要でした。ところが、野党議員たちは、議場外のデモ隊のように採決時にプラカードを掲げていたわけです。

同様に私たち人民の側にしても、議員が議会に入るのを物理的に阻止するというような行為こそが、「本当に止める」ということです。

安倍政権は、閣議で憲法の解釈を変え、いわば新たな憲法を決めて新国家を作ってしまうようなことを行い、それを法制化するという違法行為を行っているのです。ところが、一方で人民の側がそれを物理的に阻止しようとすると、刑法を適用される。法から解放された権力が実効性を持ち続けるためには、対抗権力はあくまで法の枠のなかに押しとどめておくことが、必要なのです。

「専門家に任せろ」という正当化の論理

では、自分は法の外にいて、対抗勢力は法のなかにいなければならないという非対称性を、権力はどう正当化しているのでしょうか?

簡単に言うと、「世の中には専門家と一般大衆がおり、込み入った内容の事柄に関しては、専門家に任せなさい」という論理です。一般大衆は、複雑な懸案事項について答えを出すのに充分な知識を持っていない。さらに日常生活上のさまざまな課題を抱えており、そうした個別事情と切り離して客観的中立的に判断することもできない。だからこそ、懸案事項の決定は、専門知識を持ち、職業倫理も持ち合わせたテクノクラートや専門家に任せるべきなのだ、と説得します。

安倍首相は、衆院特別委強行採決直前の質疑で次のように語っています。「残念ながら、まだ国民の理解が進んでいる状況ではない。(だからこそ)必要な自衛とは何かを考え抜く責任が私たちにある」。

これは、「『考え抜く』のは、『私たち』=政治家であって、外交や軍事について専門知識も考え抜く時間もない国民ではない、だからこそ強行採決するのだ」という表明です。

この論理は、辺野古基地問題でもみられます。安全保障問題は、沖縄県知事や県民が判断できることではなく、専門家に任せなさい、というのが安倍政権の論理です。

この論理は、ユーログループと全く同じですが、この「専門家と素人」という論理に対抗したのが、チプラス政権が実施した「国民投票」でした。これは、決定プロセスを、法外の権力から奪い返し、国民主権の契約空間に引き戻す試みでした。

日本の安保法制論議に引き戻すなら、これは改憲国民投票の要求となるでしょう。「専門家・素人」という論理によって正当化されながら行使されている非正統的な権力を、問いに付すことはできます。ただし、実効性があるかは別です。

ギリシャの国民投票以後の展開をみると、国民投票などなかったかのようです。ユーログループで提案されたものとほぼ同様の内容の緊縮財政案をチプラス首相が提案し、国会で実施法が可決されました。国民投票は、交渉を有利に進める材料にすらならなかったのです。

日本でも、仮に安保法制整備がいったん中断され改憲国民投票が行われることになったとしても、否決されれば、権力は国民投票などなかったかのように「解釈改憲します」ということになる可能性があります。

トロイカによる「テロリズム」

バルファキスは、国民投票を前にユーログループが財政支援を打ち切り、ギリシャを銀行閉鎖に追い込んだことについて、「テロリズム」と断じ、次のように語っています。「彼らはどうして我々に銀行閉鎖を強いたのか。人々に恐怖を抱かせるためにほかなりません。そのようにテロルが拡散される現象をテロリズムと呼ぶのです」。

日本のテレビでも、「ATMに列を作るギリシャ市民」の映像が繰り返し放映されました。これは、ギリシャ国内でも同様でした。ギリシャの民放は完全に寡頭階級に牛耳られており、「もしNOに投票すれば、国家は崩壊し、貧困層はさらに貧困化して、お前たちは死ぬぞ」と言わんばかりの脅しを流し続けました。

このテロリズムによって国民投票は、単に国民主権を回復するという意義を越えて、市民一人ひとりが、権力と直接的に対峙する関係に入った、ということを意味するのかもしれません。

YESに投票すれば、緊縮財政を強いられるけれども、ユーロ圏には残れるし、厳しいながらも未来はみえる。しかしNOに投票すれば、どんな未来になるか全くみえない、「人道支援」を受けるような貧困と闇に放り込まれるぞ、という脅しです。

こうした恐怖との闘いは、「契約」や「主権」という議論を越えた、まさに契約の外部での力のぶつかり合いとなります。ギリシャ民衆は、あからさまな権力の脅しに直接的に立ち向かう「勇気」が試されたのです。また死の脅しをも含んで強力に「これをしろ」と強要されても、それを拒否する「自由」が試されたのです。

ギリシャでは、死の脅しに抗して、強要されたとおりの投票をしなかった。ここにみられる勇気は素晴らしいものがあります。死ぬかもしれない場面で拒否を貫けることが本当の自由であり勇気です。

もちろん、死を覚悟した行動は誰にでもできることではありません。

現在の安保法制反対デモに参加している人々をみて言いたいことは、デモとは自分に勇気がないことを体感する場であり、その自覚からこそ真の闘いが始まるのではないか、ということです。

絶望から生まれる対抗権力

「本当に止める」というスローガンは、素晴らしい。けれども、法の外側にいる強圧権力をデモ程度のことで説得できないことは、少し考えればわかることです。

安倍のほうこそ死を覚悟してことにあたっているのであり、そういう安倍に対して、死の覚悟などまるで必要ないデモ程度のことで止めることなど決してできない。かといって自分たちに死を覚悟する勇気はない。現在、デモに参加することに意味があるとすれば、デモという空間がそういうダブルバインド、絶望を生きる場になり得るという点においてのことです。

中途半端な根拠のない希望を自分に確保することをやめる。勇気をもって法外の闘いを安倍政権に挑む人の出現を期待しますが、だからといって、安保法制に反対する人みんなが勇気を持たなければならないとは思いません。家族や恋人がいれば、死を覚悟できなくても仕方ありません。

しかしその場合、理性による徹底的な絶望が必要だということです。そうした絶望からこそ、政治的に意味と力を持つ対抗権力が生まれるはずだと信じています。

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